99 / 133
第九章 恋に先立つ失恋
第一話 青一点
しおりを挟む
六月十五日・日曜日の昼のことである。
高台を下った処にある喫茶店で、梨恵と一冴は昼食を摂っていた。
窓辺の席で食事を摂る二人の姿は少女同士にしか見えない。しかし、お互いが違う性であることを二人だけが知っている。
周囲に聞こえないよう、男の声を一冴はだす。
「それにしても疲れてきた――人前じゃずっと裏声出してるし、部屋にだって監視カメラはあるし、バレてない演技しなきゃならないし。」
「ほんになー。」
梨恵は苦笑する。
「そんにしても、理事長先生も酔狂なことしんさるな――いくら似合っとっても、女子校に入れるなんて普通せんだら? 部屋だって、ほんとは菊花ちゃんとなるはずだったにぃ。」
「うん。」
申しわけなさそうに、一冴は目を伏せる。
「ねえ――やっぱり、いいの?」
「――何がぇ?」
「いや――男が同じ部屋にいるって。更衣室やトイレも同じだし――。俺はみんなを騙してるわけじゃん。菊花も最初は気持ち悪がってた。」
「うーん。」
梨恵は考え込んだ。
正直、納得しきれない部分はある。挙句、女子寮にまぎれ込んだこの男のせいで、「気づいていない」演技を梨恵もしなければならなくなった。
「けど――ぶっちゃけ、今さらっていうか――」
一冴へ視線を向ける。
梨恵が教えたサイドテイルの髪――。緋色のリボンも白い花の髪留めも梨恵が買った物だ。言われなければ分からないという程度ではあるが、その顔には確かに少年らしさがある。おまけに今は男の声を出している。それなのに、外見は完全に少女なのだ。
「なんか、もう、完全に女の子って感じだにぃ。」
「ええ、ああ、そう。」
一冴は少し肩を落とす。
「――男として全く見られてないってのもな。」
「まあ、ええが。それだけ似合っとるってことだが。」
「うん。」
落胆しなくてもいいのに――と梨恵は思う。
一目見たときから可愛い子だと思っていた。フリルのついたカットソーや、オフショルや、ブラウスを着せても似合う。髪型をいじるとさらに可愛らしくなる。それこそ――梨恵が羨ましくなるほどに。しかし、そんな少女の格好の向こうに「彼」はいる。
少女しかいない空間に――ただ独りまぎれ込んでいる。
この秘密を知るのは、菊花を除けば梨恵しかいない。
高台を下った処にある喫茶店で、梨恵と一冴は昼食を摂っていた。
窓辺の席で食事を摂る二人の姿は少女同士にしか見えない。しかし、お互いが違う性であることを二人だけが知っている。
周囲に聞こえないよう、男の声を一冴はだす。
「それにしても疲れてきた――人前じゃずっと裏声出してるし、部屋にだって監視カメラはあるし、バレてない演技しなきゃならないし。」
「ほんになー。」
梨恵は苦笑する。
「そんにしても、理事長先生も酔狂なことしんさるな――いくら似合っとっても、女子校に入れるなんて普通せんだら? 部屋だって、ほんとは菊花ちゃんとなるはずだったにぃ。」
「うん。」
申しわけなさそうに、一冴は目を伏せる。
「ねえ――やっぱり、いいの?」
「――何がぇ?」
「いや――男が同じ部屋にいるって。更衣室やトイレも同じだし――。俺はみんなを騙してるわけじゃん。菊花も最初は気持ち悪がってた。」
「うーん。」
梨恵は考え込んだ。
正直、納得しきれない部分はある。挙句、女子寮にまぎれ込んだこの男のせいで、「気づいていない」演技を梨恵もしなければならなくなった。
「けど――ぶっちゃけ、今さらっていうか――」
一冴へ視線を向ける。
梨恵が教えたサイドテイルの髪――。緋色のリボンも白い花の髪留めも梨恵が買った物だ。言われなければ分からないという程度ではあるが、その顔には確かに少年らしさがある。おまけに今は男の声を出している。それなのに、外見は完全に少女なのだ。
「なんか、もう、完全に女の子って感じだにぃ。」
「ええ、ああ、そう。」
一冴は少し肩を落とす。
「――男として全く見られてないってのもな。」
「まあ、ええが。それだけ似合っとるってことだが。」
「うん。」
落胆しなくてもいいのに――と梨恵は思う。
一目見たときから可愛い子だと思っていた。フリルのついたカットソーや、オフショルや、ブラウスを着せても似合う。髪型をいじるとさらに可愛らしくなる。それこそ――梨恵が羨ましくなるほどに。しかし、そんな少女の格好の向こうに「彼」はいる。
少女しかいない空間に――ただ独りまぎれ込んでいる。
この秘密を知るのは、菊花を除けば梨恵しかいない。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる