神送りの夜

千石杏香

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第九章 小雪

5 異変の原因

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学校を出たあと、メッセージを送ることができた。

「大原さん大丈夫?」
「大事になっとらんでな?」

スマートフォンから目を離し、冬樹は空を見る。報道社のヘリコプターの音が木霊こだましていた。吐いた白い息が消えてゆく。すぐに返信が来るわけではない。スマートフォンをしまい、自転車に再びまたがった。右足の端を潰しつつペダルを踏み、中通りを走る。気だるい身体が寒さに震えた。

やがて平坂3区に差し掛かる。パトカーはもうない。しかし、報道関係者と思しき人影がちらほらと見えた。

家に着き、自転車を止める。

スマートフォンを確認すると、美邦からの返信が通知されていた。

「私は大丈夫」
「でも、築島先生が」

キーパッドを打つ。美邦とやり取りするようになり、スマートフォンでの入力にも慣れ始めていた。

「築島先生、やっぱり何かあったん?」

寒さに耐え切れず、家へ上がる。自室へ這入り、疲れからベッドに倒れ込んだ。スマートフォンを再び眺め、返信を確認する。具体的に築島に何があったのか、このとき冬樹は初めて知った。

――電柱から。

尋常ではない。美邦の家の前で首を吊っていたのだ。一人の大人の首を吊らせるほどの力がこの夜には潜んでいる。

メッセージが立て続けに入った。

「警察からは、詳しい事情を明日もまた聴くって言われたの」
「千秋ちゃんと私は児童相談所で」
「カウンセリングもするから、竹下さんが来てくれるって」
「だから学校には行けないけど、変なことが起きたわけじゃないから」

明後日まで美邦に会えないことを残念に思った。当然、残念がっている場合ではないのだが。これ以上、美邦に何も起きていないのがせめてもの救いだ。

「わかった。」
「どうか気をつけて。」

ポンと音がして、返信が表示された。

「藤村君こそ、体調は大丈夫なの?」

答えに詰まり、返信を躊躇う。体調そのものに大きな変化はない。だが、睾丸を取られた。そのショックは今も尾を引いている。しかし伝えられるはずもない。少し考え、次のように冬樹は返信する。

「気分は、まあ悪うなっとるに。」
「こればっかりは仕方ない。」

「そう」
「どうか気を付けてね」

「ああ。」

打ち終えたあと、要件を思い出す。このような事態になっていなければ、学校で会ったときに伝えようと思っていたことがあったのだ。

「そういや、煙草屋とバス停の件」
「昨日、母さんと祖母ちゃんに聞いたに。」
「鞘川んとこの煙草屋は、十年くらい前まで確かにあったらしい。」
「それと、平坂町の路線バスが廃止されたのは十三年前だ。」

美邦が見ていたものは確かに存在していた。

十三年前――と美邦は返信する。

「ああ、だいたいそのあたりに集中しとる。」

「じゃあ、私が見ていた『姉』はやっぱり寺田直美さんなのかな?」

「だとは思う。」

ただし、確定したとは言い難い。しかも、築島はもういないのだ――自分の力で寺田直美に行き着かなければならない。そのために考えたことを入力する。

「ほかの店が閉まった時や、鉄道事故の時も知らんといけん。」
「だけん、鉄道会社と商工会とにメールを送ってみる。」
「鉄道会社なら、事故がいつ起きたかは教えてくれると思う。もちろん、誰が亡くなったかまでは教えてくれんだらあけど。でも、そこから新聞記事を調べれば確定するはず。」

美邦から、「手数おかけします」と書かれた犬のイラストのスタンプが送られる。続けて、次のメッセージが届いた。

「寺田直美さんは、今も生きてるのかな?」

当然、冬樹も気にかかっていた。

寺田直美の行方を知っても有意義だとは限らない。何より、神が今どこにいるか知るべきなのだ。寺田直美が死んでいた場合、それはできるのか。

分からん――と返信するしかなかった。

「生きてるとも、死んでるとも。」
「もしかしたら、平坂神社から神様を奪ったときに亡くなったかも。なんせ、かなりの祟り神みたいだけえ。」
「でなきゃ、神様を祀るために生かされとるか。」

少し経ち、白い吹き出しがポンと出る。

「でも、そんなことを、寺田さんは何でしたんだろう?」
「『妹』が亡くなったことと何か関係あるのかな?」

「妹」の死との関係は、深くは考えていなかった。しかし、寺田本人ではなく、その妹の記憶を美邦は見ている。否定する理由はなく、むしろ納得できる。

「かもしれない。」
「どうあれ、『妹』は生贄に取られたみたいだけん。」

書いている途中から、芳賀の唱えていた人為説を思い出した。そのことが続きの文章に反映される。

「それは、神様に捧げられたっていうことのはずだ。」

送ってから少し後悔した。美邦がどう思うか分からない。しかし、言わんとすることに気づいたようだ。

「誰かが捧げたということ?」

返信を書きかけ、矛盾に思い当たる。

「何とも言えんけど。」
「でも、大原さんは、その死の瞬間を見たでない?」
「他殺だったという感じはした?」

これにはすぐ返信が来る。

「いいや」
「あれは他殺じゃないと思う」
「でも、踏切へ向かう体が止まらなかった」

やはり、ノートを読んだ印象の通りだ。思いつきをそのまま送ってしまったことを反省する。美邦が見たものを吟味すべきだったのだ。

「だでな。」
「なんというか、身体が操られとるっていう感じで書いとったな。」

これについて、考えていたことが美邦にはあったらしい。立て続けに返信が出た。

「『妹』も神様を感じていたことは、何か関係あるのかな?」
「『姉』にも同じ力はあったし、神様を祀る資質もあったと思う」
「でも、本当に選ばれたのは、『妹』のほうだったっていうことは?」

予想外の言葉の言葉に驚く。

一瞬だけ否定的に感じた。しかし、すぐに考え直す。神に近いところに美邦はいるはずだ。感じ取ったものが何かあるのかもしれない。

「本当の一年神主は『妹』だったっていうことか?」

「分からない」
「でも、誤差があったって変じゃない」
「一年神主の年齢制限がなかったかもしれないって言ったのは藤村君じゃない」

確かに、それを言ったのは冬樹だった。

恐らく能力があれば一年神主に年齢は関係がない。しかし、もし誤差があったならば、なぜ「妹」が死んだのかも説明できるような気がした。

「言われてみればそうか。」
「それに、正確な手続きを経ないと祟りがあっても変じゃない。」

ということは――と冬樹は考える。

「誤差があったことが、生贄に取られた理由かいな?」

「分からない」
「でも、『姉』は恨んだと思う」

冬樹は首をかしげる。

「恨んだ?」

美邦の返信が出た。

「だって、この町のせいで『妹』が亡くなったのだから」
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