上 下
106 / 133
第九章 恋に先立つ失恋

第八話 聞くともなし(菊・友・梨)

しおりを挟む
翌日の朝食の時間、一冴は独りで食事を摂っていた。

梨恵は、それを遠巻きに眺めている。

学年ごとに分かれている以外、食事の時の席は特に決まっていない。しかし、いつも一緒に食事を摂る仲間と、一冴は距離を取っているのだ。

何があったのかと昨日から何度も梨恵は尋ねた。それでも一冴は何も答えてくれない。ただ、強いショックを受けたらしいことは分かる。

不安そうに紅子が尋ねてきた。

「あの、私たち、避けられてないか?」

「うーん。」

ここまでショックを受けるようなこと――。

それは、一冴の秘密に関することではないか。もしそうならば、今は答えられないだろう――部屋には監視カメラがあるのだから。

菊花へ目をやると、居心地の悪そうな顔をしている。

食事を終えたらしく、一冴は席から立ち上がる。

それを目にして、梨恵は朝食をかき込んだ。

食事を終え、立ち上がる。

「うち、ちょっといちごちゃんと話してみるわ。」

二人は少し戸惑ったあと、うなづいた。

梨恵は急いで食堂を出る。

昇降口で一冴に追いついた。

「いちごちゃん!」

一冴は顔を上げる。

「あの、一緒に登校してええ?」

視線がそらされた。

「――うん。」

二人で寮を出る。

桜の木のトンネルに這入ったとき、小さな声で梨恵は尋ねる。

「何があったか、話してくれん? ここなら監視カメラもないで?」

一冴はちらりと目を向け、そして、うつむいた。

「――分かった。」

先日のことについて一冴は語りだす。

菊花が行なったことについて、梨恵は驚いた。同時に、菊花のことが信じられなくなる。

教室へ着いたあとも、そのことは頭から離れなかった。

だが、いささか疑問も感じる。

菊花は本当に話したのであろうか――と。

確かに、一冴に対して菊花は意地の悪いところがある。それでも、一冴が男だと話せばどうなるか分からないはずがない。加えて、先日のショックで一冴は少し視野がせまくなっているように感じられた。

ともかくも――事実を確認しなければならない。

その日の昼休憩――教室に一冴はいなかった。どうやら学食へ行ったらしい。教室で食事を摂っていたのは、いつもの三人だ。

食事の最中、梨恵は菊花に声をかけた。

「菊花ちゃん――ちょっと二人でお話ししたいことがあるけえ、あとでええ?」

菊花は何かを察し、申し訳なさそうな顔となる。

「――うん。」

食事を終え、梨恵は菊花と教室を出た。その際、残された紅子は、心配そうな、それでいて寂しそうな視線で二人を送った。そのことに、いささか梨恵は罪悪感を覚える。

ひとけのない中庭へと移動する。

樹々に囲われたベンチに坐った。

菊花は尋ねる。

「それで――話って?」

「いや、一冴君のこと。鈴宮先輩に話したって本当?」

いちごちゃんという言葉を、あえて梨恵は避けた。何の話か一言で伝えたいという思いがあり、同時に、自分のほうが一冴と親しいことと示したいという妙な意地があったのだ。

菊花は顔をうつむける。

しばらく経ち、震える声で菊花は言う。

「話してないよ――本当は。――話すわけないじゃん。」

「じゃあ――何で?」

菊花は黙り込む。

「話しとらんなら、いちごちゃんに説明すべきでないの?」

なかなか答えようとしない菊花を前に、梨恵は少し苛立つ。

「本当は話したいの。」

菊花は手を顔に当てた。

「――話せないの。私がバラしたも同然だから。」

「――どういうこと?」

菊花は少し黙ったあと、ゆっくり口を開く。

「誰にも言わないで――」

それから、白山神社にろうそくを立てていたことを菊花は語った。話している途中から、菊花の声は潤んだ。その言葉も、途切れ途切れに嗚咽が入って聞き取りづらくなる。

何かの感情が湧き上がるのを梨恵は感じた。

自分と菊花の中には、同じ何かがある。

――何が?

目元の涙を菊花はぬぐう。

「だから――言わないでほしいの、このことも。私はまだ一冴に何も知られたくないから。本当は、蘭先輩に何も言ってないって言いたいの。けれども――これだって結局は私が原因だから。だから――どうしても一冴に申し訳なくて。」

菊花の背中を、梨恵はそっとなでる。

「そっか。」

同時に、何をすべきかためらった。

自分の中に湧き上がるこの感情に、どう対応すべきか梨恵自身も分からなくなっていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

タイは若いうちに行け

フロイライン
BL
修学旅行でタイを訪れた高校生の酒井翔太は、信じられないような災難に巻き込まれ、絶望の淵に叩き落とされる…

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。

のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。 俺は先輩に恋人を寝取られた。 ラブラブな二人。 小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。 そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。 前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。 前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。 その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。 春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。 俺は彼女のことが好きになる。 しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。 つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。 今世ではこのようなことは繰り返したくない。 今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。 既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。 しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。 俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。 一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。 その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。 俺の新しい人生が始まろうとしている。 この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。 「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。

処理中です...