107 / 133
第九章 恋に先立つ失恋
第九話 寮を出る二人。
しおりを挟む
友人たちから取り残されるのを紅子は感じていた。
放課後――文藝部室には、菊花と蘭を除く全ての部員がいた。彼らと同じように、紅子は机に向かっている。
部誌は完成に近づいていた。今は、実際に掲載するレイアウトで原稿を印刷し、それを読んで誤字脱字の最終チェックを行なっている段階だ。
途中、気になって紅子はつぶやく。
「蘭先輩――今日も来ませんね。」
「うーん。」早月はうなる。「いくら生徒会の仕事が忙しくても、火曜と金曜日には必ず顔を出してたんだけどね。とりあえず、今はゲラだけ渡して、校正は寮でやってもらってるよ。」
「そう――ですか。」
れんげが不安そうに顔を上げる。
「来てない――って言えば菊花ちゃんも来てないね。」
「うん。」部長として真剣な表情を早月は見せる。「放課後は用事があるとかで――こっちもゲラだけ渡してるんだけど。」
「紅子ちゃん寮で同じ部屋なんでしょ? 何で来ないか知らないの?」
「いや――分かんないです。」
「――いちごちゃんは?」
一冴は赤ペンを止める。
「いえ――知りません。」
その言葉が紅子は気にかかった。
先日から一冴は元気がない。その原因が菊花や蘭にあることは何となく分かる。だが、それだけだ。一冴も菊花も紅子には何も話してくれない――菊花に話を聴いた梨恵でさえも。
友人であっても、打ち明けられないことはある。
しかし、まるで仲間外れにされているようだ。自分が知らないところで何かが起こっている。同志である一冴のために何かをしたいと思っても――何もできない。
やがて十七時となった。紅子は一冴と下校する。
鎮守の杜を進んでいる間も、口数は少なかった。一冴の顔は暗い。その向こうに、どんな感情が秘められているか紅子は知らない。
寮へと着き、昇降口へ這入った。
蘭と顔を合わせたのはそのときだ。
その右手には、大きな車輪つき鞄を持っていた。一冴は顔をそむけ、ひと足先に下足場へ向かう。一方、紅子は立ち止まった。
「蘭先輩――どっかお出かけですか?」
蘭は暗い笑みを浮かべる。
「えゝ――実は、来週まで退寮しようと思ひまして。」
「――退寮?」
「はい。実家へ少し帰って来いと父から言はれてをりますの。先日も申し上げましたが、実は転校を勧められてをりまして――その相談のために、じっくりと家で話し合はうといふことになりました。当番の方には、迷惑をかけてしまふことは承知なのですが。」
「そう――ですか。」
「さういふわけで――学校へは明日から実家から通はうと思ひます。当番のことについては、朝美先生とももう相談済みです。しばらくのあひだ、お暇をいたゞきます。」
「――はあ。」
それでは――と軽く一礼し、蘭は寮から出ていった。
下駄箱の前では、何やら思い詰めた顔で一冴が彳んでいる。
恐る恐る、紅子は声をかけた。
「蘭先輩――退寮するって。」
「うん。」
そこから先は、言葉が続かなかった。
沈黙したまま、それぞれの部屋へ帰ってゆく。
一〇八号室のドアを開けたときのことだ。――
部屋から出て行こうとする菊花と顔を合わせた。背中には仏壇を縛りつけ、大きな鞄を持っている。思わず紅子は固まった。
「た、同志菊花――うばすて山みたいな格好して、何だ?」
菊花は涙ぐんだ声を上げる。
「いや、ちょっと寮から出て行こうと思って。」
蘭が出ていくと知ったあとだけあり、驚愕した。
「な、な、なぜだ?」
菊花の目に、じわりと涙がにじむ。
「だって、私、いちごちゃんに会わせる顔なんかもうないんだもん――。どうせ、親にわがまま言って入寮したんだし、それだったらもうご先祖様と一緒に出ていった方がいいじゃん。」
そうして、紅子を押しのけて菊花は部屋から出ようとする。
仏壇につかみかかり、菊花を引きとめた。
「ま、ま、待て! 早まるな! とりあえず話を聴かせてくれ! ご先祖様だけ帰して菊花は残ってくれぇっ!」
放課後――文藝部室には、菊花と蘭を除く全ての部員がいた。彼らと同じように、紅子は机に向かっている。
部誌は完成に近づいていた。今は、実際に掲載するレイアウトで原稿を印刷し、それを読んで誤字脱字の最終チェックを行なっている段階だ。
途中、気になって紅子はつぶやく。
「蘭先輩――今日も来ませんね。」
「うーん。」早月はうなる。「いくら生徒会の仕事が忙しくても、火曜と金曜日には必ず顔を出してたんだけどね。とりあえず、今はゲラだけ渡して、校正は寮でやってもらってるよ。」
「そう――ですか。」
れんげが不安そうに顔を上げる。
「来てない――って言えば菊花ちゃんも来てないね。」
「うん。」部長として真剣な表情を早月は見せる。「放課後は用事があるとかで――こっちもゲラだけ渡してるんだけど。」
「紅子ちゃん寮で同じ部屋なんでしょ? 何で来ないか知らないの?」
「いや――分かんないです。」
「――いちごちゃんは?」
一冴は赤ペンを止める。
「いえ――知りません。」
その言葉が紅子は気にかかった。
先日から一冴は元気がない。その原因が菊花や蘭にあることは何となく分かる。だが、それだけだ。一冴も菊花も紅子には何も話してくれない――菊花に話を聴いた梨恵でさえも。
友人であっても、打ち明けられないことはある。
しかし、まるで仲間外れにされているようだ。自分が知らないところで何かが起こっている。同志である一冴のために何かをしたいと思っても――何もできない。
やがて十七時となった。紅子は一冴と下校する。
鎮守の杜を進んでいる間も、口数は少なかった。一冴の顔は暗い。その向こうに、どんな感情が秘められているか紅子は知らない。
寮へと着き、昇降口へ這入った。
蘭と顔を合わせたのはそのときだ。
その右手には、大きな車輪つき鞄を持っていた。一冴は顔をそむけ、ひと足先に下足場へ向かう。一方、紅子は立ち止まった。
「蘭先輩――どっかお出かけですか?」
蘭は暗い笑みを浮かべる。
「えゝ――実は、来週まで退寮しようと思ひまして。」
「――退寮?」
「はい。実家へ少し帰って来いと父から言はれてをりますの。先日も申し上げましたが、実は転校を勧められてをりまして――その相談のために、じっくりと家で話し合はうといふことになりました。当番の方には、迷惑をかけてしまふことは承知なのですが。」
「そう――ですか。」
「さういふわけで――学校へは明日から実家から通はうと思ひます。当番のことについては、朝美先生とももう相談済みです。しばらくのあひだ、お暇をいたゞきます。」
「――はあ。」
それでは――と軽く一礼し、蘭は寮から出ていった。
下駄箱の前では、何やら思い詰めた顔で一冴が彳んでいる。
恐る恐る、紅子は声をかけた。
「蘭先輩――退寮するって。」
「うん。」
そこから先は、言葉が続かなかった。
沈黙したまま、それぞれの部屋へ帰ってゆく。
一〇八号室のドアを開けたときのことだ。――
部屋から出て行こうとする菊花と顔を合わせた。背中には仏壇を縛りつけ、大きな鞄を持っている。思わず紅子は固まった。
「た、同志菊花――うばすて山みたいな格好して、何だ?」
菊花は涙ぐんだ声を上げる。
「いや、ちょっと寮から出て行こうと思って。」
蘭が出ていくと知ったあとだけあり、驚愕した。
「な、な、なぜだ?」
菊花の目に、じわりと涙がにじむ。
「だって、私、いちごちゃんに会わせる顔なんかもうないんだもん――。どうせ、親にわがまま言って入寮したんだし、それだったらもうご先祖様と一緒に出ていった方がいいじゃん。」
そうして、紅子を押しのけて菊花は部屋から出ようとする。
仏壇につかみかかり、菊花を引きとめた。
「ま、ま、待て! 早まるな! とりあえず話を聴かせてくれ! ご先祖様だけ帰して菊花は残ってくれぇっ!」
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから
すだもみぢ
恋愛
伯爵のトーマスは「貴族なのだから」が口癖の夫。
伯爵家に嫁いできた、子爵家の娘のローデリアは結婚してから彼から貴族の心得なるものをみっちりと教わった。
「貴族の妻として夫を支えて、家のために働きなさい」
「貴族の妻として慎みある行動をとりなさい」
しかし俺は男だから何をしても許されると、彼自身は趣味に明け暮れ、いつしか滅多に帰ってこなくなる。
微笑んで、全てを受け入れて従ってきたローデリア。
ある日帰ってきた夫に、貞淑な妻はいつもの笑顔で切りだした。
「貴族ですから離婚しましょう。貴族ですから受け入れますよね?」
彼の望み通りに動いているはずの妻の無意識で無邪気な逆襲が始まる。
※意図的なスカッはありません。あくまでも本人は無意識でやってます。
私を追い出すのはいいですけど、この家の薬作ったの全部私ですよ?
火野村志紀
恋愛
【現在書籍板1~3巻発売中】
貧乏男爵家の娘に生まれたレイフェルは、自作の薬を売ることでどうにか家計を支えていた。
妹を溺愛してばかりの両親と、我慢や勉強が嫌いな妹のために苦労を重ねていた彼女にも春かやって来る。
薬師としての腕を認められ、レオル伯アーロンの婚約者になったのだ。
アーロンのため、幸せな将来のため彼が経営する薬屋の仕事を毎日頑張っていたレイフェルだったが、「仕事ばかりの冷たい女」と屋敷の使用人からは冷遇されていた。
さらにアーロンからも一方的に婚約破棄を言い渡され、なんと妹が新しい婚約者になった。
実家からも逃げ出し、孤独の身となったレイフェルだったが……
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる