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第四章 いちごちゃんは告りたい!

第五話 頭のネジが外れてしまった

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菊花に対して、蘭は完全にのぼせ上がっていた。

菊花は蘭が百二十四人目に好きになった女性であり、十一番目に本気で恋をした相手でもある。

しかも、今までにないほど激しい恋だ。

やや尖った目と、さらさらの黒い髮に蘭は惹かれる。加えて、明るい性格なのがいい。少女らしさの中に、闊達な子供らしさがある。菊花は、まさに蘭の好みを具現しような少女なのだ。

それが同じ中学校だったのは迂闊だった。中学生のころ、蘭は別の少女と交際していたのだ。それゆえ、菊花のことが目に入らなかった。

――だから。

好きだと言う前から、菊花のことは調べ上げていた。菊花が借りた本、食堂で頼んだもの、休日の過ごし方、人間関係、誕生日や血液型や嗜好――。そうして、近づく機会を窺っていたのだ。

しかも「いちご」の言うところによれば、菊花はツンデレだという。

――どうりで避けられてゐたわけです。

菊花のことが、ますますいじらしく感じられた。

昼食を摂り終え、菊花を探して校舎を歩き始める。

恐らく図書室にいるのではないか。

菊花がいま借りているのは『暗号ミステリ傑作選 第2巻』だ。第1巻は十四日に借り、十八日に返した。四日で読み終えたなら、そろそろ第2巻も読み終えた頃だ。

図書室へ向かう。

予想どおり菊花はそこにいた。『暗号ミステリ傑作選』シリーズの前でたたずんでいる。恐らく、第3巻を探しているのだ――蘭が借りているとも知らず。

昼食のとき話題にするつもりで、『暗号ミステリ傑作選 第3巻』はポケットに忍ばせていた。

表紙が見えるように胸の前で本を持つ。

菊花に近づき、声をかけた。

「菊花ちゃん、どのやうなご本をお探しでせうか?」

蘭へ顔を向け、菊花は身を退く。

「え――あの。」

「もしかして探偵小説ですか? お昼のときも、お好きだと仰ってをられましたが。」

「あ――えっと。」

蘭の持つ本へ菊花は目をやる。それが何なのか気づき、やや物欲しそうな顔をした。

だが、すぐに顔を背け、図書室から逃げだす。

――少しタイミングが早すぎましたか知ら。

そう思い、菊花を探して再び歩き出した。

しばらくのあいだ校舎をさまよう。

今度は教室へ行ったかもしれない。

しかし一年の教室へは這入り辛い。

なので、教室棟の向かい側にある実習棟へ向かった。

実習棟へ這入り、廊下を進み、教室棟を眺める。

桜組の教室に菊花はいた。いつものメンバーと合流し、何かを話している。

遠くにある菊花の姿にうっとりとした。

やはり菊花は美しい。瑞々しくて白い肌と――黒い髮。切れ長の目には、黒曜石のような瞳がある。

しかし蘭は気づいていなかった――このストーキングに気づいている者が三名いると。

このとき、実習棟にいる蘭の姿を渡り廊下から偶然にも彩芽は見た。視線の先には桜組の教室がある。そこに菊花がいることは何となく推察がついた。

――何やってんだか、一体。

无妄むもうにしてゆけばわざわいありと占いで出たではないか。

そんな蘭を気にかけ、実習棟へ向かう。

実習棟へ這入り、ひとけのない廊下を進む。

蘭に近づいたときだ。

ゆるやかに波打った深い栗色の髪から、ごとりと何かが落ちた。

銀色の光を引きながら、親指ほどの大きさの何かが床を転がる。

彩芽はそれを拾う。

ボルトであった。

ボルトと蘭を見比べ、そして声をかける。

「蘭。」

蘭は身体を震わせ、振り返った。

「わあ、びっくりした!」

「こんな処で何してるの?」

「いえ、まあ、ちょっと。」

「昼休みは短いんだから、有意義に使わなきゃ。」

「えゝ、さうですね。」

そうして、蘭はその場から去ろうとする。

「ああ、あと、これ――」

言って、彩芽は手元に目をやる。

先ほどまであったボルトが煙のように消えていた。

蘭は不思議そうな顔をする。

「ん――何ですの?」

彩芽は少し考え、何でもない、と言う。

――いつものやつか。

そうして二人は実習棟から去る。

しかし彩芽は気にかかっていた。

先ほど見たあれは、確かに螺子ねじのように見えたのだ。

――ひょっとして、頭の?
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