42 / 133
第四章 いちごちゃんは告りたい!
第一話 梨恵ちゃんは「かわいい」に詳しい
しおりを挟む
鎮守の杜の石畳を踏み、白い上着と深緑のスカートをまとった少女たちが学園へ向かう。
セーラー服は衿まで白い。ネクタイは浅葱。――純白の花弁を五つに裂いて拡がり、青い茎からうなだれた百合を思わせる。その中に、男子生徒がいると誰が思おうか。
四月二十二日――火曜日。
授業が始まる前の休憩時間――教室の机にひじを突き、一冴は溜息をついた。
一年桜組、上原いちご。それが今の自分だ。男子がいない――自分でさえも女装している――この環境も日常になりつつある。
頭の中には、先日の出来事があった。
蘭について知るたびにショックを受ける。
――貴女が好きです。
この気持ちを秘めたまま既に三年近く経つ。
――いつまで秘めてるんだろう。
ふっと、梨恵から声をかけられた。
「どしたん、いちごちゃん? 元気ないな。」
「うーん。まあ。」
アニメや漫画では、窓辺の後方の席に主人公は坐ると決まっている。席替えがあったのは先週のことだ。籤引きの結果、一冴はそこに坐ることとなり、梨恵は前に来た。
梨恵は何かに気づいた顔となる。
「ひょっとして、恋の悩み?」
「えーっと、まあ、うん。」
梨恵は身を乗り出す。
「どんな人なん?」
どう答えたら好いのか迷う。まさか蘭だとは言えない。しかも、女子のコイバナは「どうだっていいでしょ」では済まないと菊花は言っていた。本当かは分からないが、とりあえず、ぼかして言うことにする。
「えーっと、中学校の頃の――先輩なんだけどね。あの、好きな人がいるんだって。まあ、その人が好きな女の子は、その人のことを好きじゃないんだけどさ。」
「つまり、いちごちゃんは片思いの彼に片思いなだな。」
「そういうこと。」
無論――「彼」ではないのだが。
「けど、彼も片思いだら? てことは、まだチャンスあるがん。」
「まあ、そうだけど。」
「ちなみに、どんな人が好きとか分かるん?」
「うーん。――女の子が好きみたい。」
梨恵はきょとんとする。
「まあ、そりゃ、ゲイでもない限りはね。」
一瞬、詰まった。
まさかレズビアンであるとは言えない。
「あ、いや――そうじゃなくって、女の子らしい女の子が好きなんだって。さらさらの黒い髮が特に好きみたいなんだけど――。けど、私、あんま女の子らしくないっていうか。」
らしくないどころか、「男」なのだ。
「ほんに? うちは、いちごちゃん可愛えって思うだけど。」
少しうれしくなる。
「本当?」
「うん。そんな気になるならな、もっと笑ってみりゃええだが?」
「笑う?」
「そうそう。」
梨恵は手鏡を取りだす。硝子板の中に「いちご」の顔が写った。
鏡に映る自分は光が作った虚像、同時に自分自身でもあるのだ。
「まずな――『イ』って言う時の口をしてみなぃ。」
言われるがまま、「イ」の発音の口をする。
鏡の中の顔はこわばっている。
「次な、『ウ』って言う時の口してみなぃ。」
何をしたいのかよく分からなかったが――とりあえず従った。
それから、唇の上下をふくらませたり、左右のほほをふくらませたりした。
「で、笑ってみなぃ。」
言われるがまま笑う。
自然な笑みができた。
「ほら! 可愛くなったが!」
可愛いと言われ、さらに口元はほころぶ。確かに笑った方がいい。鏡の中の少女は、ほほえんだときの方が心惹かれる。
そっか――と一冴は言った。
「ありがと、梨恵ちゃん!」
「どういたしまして。うち、『かわいい』について詳しいつもりだけえ。何かあったらまた相談してな。」
セーラー服は衿まで白い。ネクタイは浅葱。――純白の花弁を五つに裂いて拡がり、青い茎からうなだれた百合を思わせる。その中に、男子生徒がいると誰が思おうか。
四月二十二日――火曜日。
授業が始まる前の休憩時間――教室の机にひじを突き、一冴は溜息をついた。
一年桜組、上原いちご。それが今の自分だ。男子がいない――自分でさえも女装している――この環境も日常になりつつある。
頭の中には、先日の出来事があった。
蘭について知るたびにショックを受ける。
――貴女が好きです。
この気持ちを秘めたまま既に三年近く経つ。
――いつまで秘めてるんだろう。
ふっと、梨恵から声をかけられた。
「どしたん、いちごちゃん? 元気ないな。」
「うーん。まあ。」
アニメや漫画では、窓辺の後方の席に主人公は坐ると決まっている。席替えがあったのは先週のことだ。籤引きの結果、一冴はそこに坐ることとなり、梨恵は前に来た。
梨恵は何かに気づいた顔となる。
「ひょっとして、恋の悩み?」
「えーっと、まあ、うん。」
梨恵は身を乗り出す。
「どんな人なん?」
どう答えたら好いのか迷う。まさか蘭だとは言えない。しかも、女子のコイバナは「どうだっていいでしょ」では済まないと菊花は言っていた。本当かは分からないが、とりあえず、ぼかして言うことにする。
「えーっと、中学校の頃の――先輩なんだけどね。あの、好きな人がいるんだって。まあ、その人が好きな女の子は、その人のことを好きじゃないんだけどさ。」
「つまり、いちごちゃんは片思いの彼に片思いなだな。」
「そういうこと。」
無論――「彼」ではないのだが。
「けど、彼も片思いだら? てことは、まだチャンスあるがん。」
「まあ、そうだけど。」
「ちなみに、どんな人が好きとか分かるん?」
「うーん。――女の子が好きみたい。」
梨恵はきょとんとする。
「まあ、そりゃ、ゲイでもない限りはね。」
一瞬、詰まった。
まさかレズビアンであるとは言えない。
「あ、いや――そうじゃなくって、女の子らしい女の子が好きなんだって。さらさらの黒い髮が特に好きみたいなんだけど――。けど、私、あんま女の子らしくないっていうか。」
らしくないどころか、「男」なのだ。
「ほんに? うちは、いちごちゃん可愛えって思うだけど。」
少しうれしくなる。
「本当?」
「うん。そんな気になるならな、もっと笑ってみりゃええだが?」
「笑う?」
「そうそう。」
梨恵は手鏡を取りだす。硝子板の中に「いちご」の顔が写った。
鏡に映る自分は光が作った虚像、同時に自分自身でもあるのだ。
「まずな――『イ』って言う時の口をしてみなぃ。」
言われるがまま、「イ」の発音の口をする。
鏡の中の顔はこわばっている。
「次な、『ウ』って言う時の口してみなぃ。」
何をしたいのかよく分からなかったが――とりあえず従った。
それから、唇の上下をふくらませたり、左右のほほをふくらませたりした。
「で、笑ってみなぃ。」
言われるがまま笑う。
自然な笑みができた。
「ほら! 可愛くなったが!」
可愛いと言われ、さらに口元はほころぶ。確かに笑った方がいい。鏡の中の少女は、ほほえんだときの方が心惹かれる。
そっか――と一冴は言った。
「ありがと、梨恵ちゃん!」
「どういたしまして。うち、『かわいい』について詳しいつもりだけえ。何かあったらまた相談してな。」
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
初恋の幼馴染の女の子の恰好をさせられメス調教もされて「彼女」の代わりをさせられる男の娘シンガー
湊戸アサギリ
BL
またメス調教ものです。今回はエロ無しです。女装で押し倒されいますがエロはありません
女装させられ、女の代わりをさせられる屈辱路線です。メス調教ものは他にも書いていますのでよろしくお願いいたします
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
歩みだした男の娘
かきこき太郎
ライト文芸
男子大学生の君島海人は日々悩んでいた。変わりたい一心で上京してきたにもかかわらず、変わらない生活を送り続けていた。そんなある日、とある動画サイトで見た動画で彼の心に触れるものが生まれる。
それは、女装だった。男である自分が女性のふりをすることに変化ができるとかすかに希望を感じていた。
女装を続けある日、外出女装に出てみた深夜、一人の女子高生と出会う。彼女との出会いは運命なのか、まだわからないが彼女は女装をする人が大好物なのであった。
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる