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最後までなりすまします! ペーター

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(ルルだと思うんだが……)

 キャンベル家からの帰りの馬車でフィリップは自信をなくしていた。
 幼い頃から手のかかる妹分として目をかけてきたルル。どんな姿になろうとも、会えば絶対にわかるという自信があった。それに、あの反応。ルルだと思われるアビゲイルが、自分の顔を見た瞬間動きを止めたのは、自分の幼なじみが思いもよらぬ形で現れ、驚いたからだと思っていた。

(ペーターの『ペ』の字も口に出さなかった……)

 うっかり名前を呼ぶのではと期待をしていたが、裏切られる結果となった。しかも『コネ』については知らないと言うし、記憶喪失だと言う。
 確かめる術を失ったフィリップはこともあろうか、ルルが気に入っていた絵本の内容を思い出し、キザな言葉でプロポーズ紛いのことをした。少しでも記憶の端にでも触れられたらという思いつきだった。結果、可哀想な目で見られることになってしまった。普段なら絶対言わないことを決死の思いで口にしたというのに。思い出すだけで、顔が熱くなる。

『詩人のような台詞で愛しているって言ってくれたら、胸がはちきれそうなほど感動するわ』
 
 孤児院から勝手に持ち出してきた絵本を胸に抱き、ルルはうっとりとした顔で話していた。

(何が『胸がはちきれそう』だよ!! 顔がひきつっていたじゃないか!!) 
 
 八つ当たりするかのように髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き回す。いつもより念入りにまとめあげた髪も新調したばかりの紳士服もフィリップの精神状態を具現化したようにヨレヨレになっている。
 そもそも悩む羽目になったのは、キャンベル家にいるアビゲイルが誰なのか、確認を怠ったフィリップに責任がある。勝手に偽者アビゲイルをルルだと思い込み、助けなければと意気込んだ。フタを開けてみればなんてことない。ウィリアムはアビゲイルを偽者だと知っていたし、偽者も自分が誰なのかわからない。

「なんで婚約だなんて早まったことをしてしまったんだ……」

 それさえなければ、と後悔したところで時間を巻き戻すことは出来ない。
 たとえ、自分の勘が正しくて、アビゲイルの偽者がルルだったとしても、それはそれでルルの人生ではないか。自分が介入すべきではない。そうは思ってみても、握り締めたはずの砂が指の隙間からこぼれ落ちていくように、ルルを失うのではないかと思うと気が気でなかった。殺されてしまうかもしれない恐怖と、ほかの誰かのモノになってしまうかもしれない焦りがフィリップの冷静さを奪った。

(明日も会いにいくと約束したけれど……)

 フィリップは座席の背もたれに身体を預けた。
 馬車の小窓から見える夕陽は今にも闇に溶け込んでいきそうで、先ほどまで何もかも照らしていた存在とは思えない。
 約束は約束だ。偽者アビゲイルがルルでなくても婚約を継続し、結婚するのが筋であろう。自分が蒔いた種だもの、他人任せにせず、きちんと刈り取るべきなのだ。

(記憶が戻ったとしても、イイ人であって欲しいな……)

 希望を胸に抱き、フィリップは深い深いため息を吐き出した。
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