上 下
35 / 40

最後までなりすまします! アンジェラ

しおりを挟む
「上手いこと立ち回っていたのになぁ……」

 ろうそくの炎が揺らめく中、ソファの上でぼすぼすとクッションに左右の拳を沈めていたアンジェラは顔をあげた。
 鍵がかけられていたはずのドアが開いており、ウィリアムがドア枠に寄りかかりながら、気だるそうに立っている。

「お父様……」
「ドレスも使用人たちも一人占めしてたのになぁ……」

 ウィリアムの皮肉めいた言い方にアンジェラの顔がますます険しくなる。
 お陰で、離れにある一室は険悪な雰囲気だ。

「アビゲイルは額を縫う怪我と右手足首の捻挫だったよ」
「わたし、やってませんわ」

 真剣な目つきで答えても、ウィリアムは肩を竦めただけだ。

「すべては結果論だよ、アンジェラ・キャンベル」

 ぐっと奥歯を噛み締めて、苛立たしい気持ちを我慢したアンジェラは、四つん這い気味になって乗っていたソファから立ち上がった。ウィリアムは、アンジェラに殴られて形が変わってしまったクッションをソファの上に置き直して座る。

「さて、どうしようか?」
「何がですか!」

 ウィリアムは、はぁーと長いため息をつき、「婚約だよ、婚約」と投げやりに言った。
 アンジェラは今、サイラスと婚約状態にある。だが、本当に結婚したいのはフィリップで、そのフィリップは姉であるアビゲイルの婚約者だ。

「認めません!」
「何を?」

 ウィリアムの意地悪そうな笑みに虫酸が走る。この男はいつもそうだ。わかっていて、けしかけてくる。そして、人が悩み、苛立つ様子を楽しそうに見下ろしてくる。

「フィリップ様との婚約です! 何故アビゲイルなのですか!? わたしの方がふさわしいはずです! 今まで彼に働きかけてきたのはわたしです! わたしが会いにいき、わたしと親しくなりました! なのにどうしてアビゲイルなのです!?」
「残念ながらわたしの采配ではないのだよ。向こうがアビゲイルを指名したのだ」
「……なんですって」

 先ほどまでの甲高いわめき声がウソのように、低い声でボソリと呟く。大きく見開いたサファイア色の目が小刻みに震え、力強く握り締めて筋が浮き上がった手も、色白で華奢な肩も、怒りで震えている。

「だが、今、話に出している婚約の件はフィリップ殿相手のものではない。サイラスとのだよ、アンジェラ」
「破棄してください……。受け入れる気はありません!」
「君の意に反しているかもしれないが、これは決定事項だ。ラッセル家に娘を嫁がせる、それは先代からの約束だからな」
「でしたら、再びアビゲイルでよろしいではないですか!?」

 話にならん、と再びウィリアムは長いため息を吐いた。

「明日、サイラスが会いにくるそうだ。自分の部屋に戻るよう伝えるつもりできたが、反省の色がないようだな。明日はここで会いなさい。なんにせよ、自分で蒔いた種は自分で刈り取れ」
「今さら、なぜアビゲイルの肩をもつのです!」
「事情が変わった……。ただそれだけだ」

 ウィリアムはそれだけ言うと、部屋から出ていった。

「事情が変わったですって!?」

 何がどう変わったのか、アンジェラにはわからない。けれどもウィリアムのなかで、アビゲイルを守る、何か決定的なことがあったはずなのだ。部屋の隅から隅までをウロウロし、ここ最近の記憶を振り返る。些細なことでいい、今までの日常と違ったこと。
 元々、ウィリアムとアビゲイル、アンジェラの三人と複数人の使用人で暮らしていたキャンベル家だ。ほかに領地から数人、タウンハウスに戻ってきた使用人がいるだけで、特に変化はみられなかった。強いていえば、家出をしていたアビゲイルを連れ戻したくらいで……。

「……記憶喪失?」

 連れ戻したアビゲイルは記憶を失っていた。
 でも、と薄紅色の唇をきゅっと結ぶ。記憶喪失だなんてウソっぱちだ。ウィリアムもそれを信じているわけではあるまい。だが、ウィリアムはあからさまに態度を変えた。

「記憶を失うと、贔屓してもらえる?」

「そんなバカな……」と嘲笑う。元々、気に入っている人物だったならまだしも、と考えたところで、弱みを握られたのかもと閃いた。それなら辻褄があう。怪我の詳細もフィリップとアビゲイルが婚約に至った経緯も、ウィリアムからしか聞いていない。怪我の状態も、フィリップがアビゲイルと指名したことも偽る理由。

「弱みね、弱みよ! 家出中にお父様の弱みを見つけて戻ってきたんだわ! あの女、やられてばかりじゃなかったのね」

 爪を噛み、思考を巡らす。
 明日、サイラスがこの離れにやってくる。フィリップも明日、再び見舞いに来ると使用人たちがこっそり話しているのを聞いている。この状況を上手いこと使って、自分の有利になる策を練っていく。

「そうだわ!」

 ぱぁっと花を咲かせたように微笑んだアンジェラは、窓辺に近づき厚手のカーテンを開けた。空には冷ややかな色をした細い月が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*
ファンタジー
コミュ障気味で、中学校では友達なんか出来なくて。 胸が苦しくなるようなこともあったけれど、今度こそ友達を作りたい! って思ってた。 いよいよ明日は高校の入学式だ! と校則がゆるめの高校ということで、思いきって金髪にカラコンデビューを果たしたばかりだったのに。 ――――気づけば異世界?  金髪&淡いピンクの瞳が、聖女の色だなんて知らないよ……。 自前じゃない髪の色に、カラコンゆえの瞳の色。 本当は聖女の色じゃないってバレたら、どうなるの? 勝手に聖女だからって持ち上げておいて、聖女のあたしを護ってくれる誰かはいないの? どこにも誰にも甘えられない環境で、くじけてしまいそうだよ。 まだ、たった15才なんだから。 ここに来てから支えてくれようとしているのか、困らせようとしているのかわかりにくい男の子もいるけれど、ひとまず聖女としてやれることやりつつ、髪色とカラコンについては後で……(ごにょごにょ)。 ――なんて思っていたら、頭頂部の髪が黒くなってきたのは、脱色後の髪が伸びたから…が理由じゃなくて、問題は別にあったなんて。 浄化の瞬間は、そう遠くはない。その時あたしは、どんな表情でどんな気持ちで浄化が出来るだろう。 召喚から浄化までの約3か月のこと。 見た目はニセモノな聖女と5人の(彼女に王子だと伝えられない)王子や王子じゃない彼らのお話です。 ※残酷と思われるシーンには、タイトルに※をつけてあります。 29話以降が、シファルルートの分岐になります。 29話までは、本編・ジークムントと同じ内容になりますことをご了承ください。 本編・ジークムントルートも連載中です。

蒼星伝 ~マッチ売りの男の娘はチート改造され、片翼の天使と成り果て、地上に舞い降りる剣と化す~

ももちく
ファンタジー
|神代《かみよ》の時代から、創造主:Y.O.N.Nと悪魔の統括者であるハイヨル混沌は激しい戦いを繰り返してきた。 その両者の戦いの余波を受けて、惑星:ジ・アースは4つに分かたれてしまう。 それから、さらに途方もない年月が経つ。 復活を果たしたハイヨル混沌は今度こそ、創造主;Y.O.N.Nとの決着をつけるためにも、惑星:ジ・アースを完全に暗黒の世界へと変えようとする。 ハイヨル混沌の支配を跳ね返すためにも、創造主:Y.O.N.Nのパートナーとも呼べる天界の主である星皇が天使軍団を率い、ハイヨル混沌軍団との戦いを始める。 しかし、ハイヨル混沌軍団は地上界を闇の世界に堕とすだけでなく、星皇の妻の命を狙う。 その計画を妨害するためにも星皇は自分の妾(男の娘)を妻の下へと派遣する。 幾星霜もの間、続いた創造主:Y.O.N.Nとハイヨル混沌との戦いに終止符を打つキーマンとなる星皇の妻と妾(男の娘)は互いの手を取り合う。 時にはぶつかり合い、地獄と化していく地上界で懸命に戦い、やがて、その命の炎を燃やし尽くす……。 彼女達の命の輝きを見た地上界の住人たちは、彼女たちの戦いの軌跡と生き様を『蒼星伝』として語り継ぐことになる。

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

冤罪で処刑されたら死に戻り、前世の記憶が戻った悪役令嬢は、元の世界に帰る方法を探す為に婚約破棄と追放を受け入れたら、伯爵子息様に拾われました

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
ワガママ三昧な生活を送っていた悪役令嬢のミシェルは、自分の婚約者と、長年に渡っていじめていた聖女によって冤罪をでっちあげられ、処刑されてしまう。 その後、ミシェルは不思議な夢を見た。不思議な既視感を感じる夢の中で、とある女性の死を見せられたミシェルは、目を覚ますと自分が処刑される半年前の時間に戻っていた。 それと同時に、先程見た夢が自分の前世の記憶で、自分が異世界に転生したことを知る。 記憶が戻ったことで、前世のような優しい性格を取り戻したミシェルは、前世の世界に残してきてしまった、幼い家族の元に帰る術を探すため、ミシェルは婚約者からの婚約破棄と、父から宣告された追放も素直に受け入れ、貴族という肩書きを隠し、一人外の世界に飛び出した。 初めての外の世界で、仕事と住む場所を見つけて懸命に生きるミシェルはある日、仕事先の常連の美しい男性――とある伯爵家の令息であるアランに屋敷に招待され、自分の正体を見破られてしまったミシェルは、思わぬ提案を受ける。 それは、魔法の研究をしている自分の専属の使用人兼、研究の助手をしてほしいというものだった。 だが、その提案の真の目的は、社交界でも有名だった悪役令嬢の性格が豹変し、一人で外の世界で生きていることを不審に思い、自分の監視下におくためだった。 変に断って怪しまれ、未来で起こる処刑に繋がらないようにするために、そして優しいアランなら信用できると思ったミシェルは、その提案を受け入れた。 最初はミシェルのことを疑っていたアランだったが、徐々にミシェルの優しさや純粋さに惹かれていく。同時に、ミシェルもアランの魅力に惹かれていくことに……。 これは死に戻った元悪役令嬢が、元の世界に帰るために、伯爵子息と共に奮闘し、互いに惹かれて幸せになる物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿しています。全話予約投稿済です⭐︎

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

クリスの物語

daichoro
ファンタジー
 地底世界や海底世界、空中都市や風光都市など世界中を駆け巡る壮大なスケールで描かれる冒険物語全4部作。剣と魔法の王道ファンタジーにスピリチュアル的視点を交えた、新しいカタチの長編ファンタジーストーリー。  小学校6年生のクリスは、学校でいじめに遭い人生に何も楽しいことが見出せなかった。唯一の生きる糧は愛犬ベベの存在だった。しかし、そんなベベがある日突然死んでしまう。悲しみに暮れるクリスだったが、ベベの死をきっかけに前世の人生を垣間見ることになる。  時代は紀元前。愛する人を救うべく、薬売りの老婆から指示されるまま地底世界へと誘われた前世の自分。運命に導かれるまま守護ドラゴンや地底人との出会いを果たし、地底図書館で真実を追い求める。  しかし、情報に翻弄された挙げ句、望む結果を得られずに悲しい結末を迎えてしまう。そんな前世の記憶を思い出したのは決して偶然ではなかった。  現代に戻ったクリスは自分の置かれた運命を知り、生まれ変わったかのように元の明るい性格を取り戻した。そして周囲の対応もまったく違った対応となっていた。  そんなクリスのもとへ、地底世界で出会ったドラゴンのエランドラや地底人のクレアたちがやってくる。その目的は、闇の勢力から地球を救うため。  現在、地球は次元上昇【アセンション】の時期を迎えていて、光の惑星へと目覚めつつある。ところが、闇の勢力が何としてもそれを阻止して、消滅させてしまおうと躍起になっているという。  アセンションを成功させるには、伝説のドラゴン【超竜】のパワーを秘めるドラゴンの石【クリスタルエレメント】を入手する必要がある。そして、クリスはそのクリスタルエレメントを手に入れる資格のある『選ばれし者』だということだった。  クリスは、守護ドラゴンや仲間たちと共に海底都市や風光都市へといざなわれ、各地にちらばるクリスタルエレメントを探し求める冒険へと旅立つ。  やがて、すべてのクリスタルエレメントを手に入れたクリスたちだったが、ひょんなことから闇の勢力にそれらすべてを奪われてしまう。  そして遂に闇の勢力の本拠地へ乗り込み、最終決戦に臨むことに─────  ぜひ、お楽しみください♪

処理中です...