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聖女のお世話係になります!④

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「司祭様、この塔は聖女様のお住まいに使われているだけなのですか?」

 螺旋階段を上り始めたルルは、手すりに掴まりながら階段をのぼる司祭を見上げて語りかけた。

「違いますよ。はあっ。下の階には祭事の道具が仕舞われてっ、ありますっ、はあっ。上の階の方は、はあっ。歴代の聖女たちの偉業が書かれたものや、はあっ。古い資料などが保管っっ、されております、ふぅーっ」

 律儀に答えてくれるもののところどころ息切れしている。
 よっこいせ、どっこいせ。階段がキツいと丸まった背中が物語っている。階段が辛いのは、何も司祭だけではない。ルルも太ももがパンパンに張ってしんどい。

(ああっ、本当に数時間前の自分を殴りたい……)

 汗の問題は解決したが、脚の疲労はたまっていた。司祭に続いて階段をのぼっていることをいいことに、途中で休んでみたり、太ももを揉んでみたりしたが今のところ改善に至っていない。

「ほかっ、ほかに質問はっ、ふぐっ」

 気を遣ってくれているのだろう。司祭が話をしようとしてくれている。嬉しいし、本当にありがたい。だが、息が苦しそうで、これ以上質問をするのも野暮なような気がした。それにお供のふたりは塔の前に立って門番のようなことをしている。司祭が倒れたら、自分が助けなければならない。
 
 小太りの司祭を?
 この螺旋階段から?
 
 ルルは司祭の背中からそおっと視線を逸らした。
 
 無理をさせてはならない。

「えっと、ないです。あとから出てくると思います。今は聖女様に会えるということに緊張してしまって……」
「は、ははははは。そうぐっ。そうでっ、しょう……」
「お、お気遣い、ありがとうございます……」

 ふたりは黙って階段をのぼることにした。

 息も絶え絶え、螺旋階段をいちばん上までのぼると司祭は膝に手をついた状態で「ここに聖女がおられます」と部屋のドアをしゃくりあげた。
 想像通り、聖女の部屋はいちばん上にあった。歴代の聖女たちに近い、高い場所と言っていたので、当然といえば当然だ。

 はあはあ、と息を整えた司祭が再び鍵を取り出す。
 ルルは目を見開いて驚いた。

「ここも鍵が?」
「当たり前ではありませんか。聖女には価値があり、重んじられる存在。賊に連れ去られる危険性もありますからな。聖女の世話係となれば貴女にもこの部屋の鍵を預けることになるでしょう。出入りの際は、必ず鍵をかけるように」
「承知しました」

 良い返事だとばかりに満足そうに頷いた司祭は、解錠したドアを開けた。 
 聖女の部屋は光に満ち溢れていた。
 薄暗い螺旋階段をのぼってきたルルは眩しくて思わず目を伏せる。

「聖女カルリア」

(カルリア…… 聖女様のお名前)

 伏せていた目をそっとあげたルルの顔が、みるみるうちに高揚していく。逆光で影しか見えないが、その影でさえも神々しい。

「聖女カルリア様! 私、ルルと申します! この度、あなたさまのお世話係となりました! よろしくお願いいたします!!」

 ルルはガバッと頭を下げた。

 こっ、これ…… と司祭の呟きが耳に届く。

「わたくしに世話係ですか?」
「ええ。この者が昨日の奇跡に感動したとのことで、ぜひにと……」
「まあ。とても光栄なことですが、わたくしはまだ修行中の身。若輩者のわたくしに世話係をつけていただくなど……」

 断られる、そう思った瞬間、ルルは勢いよく顔をあげた。そして早口でまくし立てる。
 
「いえ、だからこその世話係なのです! 聖女様にはもっともーっと修行に集中していただきたいのです。お洗濯なんてしている場合ではありません。服やリネンではなく、みなさまの心をまっさらにしなくてはならないのですから。ホウキでクモの巣を払っている場合ではありません。みなさまの傷痕をなくしてしまわねばならないのですから」

 思わず力説をしてしまったルルの背中に冷や汗が流れた。

(またやってしまった。絶対に余計なことを言っちゃった気がする。失礼だとか、うるさいとか思われてたりしたらどうしよう……)

 だが、そこは聖女様だった。ルルの言葉をしっかり反芻したようだ。

「まったくお言葉通りですね。掃除や洗濯は頼めばやっていただくことが出来る。ですが神聖力を磨くことはわたくしにしか出来ない…… わたくしは逃げていたのでしょう。期待されているほど神聖力を磨くことが出来ず、自分にしか出来ない使命を投げ出そうとしていたのでしょう。もう少しで聖女の名を汚してしまうところでした。歴代の聖女様たちに申し訳ない…… ルルさん、気付かせてくれてありがとうございます。こんな愚かなわたくしをお許しください」

 そ、そんなぁ…… ルルはブンブンと首を横に振る。
 そんなルルの姿を見たカルリアはくすっと笑って、ルルの両手を握り締めた。

「あなたさまは、とても賢く謙虚でおられるのですね。そんなあなたさまが、わたくしのお世話係? 本当によろしいのですか?」

 カルリアがこてんと首を傾げる。
 
「はっ、はいーっ! もちろんです!!」
 
 声がうわずって、頬がかあーっと熱くなったが、聖女カルリアに気にした様子はない。カルリアの視線はすでに司祭の方へ向いている。

「司祭様、本当にこのお方をわたくしのお世話係にされるのですか? このような優秀なお方、探し出されて来たのではないのですか?」

 えっ、まぁ…… と司祭はカルリアから視線を逸らした。まさか、人の目があって本人からの押し売りを断ることが出来なかった、などと口が裂けても言えないのだろう。
 どのみち、ルルにとって首尾は上々といったところ。

(や、やったわ! 晴れてお世話係になれたわ!)
 
 くるくる回って喜びたい気持ちをルルはぐっと我慢した。
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