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第三章 紅に深く染みにし心かも

第七話 偽物の乙女・本物の乙女

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翌日――火曜日の昼休みのことである。

参考になりそうな資料を図書室で一冴は探した。

何冊か本を借り、教室へ戻ろうとする。

渡り廊下へ差しかかったとき、想い人の姿を中庭に見つけた。

木陰のベンチに坐って蘭は本を読んでいる。蒼い芝生と樹々の中、時が止まったように動かない。足元には、ひとしずくの木漏れ日が落ちていた。

その姿に一冴はみとれる。

少しのあいだ眺めたかった。

ひとけのない実習棟のほうへ移動する。

木陰に身を隠し、蘭の姿をそっとうかがう。

蘭を中心とした一つの絵のような景色が目に映った。

同時に、劣等感を抱く。

髪を伸ばし、スカートを履いても、自分はがい物の少女でしかない。

――お前は女の出来損ないだ。

心の底から、そんな声が聞こえてくる。

――貴女が好きです。

三年に亘って秘めてきたこの想いを伝えたい。

だが、受け入れられるのか。受け入れられたとしても、その後はどうなるのだろう。性別を偽って、つきあったり、キスしたりするのか。

――それでバレないというのか。

唐突に尻を触られたのはそのときである。

「やっぱり男は小さな尻をしとるのう。」

「ひっ。」

振り向くと、麦彦が立っていた。

麦彦の隣には、黒づくめの青年も控えている。喪服のような背広、サングラス――秘書の山吹だ。

「これこれ、騒ぐでない。鈴宮蘭にバレてしまうぞい。」

言って、麦彦は再び一冴の尻を触る。

「うーん、小さいが、丸くて形のいい尻じゃ。」

「や――やめてくださいよ。」

「うん? バレてもええのかのう? ホモビデオのタイトルはもう決まっておるぞ? 『ウェディングドレスに憧れていた僕~二十人の汁男に連続中出し天国~』じゃ。」

そう言われれば反論はしづらい。

尻にまとわりつく不快な感触は放っておくこととした。

「な――何でこんな処にいるんですか?」

「いやあ、まあ、どうしておるかのうと思ってな。――どうじゃ、女子校でのオカマ生活は? 昨年の夏季誌は愉しんでもらえたかの?」

言われて、愕然とした。

「あれ、置いたの貴方だったんですか?」

「おう。更衣室の猿股もな。」

もはや何も言えなくなった。

「上原さん」と山吹は言う。「御前ごぜんに対して『貴方』は失礼かと存じます。ここでは理事長先生とお呼び下さい。」

一冴は黙りこんだ。

麦彦は尻から手を離す。

「ま、精々が頑張ることじゃの。お前の学園生活が愉快なものになるよう、儂も色々と考えておるのでな。愉しみにしておくがよかろう。」

言って、麦彦は立ち去ってゆく。

山吹は、慇懃に一礼してからそれに続いた。
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