上 下
34 / 133
第三章 紅に深く染みにし心かも

第六話 何のために入部したの?

しおりを挟む
放課後――文藝部室で一冴はプロットを考えていた。

テーブルの上で頭を悩ませる。

菊花は既に作り終えたようだ。一枚の原稿用紙にプロットをまとめ、早月から指導を受けている。

一冴は全く進んでいなかった。

千九百四十五年――ソヴィエト連邦の攻撃を受ける伯林ベルリン。戦火と欠乏の中、二人の少女が出会う。そして、惹かれつつもすれ違ってゆく。

だが、なぜ二人は出会うのか。なぜ惹かれ合い、すれ違うのか。それが戦争とどう絡んでゆくのか――全くイメージが湧かない。

加えて、当時の伯林ベルリンの様子も分からない。

その時代の資料を図書室で探したが、見つからなかった。ネットで検索をかけても、イメージは膨らまない。我ながら、舞台を第二次世界大戦末期の伯林ベルリンにする意味も分からなくなってくる。

参考になるかと思い、蘭が書いたものを読み返し始めた。

そして、違いを思い知らされる。

――この想ひが琴子を傷つけることなどリヽアンには分かつてゐました。

――何しろ、琴子の全てを受け入れるといふことは、琴子が自分を愛することができないことも受け入れることなのです。

登場する少女たちの繊細な感情。年頃の少女が何を考え、何を感じるのかというリアル。すれ違ってゆくお互いの心。読んでいて愛おしく感じられる文章。繰り返し何度も胸が締めつけられる。

――何もかも自分にはない。

できれば――こういうものを書きたい。

しかし、届きそうになかった。

自分は女性ではない。女性を愛する女性の物語など書けるはずがないのではないか。

一冴は頭を抱えた。

「うーん。」

早月は心配そうな声を上げる。

「大丈夫なん、いちごちゃん?」

「いえ――やっぱり、上手く思いつけなくて――」

「そりゃ、机の上で悩んでばかりでも駄目だよ。もっと、自分が愉しくなるものに触れなきゃ――。そうでなきゃ、自分が何を表現したいのか、どういったものが好きなのかも分かんなくなってくる。」

「――ええ。」

「とりあえず、いちごちゃんが表現したいものって何なの?」

一冴は黙りこむ。

そして、部誌へと目を落とした。

「蘭先輩が書いたような――繊細で優しい話を書きたいです。けれども、蘭先輩にあるような発想が自分にはないっていうか。こんなふうな感性がないっていうか。そう考えると、落ち込んできます。」

「蘭の文章力は別格だよ。」早月は苦笑する。「他人と比べて自分が劣ってるって考えても仕方ない。」

「そう――ですか?」

「うん。他人の良さが自分になくとも、自分の良さを出せばいいんだよ。とりあえず、いちごちゃんの好きなものは何なのかな? 書きたいものがあって入部したんじゃないの?」

一冴は詰まる。

蘭と同じものを書きたい。

だが、自分と蘭とでは感性が違う。自分が好きなものは、妙にオタクっぽかったり、男っぽかったりする。浮かんでくるイメージも瓦礫の街ばかりだ。そこに戦火が散る。戦車が這う。だが――これでは、書きたいものとかけ離れている。何より、女子らしくない。

「何もない――っていうか。」

「――何もない?」

そして、失言に気づく。

「え――ええ。」

落ち込んで顔を落とす。考えれば考えるほど暗くなる。

自分が語ることができるものを、教室にいる少女たちは何も知らないに違いない――戦闘機の武装も、戦車の種類も、機関銃の名前も。それは、自分が男であることの――蘭が好きになる性別とは違うことの証ではないのか。

ほほづえを突いていたれんげが一冴を見る。

「いちごちゃん、何のために入部したの?」

その一言は深く刺さった。

――それは。

蘭に近づきたかったからだ。蘭と親しくなりたい。いや、蘭と同じようになりたいとさえ思っている。それなのに――外見は蘭と同じ性でも、あらゆる面で違うという事実に突き当たる。

黙り込んだ一冴を前に、れんげは少し慌てた。

「あ――まあ、答え辛いなら別にいいわよ。」

「――ええ。」

しかし、このままでは、放課後に紅茶を飲むために部室へ来ているのと変わりない。

「何ていうか――物語の舞台のこともよく分からないっていうか――」

早月が語りかける。

「誰か、詳しそうな人はいないの?」

――詳しそうな人。

ふっと、紅い星の髪かざりが頭にちらついた。

「心当たりは――ないことはないですけど。」

「そう。」早月はほほえむ。「とりあえず、最初は誰でも悩むもんだよ。夏季誌に間に合わなくとも、秋季誌に載せるっていう方法もあるからね。焦らないで。焦ったら――創作も愉しくなくなるから。」

はい――と言い、一冴はうつむいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

初恋の幼馴染の女の子の恰好をさせられメス調教もされて「彼女」の代わりをさせられる男の娘シンガー

湊戸アサギリ
BL
またメス調教ものです。今回はエロ無しです。女装で押し倒されいますがエロはありません 女装させられ、女の代わりをさせられる屈辱路線です。メス調教ものは他にも書いていますのでよろしくお願いいたします

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

歩みだした男の娘

かきこき太郎
ライト文芸
男子大学生の君島海人は日々悩んでいた。変わりたい一心で上京してきたにもかかわらず、変わらない生活を送り続けていた。そんなある日、とある動画サイトで見た動画で彼の心に触れるものが生まれる。 それは、女装だった。男である自分が女性のふりをすることに変化ができるとかすかに希望を感じていた。 女装を続けある日、外出女装に出てみた深夜、一人の女子高生と出会う。彼女との出会いは運命なのか、まだわからないが彼女は女装をする人が大好物なのであった。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

処理中です...