神送りの夜

千石杏香

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第八章 遺跡

11 遅い帰宅の中で

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真っ暗な夜道を彼は急ぐ。

今日の帰りは遅い――知人宅を梯子はしごし、過去に在籍した生徒について調べていたためだ。その帰り道、町内のスーパーへ寄った。しかし、夕食を買い終えて出た時には二十時を廻っていたのだ。

こんな時間でも、深夜のように平坂町は静まり返っている。

今日は、家々に灯る明かりも特に少ない。

町の夜が、ここまで静かになったのはいつからだろう。十年前までは、夜にもいろどりがあった。温かな窓の明かりが多く、どこからか夕食の匂いも漂っていた。今は――かつて行われていた御忌に似ている。

惣菜の入ったレジ袋を片手に、冷え切った夜風の中を小走りに進む。

さっきから、何度も背後を振り返っていた。そこには、街燈に照らされる闇しかない。しかし、見られている気がしてならなかった。

これと同じ感覚を、最近は何度も抱く。

最初に感じたのは、第二図書室で話していたときだった。普段なら、気のせいで済ませていたはずだ。けれども、二人の生徒もそれを感じていた。

以降、何でもないはずの闇や、ブロック塀の隙間、廃屋の中などが気に掛かる。何かがいるような気がしてならない。家の中にいても、窓の外が気になって仕方がないし、真夜中には何者かが這入ってくる。

その気這いが、今、背後から迫っていた。

複雑に曲がりくねり、上り下りする道を駆けてゆく。

明らかに着けられていた。目に見えるわけでもなければ、跫音が聞こえるわけでもない。けれどもイメージは浮かぶ。闇に漂う二つの朱い目――。輪郭の曖昧な脚のない獣が追いかけてくる。

それは、平坂神社に祀られた神の姿を連想させた。

御忌の日の夜を思い出す。布団の中で震えて眠った子供の頃。何かから追われている状況より、それを思い出すほうが恐ろしかった。

ふと、周囲の光景が変わったことに彼は気づく。

帰り道をまっすぐ駆けていたはずだ。けれども――今、自分の立っている場所がどこなのか分からなくなってしまった。

濃厚な潮と材木の匂いが鼻を突く。道路は水浸しだった。しかも、どこを見回しても小高い瓦礫の山しかない。瓦礫の山の群れは、家としての原形を少しだけ留めていた。

――ここは、どこだ。

呆然自失し、惣菜の入ったレジ袋を落とす。

――一体、何が起きているんだ。
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