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最後までなりすまします! サイラス
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「サイラスさまっ……」
ドアを開けた途端、しがみついてきたアンジェラを優しく受け止めたサイラスは、動揺していた。
やっとの思いで婚約者に出来たアンジェラが、離れに閉じ込められていたのだ。
姉妹の仲が悪いことは知っていた。キャンベル家の当主であるウィリアムが見て見ぬふりをしていたことも知っている。だが、今回はアビゲイルの方が怪我をしたので、仲裁に入ったという。だとしても、だとしてもだ。一方的ではないだろうか。今回、アビゲイルは目に見える怪我をしたが、アンジェラは今まで目に見えない部分、心に大きな傷を何度となく受けている。
ウェーブかかったプラチナ色の髪をそっと撫で、それから華奢な身体を強く抱き締めた。
「ウィリアム殿に直談判してくるよ」
アンジェラの肩がびくっと跳ねる。助けを求めても、親であるウィリアムにずっと無視されていたのだ。父親の名前すら怖いのかもしれない。
「大丈夫、心配しないで。悪いようにはしないから」
いつも思っていた。アンジェラをラッセル家に連れて行くことを。連れていって、ふたりで幸せな毎日をつくるのだ。結婚前なのに、と周りがとやかく言うかもしれない。けれど、そんな未来に悩むよりも、彼女が毎日のように苦しんで、憔悴していく姿をみていたくはない。
「いいの、いいのです……。階段から落とされそうになって、抵抗する内に、勢いあまって落としてしまったのは、わたしなのですから……」
シャツにしがみつく手が震え、鼻を啜る音が耳に届く。泣くのを必死に我慢しているのだろう。はあっと呼吸を整える熱い息がシャツを通して肌に伝わる。
「ただ、わたし……。これ以上、お姉さまを自由にさせたくありません……」
理不尽な目にあったというのに、なんて強い娘なんだろう。これが姉妹の愛なんだろうか。
「彼女が自由になることなんてないよ」
アンジェラの額が左右に擦れた。それから、掴んでいたシャツを離すと、一歩二歩と後退した。カーテンがまとめられた窓辺に立ち、無表情のまま窓の外を見つめる。一呼吸あって、柔らかそうな薄紅色の唇がゆっくりと動き出す。
「サイラスさまのように、騙されている御仁がおります。アレン家のフィリップ様です」
「彼が? まさか……」
同世代でも頭ひとつ抜きん出てる彼が、まんまと騙されるわけがない。
「でも……。ほら」
アンジェラと視線が合った。ここに証拠がありますと言うような目に、サイラスは大股で窓に近づく。
「……ウソだろ?」
ここから離れた場所で、アビゲイルを抱き上げた状態で庭を歩くフィリップの姿を見つける。
「なぜ、あんなに親しげに!?」
アンジェラに答えを求めるように見返すと、彼女はうつむいたまま首を左右に振っていた。
「……婚約したそうです」
「えっ!?」
自分との婚約が破棄となったのは、二、三日前の話。なのにこの異例の速さは「悪女故なのか……」
「今ならまだ、フィリップ様を助け出せるかもしれません。お姉さまの本性をしらしめて、フィリップ様の目を覚まさせて差し上げないと!」
「行こう! さあ、君も」
アンジェラに向けて手を差し出すが、彼女は自身の手を握り、首を横に振る。
「でも……。わたし、やっぱりこわい」
「平気だ。君は、わたしの側にいてくれるだけでいい。何を言われてもわたしが守ってやる! だから」
アンジェラは、サイラスを真っ直ぐ見つめながら頷いた。
ドアを開けた途端、しがみついてきたアンジェラを優しく受け止めたサイラスは、動揺していた。
やっとの思いで婚約者に出来たアンジェラが、離れに閉じ込められていたのだ。
姉妹の仲が悪いことは知っていた。キャンベル家の当主であるウィリアムが見て見ぬふりをしていたことも知っている。だが、今回はアビゲイルの方が怪我をしたので、仲裁に入ったという。だとしても、だとしてもだ。一方的ではないだろうか。今回、アビゲイルは目に見える怪我をしたが、アンジェラは今まで目に見えない部分、心に大きな傷を何度となく受けている。
ウェーブかかったプラチナ色の髪をそっと撫で、それから華奢な身体を強く抱き締めた。
「ウィリアム殿に直談判してくるよ」
アンジェラの肩がびくっと跳ねる。助けを求めても、親であるウィリアムにずっと無視されていたのだ。父親の名前すら怖いのかもしれない。
「大丈夫、心配しないで。悪いようにはしないから」
いつも思っていた。アンジェラをラッセル家に連れて行くことを。連れていって、ふたりで幸せな毎日をつくるのだ。結婚前なのに、と周りがとやかく言うかもしれない。けれど、そんな未来に悩むよりも、彼女が毎日のように苦しんで、憔悴していく姿をみていたくはない。
「いいの、いいのです……。階段から落とされそうになって、抵抗する内に、勢いあまって落としてしまったのは、わたしなのですから……」
シャツにしがみつく手が震え、鼻を啜る音が耳に届く。泣くのを必死に我慢しているのだろう。はあっと呼吸を整える熱い息がシャツを通して肌に伝わる。
「ただ、わたし……。これ以上、お姉さまを自由にさせたくありません……」
理不尽な目にあったというのに、なんて強い娘なんだろう。これが姉妹の愛なんだろうか。
「彼女が自由になることなんてないよ」
アンジェラの額が左右に擦れた。それから、掴んでいたシャツを離すと、一歩二歩と後退した。カーテンがまとめられた窓辺に立ち、無表情のまま窓の外を見つめる。一呼吸あって、柔らかそうな薄紅色の唇がゆっくりと動き出す。
「サイラスさまのように、騙されている御仁がおります。アレン家のフィリップ様です」
「彼が? まさか……」
同世代でも頭ひとつ抜きん出てる彼が、まんまと騙されるわけがない。
「でも……。ほら」
アンジェラと視線が合った。ここに証拠がありますと言うような目に、サイラスは大股で窓に近づく。
「……ウソだろ?」
ここから離れた場所で、アビゲイルを抱き上げた状態で庭を歩くフィリップの姿を見つける。
「なぜ、あんなに親しげに!?」
アンジェラに答えを求めるように見返すと、彼女はうつむいたまま首を左右に振っていた。
「……婚約したそうです」
「えっ!?」
自分との婚約が破棄となったのは、二、三日前の話。なのにこの異例の速さは「悪女故なのか……」
「今ならまだ、フィリップ様を助け出せるかもしれません。お姉さまの本性をしらしめて、フィリップ様の目を覚まさせて差し上げないと!」
「行こう! さあ、君も」
アンジェラに向けて手を差し出すが、彼女は自身の手を握り、首を横に振る。
「でも……。わたし、やっぱりこわい」
「平気だ。君は、わたしの側にいてくれるだけでいい。何を言われてもわたしが守ってやる! だから」
アンジェラは、サイラスを真っ直ぐ見つめながら頷いた。
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