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第3章 この世界が思ってた以上にやばかったんですけど

19:闇と混迷と恐怖

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「おい、どこまで行くんだ」

 後方からいぶかしげな声が追いかけてくる。カルダート卿と彼の配下の魔族たちが空に連なっていた。
 俺は空中に静止して、振り返った。

「お前、名前はなんという?」

 猜疑心に満ちたカルダート卿の眼が俺を捉えていた。ビジュマステからはずいぶん離れた空域だ。

 ──もう、いいか。

 俺はカルダート卿と続々集まってくる魔族の雲に手のひらを向けて滅線めっせんを放った。魔族たちが滅却の光の直撃を受けて無数の塵となる。

「何しやがる……!」

 黒い塵の中からカルダート卿が飛び出してくる。無数の刃のついたどこまでも長いむちを携えて。
 両手の指を開いて格子状に重ね、再度滅線を放つ。細切れになったカルダート卿は鞭を失ったが瞬時に再生し、俺に破局の光を集約した弾を発射した。

 ──目障りな奴だ。

 俺は胸の奥底から聞こえる自分の声に驚きを覚えつつも、辺りに漂う魔族の塵を集めて破局弾を包み込んだ。
 禍々しい雲の中で破局の光が散乱して掻き消える。狼狽うろたえかけたカルダート卿との間合いを詰めて、その口の中に破局魔法をぶち込むと、彼の身体は白光びゃっこうを撒き散らして爆散した。

 自然と雄叫びを上げていた。自分の声とは思えない低く鈍い音。首から下がる幸福の花を閉じ込めたガラス球が音を立てたのを聞いて、俺は我に返った。ぎゅっとガラス球を握る。
 顕現外殻けんげんがいかくまといすぎたのか、俺の中に闇が漏れ出しているような感覚が揺蕩たゆたっている。
 俺は俺を失いかけていた──。

 顕現外殻を解いて、地上で身体を休めようとした時、俺の魂を震わすような声が響いた。

 ──助けて……!

 初めて恐怖と対峙たいじしたような芯から震えるその声……第四魔王だった。それは言葉というよりは、内奥から滲み出る強い思念のようだ。
 第四魔王の魔力に集中する。俺の眷属である彼女への道筋が糸のように脳裏にはっきりと浮かび上がった。その糸を辿るように、転移魔法を発動した。

 転移した瞬間、俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。ただし、それは悲痛な叫びだった。

「ボルボリっ……!!」

 顕現した魔族がバラバラに刻まれていた。細く簡素な剣を携えたがおがこちらを見る。いや、顔が三つなのは違いないが、顔の付き方が違う。普通の顔の他に両肩にシンメトリーにひとつずつ灰色の顔が載っている。

「おやおや、なんて僥倖ギョーコーだヨ」

 対象顔シンメトリーが言った。
 周囲を見回す。対象顔シンメトリーの他に異なる三体の三つ顔が不気味に並んでいる。顕現した魔族が二人──恐らくヨハン八世……そして、第四魔王だ。その身体は崩れかかっている。
 巨大に顕現した第四魔王の両手にはリナとベテルギウスの身体がそっと握られていた。第四魔王の鈍色にびいろの頬に涙が一筋流れ落ちた。

「アーガイル、なのか……?」

「何があった!?」

 三つ顔のひとりが無言のままヨハン八世の目の前に瞬間移動して、その身体に触れると、彼の顕現した巨大な外皮がバラバラに砕け散る。中から幼い子どもの姿に戻ったヨハン八世を引きずり出すと、その三つ顔は荷物でも背負うようにした。

「〝鍵〟と一緒に〝扉〟も全部持って帰ろうゾ」

 別の三つ顔が無感情にそう言うと、他の三体が一様にうなずく。第四魔王が叫ぶ。

「奴らの狙いは〝扉〟だ、マスター!!」

 その声を合図にしたかのように、四体が一気に俺のもとへ殺到する。魔力の流れが全く掴めず、躊躇した一瞬の隙を突かれて四方を囲まれてしまった。
 心の奥底から、これまで感じたことのない恐怖が沸き上がってくる。得体のしれない無機質な瞳が俺の心を見透かすかのようだった。

「アーガイル!」

 地面を蹴る第四魔王の顕現した身体が見えない刃で切り刻まれる。三つ顔がやったのだ。
 力を全て解放して三つ顔どもを吹き飛ばそうと意識を集中した刹那、地鳴りと共に大地が大きく揺らいだ。バランスを崩す間もなく、三つ顔たちが砂のようにその場に崩れ落ちる。
 訳も分からないまま危機が去った。遠くの森の上空を無数の飛行生物たちが飛び立っていくのが見える。

〈三つ顔が一匹、逃げたぞ。全員警戒しろ〉

 魔王が手渡してくれた伝達の指輪を通して、彼女の声が届いた。
 一体、何が起きている・……?
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