神送りの夜

千石杏香

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第四章 寄神

3 禍夢

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湿った土の臭いがする森を冬樹は歩いていた。

薄暗い獣道を登ってゆく。

どうやら山の中にいるようだ。しかし、どこにいるか、いつから歩いているかは分からない。自分は、自分のいる場所を探して歩いているのだ。

やがて、開けた場所に出た。

森に覆われた巨石の群れがある。一つの塊だった物が破壊されたように、とがり、重なっていた。

似たものを冬樹は見たことがある。

――三輪山の奥津磐座おくついわくら

伊吹山の山頂にいることに気づいた。三輪山と同じように、伊吹山のいただきには磐座いわくらが――何かの遺跡がある気がしてならなかったのだ。

磐座には、小さな生き物が群がっていた。人の形をしているが、腹は膨れ、手足は細長い。体毛はない。こけむした岩肌を、蜘蛛のように這っている。近づくと、アーモンド型の目を持っていると判った。

お前らは何だ――と冬樹は訊ねる。

――我々は喰われた者だ。

日本語ではない言葉で、それらは口々に答えた。

――我々は、元は人間だった。しかし神に喰われ、生けるしかばねとしてこの姿に変えられた。今はどこにも行けぬまま、ここで苦しんでいるしかない。

そして、冬樹は目を覚ました。

いや――実際は、目を覚ました夢を見ていたのだ。

ベッドに横寝したまま動けない。

暗視カメラのように闇が透けていた。視界の端には、真っ黒に塗り潰された窓がある。その中から何かが来た。姿も形もない。ただ、かすかに跫音あしおとが聞こえる。サッシをまたぎ、部屋へ侵入してきた。

冬樹は直感する。

――ついに来た。

目を閉じる。

父を奪った存在が、自分の処へもやってきたのだ。

生暖かい視線が肌を撫でる。身体の中へと何かが浸透してきた。

ベッドから逃げ出したい。しかし身体が動かない。

遠くから潮騒が聞こえた。初めは小さかったが、次第に大きくなってゆく。一つのイメージが頭の中に浮かんだ。漆黒の闇をはらんだ波が、力強く、荒々しく、浜辺に打ち寄せている。

本当の意味で冬樹は目を覚ました。

しっとりと布団は冷たい。意識が、徐々にはっきりとした。窓の外には、薄紫に棚引く東雲しののめがある。

――夢。

全身を安堵が駆け巡る。

――目を覚ました夢を見ていた。

目が冴えてゆく。

恐らくは、夜への不安が夢を見させたのだろう。

目覚まし時計に目を遣る。まだ六時の手前だった。起きるにはまだ早い。

目を擦りつつ身体を起こし、枕元に目を遣る。

握りこぶし大の髪の毛の塊があった。

身体が凍る。

自分の頭に手を遣った。ぱらぱらと、何本かの髪が落ちてくる。指先の感覚から察するに、どうやら禿はげが出来ているわけではないらしい。

だが、この抜け毛の量はどう考えても可怪おかしい。

――抜き取られた?

あり得ない――と思う。

窓は施錠されている。何者かが部屋へ這入ってくる余地などない。しかし、もしそうでないのならば、

――なぜ?
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