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第十章 仮面のキス

第五話 銀の鋏

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蘭からの返信は一通だけで止まってしまった。

そのことに梨恵は不安を感じる。

「鈴宮先輩――いちごちゃんと仲直りしてくれるかな?」

しかし、菊花は難しい顔で考え込んだ。

「そうなってくれることを――願うしかないけど。」

蘭の最後の返信から十分は待っただろうか。今、一〇五号室に紅子の姿はない。スマートフォンを持つ菊花の左右から、梨恵と一冴の二人が画面を覗き込んでいる。

一冴は軽く溜息をつき、顔を離す。

「とりあえず、やるべきことを今はやるしかない。」

一〇五号室の中央には新聞紙が敷かれていた。いつもそこにあるテーブルは横にのけられている。一冴のスマートフォンはテーブルの上だ。そこへ一冴は近づき、しゃがみこんで語りかけた。

「紅子ちゃん――朝美先生は?」

紅子の声が返ってくる。

「食堂でくつろいでる。こっちに来る様子はないと思う。」

「ありがとう。」

先日の夜の話し合いでは、朝美を見張る役割が紅子に割り当てられたのだ。

一冴は覚悟を決め、梨恵に顔を向ける。

「じゃあ――梨恵ちゃん、お願いできる?」

うん、と梨恵はうなづいた。

一冴は服を脱ぎ始める。

ショーツ以外、裸になった。

梨恵は軽く目を見開く。少しの間だけ顔を動かさなかった。

今さらながら、本当に男子だったのだと実感したのだ。平らな胸。直線の胴。不自然な膨らみは股間にはない。少女の下半身に少年の上半身がある。

視線に気づかれる前に顔を逸らした。
 
新聞紙の上に一冴は坐る。

銀のはさみへと梨恵は手を伸ばす。

「じゃあ、本当に切るけど――ええん?」

「うん――もう決めたことだから。」

「――そう。」

梨恵は鋏を握りしめる。

黒い髮へと、銀の鋏を入れた。

切り始める。少し切るごとに、ぱらぱらと黒い物が落ちる。一冴の髪が、梨恵の手で変わっていった。

刃から零れる髪を梨恵は目で追う。

鋏を持つ手が震えた。

自分は――取り返しのつかないことをしているような気がする。

だが、何が取り返しのつかないことなのだろう――梨恵が髪を切ろうが切るまいが、蘭は失恋するのに。

そして、少なからず傷ついている自分を見つけた。

一冴を女子らしく彩る使命が自分にはある。一方、言いようのない不愉快感を覚え、手先が鈍っていた。

それは、その先にある一つの破局を見たからかもしれない。

すなわち、一冴が自分のものではなくなってしまう破局だ。
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