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最後までなりすまします!②

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 ルルは、落ち着いた調度品で揃えられた部屋にいるはずなのに、落ち着かない状況に陥っていた。
 ベッドのヘッドボードに寄りかかりながら座るルルのベッドの脇に、これまた数刻前にフィリップが座っていた椅子に腰掛けるアビゲイルの父、ウィリアムがいた。執務室で仕事をすればいいのに、たいそうぶ厚い書類の束を一枚一枚捲って、難しい顔をしている。

(この人はいったい何しに来たってわけ!?)

 侍女たちが淡々と夕食で使用した皿やカトラリーを片付けていく。夕食は怪我を負ったルルのために、香辛料控えめのお味だった。その分、見た目や香草で工夫を凝らしており、美味しく食べれた。なのに、この男が現れたお陰で余韻に浸れずじまい。さらには、キャンベル家にきてから食後の習慣になりつつある、ぽっこり出たお腹を撫でることも叶わなかった。
 侍女たちが片付けを終え、部屋を出ていくと、この男とふたりきりになった。いつも必ずひとりは残ろうとしてくれていたので今夜もそうだろうと勝手に思い込んでいたのだが、先に指示されていたのであろうか、当たり前のように頭を下げて出ていった。思わず『待って』と手を伸ばしそうになったが、視界の片隅で男の眼光が光ったような気がしてやめた。受け入れた方が身のためだ。

「さて」

 男はサイドテーブルに書類の束を投げ置くと、両膝の上に肘を置き、両手を組んだ上に顎を置いた。まるで砲台に火器を設置し、敵の拠点に照準を合わせるかのようにジッとルルを見つめる。
 まさか今頃怪我の具合を訊きにきたわけではないだろう。
 騒ぎが起きた時にアンジェラを離れに隔離するよう命じたのは他でもないこの男だったはずだ。上を目指すなら蹴落としても構わないと言う男が、忙しい合間を縫ってわざわざ様子を見にきたとは思えない。侍女も全員下がらせたことだし、何か聞かれてはならない話をしに来たのかもしれない。

「何でしょう?」

 訝しげに訊ねてみれば、男は鼻をフンと鳴らした。

「警戒でもしているのか? 相手に」

 わざとらしい言い方に、ルルはカチンときた。執務室で話をした時といい、今といい、手のひらで転がされているような気がしてならない。

「ご冗談を」

 にこやかに返せば、男は機嫌の良さそうな顔になった。面白そうなオモチャを見つけた子供のように、目を輝かせている。ルル的には、この男の方がビックリ箱のような気がしてならない。何が飛び出してくるのか想像すらつかない。

「本物のアビゲイルが遺体となって返ってきたよ」
「はあ?」

 思わず素が出てしまい、急いで口を押さえた。そして後悔する。何を言っているのかわからないと、そのまますっとぼけていれば誤魔化しがきいたかもしれない。が、時既に遅し、男は楽しそうに問いただす。

「お前はいったい誰なんだ?」

(やっぱり、そうくるよね……)

 自分の演技にボロが出て、いつかは詰問される日が来るだろうと予想はしていた。だが思いの外早く、しかも物的証拠が出て知られてしまうとは想定外だった。
 
「私は……、記憶を失くしているところを『アビゲイル様』とスチュアートさんと御者さんに捕まって連れられてきた者です」

 一応、否定はしましたよ、と付け足し、明後日の方向を向いた。こちらはある意味被害者なんですよーとおどけて強調する。記憶喪失はウソだけど、好きでキャンベル家に来たわけではない。まぁ、途中から乗っ取る気満々ではあったが、その辺は秘密にしておくべきだ。
 ウィリアムは「だろうな」とひとこと呟いただけにとどめた。それ以上何も言わないことに不信感を覚えたルルは、チラリと横目で男の様子を垣間見る。男は何をするわけでもなく宙を眺めていた。在りし日のアビゲイルとの出来事を思い出し、感傷にふけっているのかもしれない。

「……御愁傷様で?」

 気のきいた言葉のひとつでも送ろうとしたが疑問系になってしまった。
 記憶を失った状態で『あなたはアビゲイルなのだ』と刷り込まれていたら、本物が戻ってきたと言われても、そう簡単には受け入れられないのではないか、などといろいろ考えすぎて、頭脳が誤動作を起こしたようだ。

「御愁傷様か……。世間からしたらそうなるのか……」

 ルルの言葉の抑揚については気にもとめず、ウィリアムは胸の前で腕を組んだ。うーん、と考えている様にくつろいだ表情が見えた気がして親しみを感じてしまう。

「アビゲイル嬢はどんな人だったんですか?」

 思わず訊いてしまったが、そうじゃないだろうと心のなかで突っ込む。これから自分がどう扱われるのかそちらを心配すべきだろう。

「さあな。とにかくバカ正直だったな……」

 そっかぁ……。あの日見たアビゲイルは、自分が抱いた印象と同じだったのだと安心する。そして、無意識の内に彼女の顔とそっくりにした自分を誇らしくなった。

「で、だ」

 何が? と顔を向けるとウィリアムは元通り子供のような笑みをたたえていた。ルルにとってイヤな雰囲気ムンムンである。たらりと、こめかみから一筋の汗が流れ落ちた。

「お前。あわよくばアンジェラとフィリップ殿をくっつけて煩わしいものを一掃しようとしたな?」

 ルルの眉毛がひくりと動く。なぜそれを、と心のなかで思ったが口に出したりはしない。だが、ルルの目は雄弁に語っていたらしい。右へ左へとターンを繰り返す瞳の動きにウィリアムは片手で口を押さえ、笑いを堪えた。

「度胸もあるし、アビゲイルよりも使えると思っていたが、これでは無理だ。お前はおとなしくアビゲイルとしてフィリップ殿に貰われろ」
「貰われろ?」
「向こうもお前をアビゲイルじゃないと知っている。遺体を引き渡してきたのがアレン家だからな。アビゲイル引き渡し云々の前にお前をもらうと言ってきた。どうやら遺体の存在を知られたらお前を偽者として殺すんじゃないかと思ったらしい。世間一般の父親ならあり得なくもない行動だ。だからなんだろうな。婚約という言葉を使って、うちから救いだそうとしたようだ」

(アビゲイルが好きすぎて、婚約破棄からの速攻婚約申し込みなんだと思ってたけど違うんだ。じゃあ……)
 
「どうして、私なんか?」
「お前を自分の知り合いだと思っているようだ」
「え?」

 その言葉で、ルルは完全に放心状態となった。

(となると、今日会いに来てくれたのはやっぱりペーターだったんだ……)

 いろいろ繋がったような気がする。『コネ』の話やお気に入りの絵本になぞられた言葉。あんなキザな台詞、ペーターなら絶対言わないと決めつけていた。記憶喪失だとウソを伝えていたからだろう。ペーターのやることはいつも、何らかの利を得ようとしている場合が多い。今回の絶対言わないような台詞も、ルルが自分をルルだと思い出すのにちょうどいいと口に出したに違いない。さすが冷静で妹分想いのペーター。自分のために、顔を赤くしてまで言ったのかと思うと……

「……うふふふふ」

 笑いが込み上げてきた。

ウィリアム様おとうさま。私、アビゲイルとして生きていって良いんですよね?」
「ああ」
「でしたら、アビゲイルの評判を落とすような真似があると大変なので記憶喪失設定のままでいかせてくださいね」

 ウィリアムは目をぱちりと瞬かせた。それから、口角をにんまり上げて「我が家に利をなすなら構わん」と椅子から立ち上がった。
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