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第五章◆石ノ杜
石ノ杜~Ⅸ
しおりを挟む席を立ち窓辺に佇む ... フェレンスの気配。
姿勢を留めるカーツェルの意識は混濁した。
拒絶したって碌な事はなさそうなので、聞くだけ聞いておこうかと。
そういった気持ちで触れ始めた竜騎士の記憶。
友人であればこそ。如何なる話題に対しても、
ある程度は知っておいた方が気を利かせやすいわけだから、そうしただけ。
それなのに。
出処の知れない共感。
自身の過去を見ているかのような既視感。
それら二つの区別さえ付かず。
挙句の果て、知る必要の無い事を何故、わざわざ知ろうとするのかと。
逆に尋ねられるような始末だ。
ある意味、御尤も。
本当 ... 馬鹿みてぇ ... ...
カーツェルは思う。
そんなコト言ったら、まるで俺が ... ...
お前のコト ... ... __みたい_____ ... ...
気に掛けて見やると、耳まで真っ赤。
先程と何ら変わらず、こちらに背を向けたままの彼は、
〈石ノ杜〉付近へ降りて以降、増して不安定なようだった。
気付かれたくないのだろうから、黙ってはいる。けれど。
出来ることなら、もう、これ以上は ... 記憶や未練について、触れて欲しくない。
フェレンスの視線が、また僅かに沈む。
片や、ベッドに寝転び薄目で眺めていた蓑虫は、こう思うのだ。
あの、なんちゃって執事 ... ...
冷静に受け入れ、やり過ごすつもりだったのだろうけれども。
見るからに、こんなはずではなかった ... とでも言いたそう。
隠しきれていないのは、見なかった事にしてやるとしてもだ。
なかなかにツッコミどころ満載で、何から指摘して良いものか迷うなと。
考えても始まらないなら、調べてみるしかないじゃない。
だったら、いっその事。頭に浮かんだこと全て、ぶつけてみたら良いのに。
チェシャだ。何時頃から起きていたのだろう。
実のところ、着替えたフェレンスがテラスへと出て行った時からである。
ついでに言うと、カーツェルが足早に向かうところまで、しっかり見てた。
彼は何かしら気持ちを押し殺している時、下唇を噛む癖があるよう。
観察眼が キラリ と光る。
しかし、とうとう目が合ってカーツェルの肩が ビクリ と跳ね上がった。
気を利かせて寝た振りしてたけど。
阿呆らしくなってきて ... からの、ガン見ね。
異端ノ魔導師は情に薄い。
耳に入る噂を快く思わないメイド達の憂さ話を思い出す。
〈 旦那様は、ただ単に、超絶、鈍いだけなんだから!!〉
え? それ、フォローになってるの ... ... ?
聞いた時は心の中でド突き入れるに留まったけれども。
うんうん。同感だ。けど、そこが可愛いよね?
ヌラリ ... 起き上がったチェシャは(`・ω・´)キリリ!
顔を上げて馳せ参じる。
テーブルに置き去りの手帳が気になっていたのだ。
チェシャ って 書いてあるかな ... ... (*´ω`*)ドキドキ
幼子の足音に気付いて振り向くと。
フェレンスの口を衝いて出る。
「 あ ... ... 」
見られても問題は無い。が、そもそもチェシャは字が読めるのだろうか。
フェレンスの言わんとする話の内容は、顔を見れば大体、分かる。
手帳を持って、にんまり (*´∀`*) 笑うチェシャだが。
次にはカーツェルの方を向いて、ペタペタ と素足を鳴らし馳せ寄った。
つまり。
ああ、読めないのだなと。
「 ツェ ル ! チェ シャ 、ド ... コ ? 」
帳面に目を凝らしながら差し出すチェシャは、反応が無い事を不思議に思い顔を上げた。
すると、腕組みして片眉を吊り上げる強面。
「 こ ん な 夜 中 に 何 を し て い る の で す か ? 」
ヒッ ... ... !
まさか、そんな事で睨まれるなんて思わなかった。
チェシャは冷や汗を握った状態で カチコチ に固まってしまう。
一部始終を見られていたと気付いて、恥ずかしいのかな?
でも、どんだけ?
ちょっと待ってね?
怖いよ?
目と ... あ、うん。
やっぱ全体的にだなー。
要するに、落ち着いてくれと言いたい。
ついさっきまで思考停止していたくせに。
どうして、このタイミングでスイッチ入っちゃうのかな。
言葉にならないので、フェレンスと手帳とカーツェルを繰り返し見る挙動不審ぶり。
そうしていると、敢え無く取り上げられてしまう手帳。
「 ン ――― !! 」
チェシャはしぶとく、ぶら下がった。
然れども動じぬ豪腕。
「 ン ! ムゥ ゥゥ ! ツェル ――― !! 」
これでもかと。真ん丸ほっぺを膨らませて抗議するチェシャだが。
遂にはカーツェルの説教が始まる。
「子供は寝る時間ですよ?
目が冴えてしまったなら用を済ませて。程よく水分を摂って。
心を落ち着かせてから横になりなさい。
あなたくらいの歳であれば、寝不足によって成長ホルモンの分泌が阻害されかねません。
分かりますか? 成長の遅れや食欲不振に繋がるという事です」
とか何とか。尤もらしい事を言っているけれど。
お耳、まだ真っ赤だよ?
〈 ... ギュゥゥ ... 〉
丁度いい高さだったので片手間に耳朶を握ってみる。
一瞬だが、カーツェルを黙らせる事には成功した。
けれども。真顔を装う本気執事の目元が ピクリ ピクリ 。
「 ... ... 人 の 話 は、集 中 し て お 聞 き な さ い ... ... 」
ヒッ ... ... !
チェシャは青褪めた。
鬼の形相とまではいかないが、やっぱり怖い。
これはヤベーやつ ... ...
ますます怒らせてしまったのかもしれないと思い、涙目。
仕方がないので手帳を諦め、フェレンスの足元まで飛ぶようにして逃げる。
暫し様子を伺っていたが。
半組みの利き手を口元に添え、物言いたげにカーツェルを見やるフェレンス。
腹を据える執事は踵を揃え向き直った。
言い過ぎたとは思わない。
対し無言で幼子の手を取りベッドへ向かう。
主人を見流していたところ、少しだけ気が落ち込んだ。
するとフェレンスの口元が緩む。
彼を責め立てるのは、いつも ... 彼、自身。
チェシャの手を引いて歩み寄ると、
俯き加減になっていたカーツェルの頬に手を添え、囁く。
「厳しくするのは良い。だが日を改めなさい。
夜中に起きているのは良くないと言いながら長話していては、本末転倒だろう?」
遅れて顔を上げたカーツェルの耳元に、唇が ... 触れそうな距離。
そうと心付き咄嗟に吸って止める息の音。
「さあ。二人とも、良い子だから ... ... 」
澄み渡る声。
聞くなりカーツェルの脚に跳び付くチェシャ。
もう、怒ってないといいな。そんな気持ちでいっぱいだった。
まだ少し、不安ではあるけれど。
恐る 々 ... 見上げてみる。
彼は、朗らかに笑っていた。
その翌日も、朝食は作り置きジャム。
砂糖たっぷりなので常温でも一定期間の保存が可能であり。
カロリー面なら申し分ない。
しかし、栄養面を考慮すれば、そろそろ体調不良があらわれてもおかしくない頃。
腹が膨れるものでもなし。
不満の一つや二つ、聞かされるものと思ったが。
意外や意外。フェレンスならともかくチェシャに至っては、不満どころか満足そう。
甘党なのか?
二人が食し終えるのを傍らに立って待ちながら、カーツェルは思う。
自分であれば、兵役も経験済みであるし。
たかが数日間、チョコレートのみ。一日一欠であろうが、食えるだけましと思うだけだが。
幼くして既に生存危機回避能力が身についているなんて、そうある事ではないだろう。
また同時に、子供らしくないとも感じるわけで。
知らず識らず、抑圧感を溜め込んでいるのではなかろうかと。
カーツェルの気掛かりは増える一方だった。
とは言え、悪い気はしない。
早めに宿を発つと聞いたので。
自身の食事は後片付けの合間に済ませる。
そんな彼のもとへ、せっせと履いた靴を見せに来るチェシャの足元はメチャクチャ。
紐は緩いし、一つ二つ穴がずれているし、固結びだし。
正直、吹き出して笑いそうになったのだが。
そこは グッ と堪えて。
取り急ぎ、手を水で流していたところ。
チェシャを呼ぶ主人の声。
見ると、一足先に支度を済ませたフェレンスが、
わざわざ手袋を脱いでベッドに座るよう言って聞かせていたのだ。
「よく見て、もう一方で真似してみるといい」
少し前まで帝国軍、特務士官を務め。
人を寄せ付けなかった人物が、幼子の面倒を見てやっている。
たったそれだけの光景が微笑ましい。
心配事など吹き飛んでしまうと言うか。
嗚呼 ... 俺って幸せなんだな ... ...
と、そう思う。
勿論。そんな自分自身にツッコミ入れるまでがセットだ。
〈 って ... !! お前は人妻か!!〉
急に荒々しくなる身振り素振り。
〈違う 違う 違う 違う ... !!〉
そうして取り乱している様を、また、チェシャに見られると。
はい。毎度、お疲れ様。
昼前。部屋を後にする間際。
窓の外には、晴れ間が広がり始めていた。
やがてロビーに降りてきた一行を見流すフロント係の男は、
その視線を不審に思ったカーツェルが振り向いても、フェレンスの横顔を見詰め続ける。
つい半日前に抱え運び込まれた人物が、
何事も無かったかのように歩いているのだから。
驚くのも無理はないが。
一行の姿が見えなくなると、すぐ横の通話機を取る男の手。
見た事を話すと、フェレンスには何やら心当たりがあるようだった。
「アイゼリアの諜報機関は今や世界有数の規模。
産業技術や資本の争奪が激しい工業国、金融国と肩を並べている」
「王制の資源輸出国にも、そういった組織が?」
リテの町を後にする前。
資金調達に立ち寄った質屋にて話し合う間も。
カーツェルは終始、あらぬ噂を聞かされているかのような気分を味わった。
確かに存在しているのであれば、先回りした隠密の差し金とも考えられる。
だが、そんな話は聞いたことが無いのだ。
帝国領、公爵家子息。士官学校卒。軍役三年。父は婿養子だが軍、大佐。
それなりの教育を受け、界隈の情報も得やすい部署に在籍していたつもりだが。
長らく帝都を離れていたせいかもしれない。
対し、そんな時でさえフェレンスと通じ合わせる者が存在するのだと知る。
カーツェルは思い巡らせ。
また一方で、器用にも言い争った。
質入れされた品の鑑定後。
信じられない金額が提示された為。
瞬く間に話が逸れていく。
安過ぎだの何だの。
食い下がったのは、他ならぬ執事。
ところが、この時ばかりは主人も割って入った。
「そんな金額では、とてもお渡し出来ません。ご返却願います」
「いいや。それで良い、買い取ってくれ」
「旦那様 ... !」
「聞かないか。カーツェル ... 」
何をコソコソ話しているのかと思えば、急に揉み合う主従。
売るのかどうか。まぁ、好きにしてくれて良いのだけれど。
カウンターにしているショーケースが、ガタガタ言って心配だから、
ここで押し合うのは止めて欲しいなぁなんて。
頬杖して不満そうにする店主の手に握られているのは、
長年、フェレンスが使用してきた多機能機器。
カーツェルにとって、思い入れの強い品であるのだろう。
しかしだね。
揺れるショーケースの中の置き人形が、向こう側へ滑り落ちそうで。
どちらかと言えば、そちらの方が気になるチェシャ。
片や、その土地の需要というものがあると言い聞かされ、カーツェルは黙る。
「そうそう。旦那の言う通りにしときなよ。
大体にしてねぇ、あんた。どんだけ手の込んだ品か知らないけどさ。
こんなややこしい魔道具を買ってくれるような錬金術師や魔導師なんか、この辺にゃ居ないんだよ」
決定的、店主の言い分であった。
はたまた。次の店へ立ち寄る頃には、話が舞い戻っていたりする。
到着したのは洋服店。
本来の目的はチェシャの衣服を一式、揃える事。
長旅に相応しい素材のものを選ばねばならなかった。
尚、主人愛用の品を失ったカーツェルの機嫌は、まだ治っていない。
自分の物でもないのに。何か逸話でもあるのだろうか。
二人は肩を並べ、互いの顔も見ぬまま会話していた。
「帝国特務機関の諜報員と通じる人物なら、周りに幾らでもおりましたが。
旦那様は何時頃、どういった筋からお聞き及びになられのでしょう」
独り言にも取れる言葉尻。
なのでフェレンスも、それとなく返す。
「聞いているのか?」
「可能でしたら、お答え頂きとう存じます」
女性店員と一緒に服を見て回るチェシャを眺めつつ。
両者共に口を閉ざす事、暫し。
それにしても、何だ。沈黙のせいだろうか。
次第に嫌な予感がしたので、質問を取り下げようかと。
先に口を開いたのはカーツェルだった。
「いえ、やはり ... 」
さて、その時。フェレンスは、どうしたか。
きっと狙い定めていたに違いないのだ。
「アレセルからの忠告だった。
クロイツの一行が渡った先について予め知らせておきたいと」
〈ア〉で始まる名を耳にした途端。
取り澄ました執事の眉間に皺が寄る。
「 ... ... ... 」
「 ... ... ... 」
「言い掛けているのに強引に被せましたね?」
「そう言うお前こそ。元々、察しが付いていていたのでは?」
ぐ ... ...
否めない。
その頃、女性店員と店内を駆け回って服を見ていたはずのチェシャは、物陰から二人を観察中。
一緒に居た店員が、不思議そうに尋ねてくるので。
自身の眉間に指を当て、身振り素振りで伝えた。
今 は 、カ ー ツ ェ ル が 、 め ち ゃ く ち ゃ 不 機 嫌 そ う だ か ら 。
「 シ ィ ――――― ... 」
尖らせた唇の先に人差し指を立てて添えたところ、店員も納得。
主従とチェシャを交互に見て頷く。
これは、もう少しだけ様子見かなと。
二人は相も変わらず正面だけ見て会話していた。
さあ。彼の名を聞いたカーツェルは、どう出るか。
フェレンスであれば、想定済みだ。
「もし、私が別の運命を辿っていたら ... ... 」
アイツは喜んでたろうな ... ...
聞くまでもないので。
視線を落とし遮る。
「お前を追い詰めるほど私の自由が利かなくかなくなる事は既に、どの勢力にも周知されていた」
突拍子もない話に聞こえるが。
この時ばかりは黙って耳を傾けた。
「勿論、お前を失うような事にでもなれば ...
何れに属そうとも、私にとって意味を成す事など何も無いので。
形振り構わない私の興味を引く者が最優位に立つだけ。
だが、そんな人物はこの世に存在しない」
そう。この世には。
遠回しだが、察しは可能。
どうりで彼ノ尊が、過激派の勢に付いて契約を絶ちに来るわけだと。
フェレンスは続ける。
「暗殺の機会なら幾らでもあったはず。
しかし彼等にとっては禁じ手。
では何故それを、あえて犯したか。
お前が一番、理解しているはずだろう? カーツェル ... ... 」
「 ... ... ええ。恐らくは ... ... 」
目の前で友人の命が絶たれるのを見過ごすか。
弱味を抱え、帝都を去るか。
命懸けで選択を押し迫ったのは、カーツェル自身なのだから当然。
「今の私には、もう ... お前を手放してやる事すら叶わない。
だが、お前はどうだ? 私の傍に居続けるため、
自ら進んで、彼等の思惑に便乗しておきながら。
この先、無事で済むとでも?」
主人の言わんとする事が、少しずつ読めてきた気がする。
名を聞くなり顰めっ面してしまうような、その相手こそ、
今後、一番の厄介者に成り兼ねないという事だろう。
冷静に考えれば、なるほど、確かに。
しかもフェレンスの口から長々と聞かされたのだ。
流石に緊張してくる。
主人という立場から、気を引き締めてやるつもりで大袈裟に言ったのか、何なのか。
それにしてもだ。そこまで言われると憂鬱。
カーツェルは溜め息まじりに返した。
「随分と脅しの利いた忠告で御座いますこと」
「皮肉めいた口を利く余裕があるようだから、たまには私も見倣ってみうかと」
へー ... ...
〈たまには〉と聞こえたが。どの口が言う。
でも、ちょっと興味あるな。
執事の不機嫌は何時しか、欲求へと変わった。
「どうぞ? 何なりと仰って下さいませ」
カーツェルは不敵な面構えで横から煽り上げる。
彼の主人は向き直ったうえ、言い改めた。
「度々言うが。お前に付き纏われ続けたおかげで、
私は、もう二度とお前を手放すわけにはいかなくなった」
覚悟したとは言え、やはり如何ばかしかは胸を衝く。
長い間、ずっと言い争ってきた話題であるからして。
カーツェルの瞼が自然と伏していった。
然れどもフェレンスの手により、また掬い上げられる。
「 ... ... 満足だろう?」
指先が、爪を立て、ゆっくりと顎の下をなぞっていった。
「お前はもう、私だけ見ていればいい。
彼の事で一々腹を立てる必要などあるのか?」
吹っ掛けておいて何だが、恥ずかし過ぎて直視できない。
歯の浮くような台詞を次から次へと。
よくも、そう臆面もなく言えるものだと思う。
人によっては、気取りすぎ、軽々しいと感じる事だろう。
だが、相手はフェレンス。
興味のない人や物事には目もくれず、言葉を交わそうともしない。
理に適わぬは完全無視。
長らく、冷徹を演じ続けてきた男である。
思ってもない事を口にするような労力などは、一番に省いて然るべき。
あえて気障ったらしく振る舞っているとしか思えなかった。
「もしかして、ふざけてる?」
本気で笑わせに来ているのかもしれない。
顔を逸らし目の前の相手にだけ聞こえるよう、素で返すと。
踏まえたうえ、重ねて言う。
「真剣にな」
つまり。言っている事に嘘、偽り無し。
彼の主人は悪戯に微笑んだ。
〈 う っ ――――― わ ――――― !! 〉
対し手に汗握る見物人。
主に、チビっ子を接客中の女性店員は思う。
惚れさせたいのか ――――― !!
本気だして真剣にふざけてる割には自然に押してくる!
自然派Sっぽい。けど、そんな名目あったっけ!?
な い な い な い な い !!
ない! にしても、これは胸アツ ――――― !!
何について語っていたのかは、全く以て見当もつかないが。
チェシャの隣で グッ!! と拳を握る女性は感無量の表情。
これには堪らず跳び出る。
フェレンスの足元に駆け付けたチェシャは、頻りに飛び跳ね訴えた。
カーツェルばかり撫でられて狡い!!
「 ン! ン! チェ、シャ、 ... ワ?」
しかし何故、ドレスを着ているのかと。
フェレンスは困り顔。
遅れて我に返った女性店員の話を聞いてみたところ。
チェシャが下に履いたドロワーズを見て勘違いしたそう。
何度も頭を下げ平謝りする店員を余所に、話だけ聞いていたカーツェルは思う。
あ の ... お ん ぼ ろ チ ェ ス ト が ... ...
ふりふりドレスに、ご満悦のチビっ子は、案の定、着替えを渋って動かない。
脱がせる係りに選ばれたのはカーツェルだった。
フェレンスが絶対的信頼を寄せる人物であればこそ。
試着室まで連れて行くだけで、言うことを聞く。
と言うか。昨夜、睨まれたばかりなので。
怒らせたくないんだよね ... ... (´・ω・`) シュン ...
二度、三度、上目遣いに顔色を窺うチェシャはやがて、ションボリと後ろを向いた。
女性店員と話す彼等の主人は、改め要望を伝えたうえ。
テーブルに並べられた中から丈夫そうな物を選んでいく。
真新しい服と同じ生地で裾に縫い込まれたリボンは、サービスだそう。
〈ふわふわ〉にご執心のチェシャを女の子と勘違いしてしまった女性店員、お手製である。
お詫びも兼ねてとの事だった。
まぁ、女の子用の下着を見たら、そりゃあ勘違いもするだろうから。
こちらとしては、かえって申し訳ないのだけれど。
ミシン台に着いた女性の手元を見つめ、ウキウキとした様子で待つ幼子を見れば。
ありがたく頂戴しておこうかなと思う。
その合間。
残してきた精霊達について、フェレンスに尋ねてみると。
帝国の軍警に押収された後、
物の姿で封印されているのではないだろうかという返答を受けた。
また、いつの日か。
帝都に足を運ぶ機会があれば、取り返す事も出来るはず。
今はまだ、無事を祈る事しか出来ないのだ。
不足品の買い込みを終えた頃には、大きな箱型鞄が二つほど増えている。
目一杯、詰め込んであるのに、軽々と持ち歩くカーツェルを見て舌を巻いたのはチェシャ。
駅馬車の最終便に乗り込む手前。
荷積みは手空きの業者一人とカーツェルに任せて中を見る。
「乗って待ってなよ!」
当便の馭者に声をかけられたチェシャは、フェレンスの手を引いて一番乗りした。
馭者台の真後から片側一列は、窓に対し背を向く一人席が二つ。
チェシャが真っ先に飛び込んだのは最奥。向き合いの四人席。
出発前には、もう一組の四人席と合わせ、十席中、八席が埋まる。
待てども来ないカーツェルは結局、腕っぷしを買われ。
出発時間になるまで荷積みを手伝う羽目になっていたよう。
彼が席に着いたのは、出発の間際。
軽く汗を流しているのを見て、逸早く手巾を手渡したのは、一人席の紳士だった。
「僕の荷物まで、悪かったね ... 助かったよ。ありがとう」
「いいえ、こちらこそ。お役に立てたのであれば幸いです」
初めのうちは窓側、進行方向を向いて座ったチェシャだが。
日暮れには隣のフェレンスと入れ替わり、彼の膝の上に頭を転がして眠る。
支所での馬替えは二時間に一度。
物音に目を覚ますたび、幼子の肩を支えてやっている主人と目が合った。
「旦那様 ... お身体に障りますので。少しでもお休みになりませんと」
「少し先に目が覚めてしまうだけだ。お前こそ、気を落ち着かせて休みなさい」
そうは言われても。初めての土地であるわけだし。
夜の移動ともなれば、完全に気を緩めるわけにはいかない。
客の殆どは、中継地となる各村町で下車していったけれど。
一晩、乗り切り。
終点を迎えたのは翌日の昼。
馬車を降りたのは一行の他、出張帰りと思わしき一人席の紳士だけだ。
その場を遣り過し。
辻馬車に乗り換える紳士を見流す。
フェレンスが手にしたのは白の手巾。
彼の執事はと言うと、例によって荷降ろし中である。
幼子は、立て置いた箱型鞄の上。
ちょこんと座り、力持ち達の仕事ぶりを見物し待っているよう。
片や、辻馬車が走り出す気配は無い。
日除けを引いて、自らの耳を指で押えながら ... 紳士は言った。
「王都、イシュタットに到着。一行と共に降車しました。現地職員と交替します」
すると誰かが窓を叩く。
〈 コンコンコン ... 〉
日除けを戻して見ると、そこにはフェレンスが立っていた。
紳士は何事も無かったかのように取り澄まし、窓を下げる。
「どうしました?」
尋ねると、手巾を差し出された。
「落ちたところを見かけたもので」
「これはこれは、ご親切にありがとうございます」
何気なしに受け取ったところ、標的は笑みを返して立ち去る。
咄嗟の事だったので、内心、ヒヤリとしたものの。
気付かれてはいないはず。
そう思ったのだ。 ... が、しかし。
手巾をしまおうとした次の瞬間には、紳士の手が止まる。
待て ... 何故 ... 二枚ある ... ...
そもそも、落としてなどいなかったのだ。
受け取った側を、よくよく調べると。
中には ... 一欠の魔石。
どうやら、こちらの考えが甘かったよう。
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