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第三章 紅に深く染みにし心かも

第四話 男の娘は体育が色々大変

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その日の一時間目は、入学して初めての体育だった。

身体測定のときと同じことが起こらないよう、一冴は菊花と打ち合わせをしている――早めに一冴が更衣室で着替え、出てゆくこととしたのだ。

朝学活が終わると、すぐに一冴は教室を出た。

更衣室へ這入る。

当然、まだ誰もいない。

クラスメイトが来る前に着替えをすませた。

更衣室から出て、校庭へ向かう。

途中で梨恵とすれ違った。

「あ――いちごちゃん、先に着替えとっただかあ。」

「え――うん。まあ。」

言葉を濁し、梨恵から逃げる。

――俺はここにいちゃいけない人間だ。

梨恵はそれを知らない。一冴のことも警戒していない。

――女子更衣室にいたら普通は逮捕されるのに。

校庭へ出る。

やがてクラスメイト達が集まり、授業が始まった。

教師に命じられ、校庭を一周する。

周囲の女子に合わせて走った。一冴は運動があまり好きではない。それでも体力は男女で違う。女子らしく見られるためには、本来の力を抑えなければならない。

問題は、その次のハードル走だ。

校庭の中央には、百メートルの白線が五つ引かれている。その途中にハードルが四つ置かれていた。

クラスメイトと共にスタートラインへ立つ。

そして体育教師が声をかけた。

「よーい――スタート!」

四人の生徒が一斉に走り出す。

最初は隣の女子に合わせて走った。しかしハードルを前にして、それを飛び越えることに意識が集中する。地面を蹴り、飛び越えた。地に足が着くと同時に、爽快感に包まれる。次のハードルが目に入った。駆け――跳ね――飛び越える。さらに次のハードルへ意識を集中させる。

ゴールに着いたとき、クラスで最も高い成績を一冴は弾き出していた。

背後から歓声が上がる。

「すげー。」

「マジか。」

「いちごちゃんすごーい。」

冷や汗が流れる。力を抑えるはずだったのに、思わず忘れていたのだ。

それに続く走り幅跳びでは、一冴はさらに優秀な記録を打ち出すこととなる。

授業が終わった後は、運動好きのクラスメイトたちが次々と話しかけてきた。

「上原さんって、中学のときはどこか運動部に入ってたの?」

「あ――いや――別に。」

「凄い運動能力だね? 陸上部入りなよ!」

「そういうのは――別に――好きじゃないから。」

「好きじゃないなら何であんな運動能力高いわけ?」

「さ――さあ。」

更衣室へと戻る。

制服を仕舞ってある棚に近づいたとき、床に落ちていたトランクスに目が留まった。

背筋が冷える。

クラスメイト達が騒ぎ始めた。

「何あれ?」

「トランクスじゃね?」

「男物の?」

「何で落ちてんの?」

――知るか。

とりあえず、菊花が帰って来る前に着替えなければならない。

授業前と同じく、体操着の上にセーラー服を羽織り、スカートを履いた。

着替えを終え、更衣室から出る。

同時に、菊花とすれ違った。

――やっぱり着替えは見られたくないんだろうな。

キャーキャーという声が更衣室から聞こえている。トランクスを見て騒いでいるのだ。女子更衣室に――いや女子校に落ちているはずがない物だから当然だ。

しかし、なぜ落ちていたのか。

二時間目の授業のあいだも、トランクスのことは気にかかっていた。

授業が終わり、手洗いへ向かう。

唐突に、スカートを背後からつまみ上げられた。

「ひゃっ!」

振り返ると、菊花が立っていた。

「な――何すんの、菊花ちゃん?」

「いや――なに履いてるのかなって思って。」

「そ――そんなもん、体操着に決まってるでしょ。」

「あっ、そう。」

そして、疑うような視線を菊花は向ける。

「あのトランクスって、あんたの?」

「ち、違うけど?」一冴は声をひそめる。「大体からして、男物の下着なんか持ってくるわけないじゃん。」

「じゃあ、あんなもんが更衣室に何で落ちてたの?」

「知るわけないでしょ。」

「まあ――そうか。」

しかし、一冴自身も疑問だった。

この学校に、トランクスを履いている人間などいない。

それでは――誰が。
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