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第四章 寄神
2 やって来る
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「お姉さん――神社のことについて何か分かった?」
夕食のとき、千秋から尋ねられた。
褐色の両眼と、背中の半ばまで届く髪――自分を一回り小さくしたような少女が隣に肩を竝べる。その姿を目にし、美邦は何かを思い出しかけた。
――⬛︎⬛︎ちゃん。
ぼうっとしたことにすぐ気づく。
分かったことは多い。しかし美邦は誤魔化した。
「いや――よくわかんなくて。けれども――潰れたんじゃないかなって言う人はいるけど。」
「潰れた?」千秋の目が円くなる。「神社って潰れるん?」
対面から、喜ばしくない顔を詠歌が見せた。
「まあ、神社だってボランティアでやっとるわけでないだけん。お賽銭とか、祈祷料とかがないと潰れるわいな。それに、町中の人が知らんやな神社なら、潰れたって仕方ないが。」
「それかあ――。なんか残念。」
潮臭い荒汁へ美邦は口をつける。港町だけあり、海の匂いが夕食からはよく漂ってきていた。
自分の父は宮司だった――。そのことを、叔父夫婦が知らないはずがない。しかしそれに触れた途端、この団欒から自分はいられなくなるのではないか。叔父夫婦もまた、父と同じように隠し事をしながら美邦を引き取ったのだから。
――けれども。
何か怖いものが来て、左眼が失明したのはこの町だ。
――私に関する何か大切なことが隠されている気がする。
啓へ目をやる。黙ったまま麦酒をすすっていた。その姿はやはり昭に似ている。自分と千秋が似ているのは男系の血だろうか。
どうしても気にかかり啓に尋ねた。
「私が町にいたとき――左眼って見えてました?」
啓はきょとんとし、少し考えた。
「見えとった――と思うけどなあ。――それが?」
いえ――と言い、木椀を置く。
「すごい昔に、目が痛くなった記憶があるんです。叔父さん前――私の家が火事になったとき、私に付き添ってお父さんは病院にいた――って言いましたけど、その時に見えなくなったのかなと思って。」
「ああ、お母さんが亡くなった時?」
「はい。」
啓は首をかしげる。
「僕は、美邦ちゃんが熱を出して、それでお父さんが付き添ったとしか聞いとらんに。お父さんが町を出たのはその後すぐだけん、ちょっと分からんな。」
「火事の原因って、ストーヴの事故でしたっけ?」
「うん――。冬の日だったけん、それは覚えとる。」
ふと、詠歌と目が合った。気まずいものを感じ、美邦は視線を落とす。
「そう――ですか。」
*
食事を終えたあと、食器を放置して部屋へ戻った。
ベッドに腰を掛け、充電中のスマートフォンに目をやる。由香のメッセージが表示されていた。通知をタップし、メッセージを開く。
「それで、神社のことについて美邦ちゃん訊いてみたん?」
メッセージは、「放課後探偵団」に入っていた。自分の不甲斐なさに落ち込みつつ、返信欄をタップして文字を打つ。
「ううん。ちょっと訊きそびれた」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示される。
「そがに簡単に訊けるわけないが」
「叔父さんらも、何か隠しとんなるかもしらんに」
自分のほか誰もいない部屋の中で、こくりとうなづく。同時に不安が増した。叔父夫婦だけだろうか――知らないのが不自然なのは。
――町中の人が隠しているのかもしれない。
予感を強めるように窓の外は暗い。この町では、死亡事故がよく起き、子供も消えるという。詳しいことはまだ知らない。だが、「暗くなるからだ」と誰もが言う。
――「あれ」は由香にも見えていた。
神社ではなく、この町全体に『異変』が起きているのではないか。
――この家は自分の家でないだけん。
ポンと音がする。見れば、芳賀からメッセージが入っていた。
「知らん知らん言う時は、何か不都合なことがある時だわな」
美邦は固まる。
不安を見透かされたようだ。全員が全員、不都合な何かを隠しているのではないか。
芳賀はメッセージを続けた。
「ところで、」
「大原さんのお父さんが、叔父さんと再会した時の様子ってどんな感じだった?」
芳賀のアイコンと白い吹き出しを見つめ、言わんとすることを理解する。父の死の直前のことを思い出しつつ、静かに文を打ち始めた。
「仲は、悪くなかったみたい」
「けれども、お父さん、平坂町に私が帰ることには反対し続けてた。あんなところに行くべきじゃないってずっと言い続けてたの」
送信し終えたあと、芳賀はさらに問う。
「町のこと、ずっと隠しとったんだっけ?」
「悪いけど、後ろめたい何かがある気がする」「しかも、町を出たのって火事のあとだら?」
「じゃあ、後ろめたい何かってのは、やっぱり、火事のことでないかな?」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。
「まさか――何かの事件だって言いたいん?」
幸子の白い吹き出しを、芳賀の吹き出しが押し上げた。
「分からんに。十年前も神社が知られとったかどうか分からん限りは。」
どうあれ、神社が「消えた」という意見には否定的だ。ゆえに、十年前も知られていたか否かが気になるに違いない。
美邦は、郷土誌の誌面を思い出す。
――神の姿を見たら目が潰れる、気が触れる。
自分の左眼は――いつ潰れたのか。
しばらくのあいだ、既読は「3」だった。当然、読んでいないのは冬樹である。
課題に取り掛かった。
英単語をノートに書き写しつつ、別のことを気にかける。
――常世の国から来た神様が神社にはいた。
消えた神社の神は、どこへ行ったのか。
課題が終わった直後、スマートフォンが再び鳴る。画面を見ると、冬樹からだった。既読さえ中々つかなかったので少し驚く。何かに期待しつつ、メッセージをタップした。
「今日、知り合いの司書さんから電話が来た。」
メッセージは立て続けに入る。
「この町には郷土史家がおるだって。その電話番号を教えてもらった。」
「だけん、郷土史家さんに電話してみた。そしたら、家に来たら詳しい話をするって。」
「神社について分かりそう。」「土日に行こうと思うんだけど、お前らも来る?」
美邦は目をまたたかせた。
――郷土史家なんていたんだ。
ポンッと音を立て、由香のメッセージが出た。
「あ、わたし行きたいたーい!」
続いて、幸子のメッセージが出る。
「私も、土日はどっちも大丈夫だよ」
美邦は少し躊躇する。見ず知らずの他人の家に上がるのは得意ではない。しかも、町の誰もが答えられないのに、郷土史家に答えられるのだろうか。
だが――行かないことには分からないはずだ。
「私も行く」
「土曜日も日曜日もどっちも暇だし」
冬樹が返信した。
「じゃあ、芳賀がよければ土曜日かなあ。」
少しして、芳賀が返信する。
「土曜日は僕も大丈夫だよ」
そして、何かのリンクが送られてきた。
「あとこれ。」
「ついさっき見つけただけど。」
ポンッと、幸子のメッセージが出る。
「何これ? 誤チャン?」
立て続けに芳賀が返信する。
「うん。十年前のオカ板のスレ」
「一年神主や御忌で検索しまくったら出てきた」
夕食のとき、千秋から尋ねられた。
褐色の両眼と、背中の半ばまで届く髪――自分を一回り小さくしたような少女が隣に肩を竝べる。その姿を目にし、美邦は何かを思い出しかけた。
――⬛︎⬛︎ちゃん。
ぼうっとしたことにすぐ気づく。
分かったことは多い。しかし美邦は誤魔化した。
「いや――よくわかんなくて。けれども――潰れたんじゃないかなって言う人はいるけど。」
「潰れた?」千秋の目が円くなる。「神社って潰れるん?」
対面から、喜ばしくない顔を詠歌が見せた。
「まあ、神社だってボランティアでやっとるわけでないだけん。お賽銭とか、祈祷料とかがないと潰れるわいな。それに、町中の人が知らんやな神社なら、潰れたって仕方ないが。」
「それかあ――。なんか残念。」
潮臭い荒汁へ美邦は口をつける。港町だけあり、海の匂いが夕食からはよく漂ってきていた。
自分の父は宮司だった――。そのことを、叔父夫婦が知らないはずがない。しかしそれに触れた途端、この団欒から自分はいられなくなるのではないか。叔父夫婦もまた、父と同じように隠し事をしながら美邦を引き取ったのだから。
――けれども。
何か怖いものが来て、左眼が失明したのはこの町だ。
――私に関する何か大切なことが隠されている気がする。
啓へ目をやる。黙ったまま麦酒をすすっていた。その姿はやはり昭に似ている。自分と千秋が似ているのは男系の血だろうか。
どうしても気にかかり啓に尋ねた。
「私が町にいたとき――左眼って見えてました?」
啓はきょとんとし、少し考えた。
「見えとった――と思うけどなあ。――それが?」
いえ――と言い、木椀を置く。
「すごい昔に、目が痛くなった記憶があるんです。叔父さん前――私の家が火事になったとき、私に付き添ってお父さんは病院にいた――って言いましたけど、その時に見えなくなったのかなと思って。」
「ああ、お母さんが亡くなった時?」
「はい。」
啓は首をかしげる。
「僕は、美邦ちゃんが熱を出して、それでお父さんが付き添ったとしか聞いとらんに。お父さんが町を出たのはその後すぐだけん、ちょっと分からんな。」
「火事の原因って、ストーヴの事故でしたっけ?」
「うん――。冬の日だったけん、それは覚えとる。」
ふと、詠歌と目が合った。気まずいものを感じ、美邦は視線を落とす。
「そう――ですか。」
*
食事を終えたあと、食器を放置して部屋へ戻った。
ベッドに腰を掛け、充電中のスマートフォンに目をやる。由香のメッセージが表示されていた。通知をタップし、メッセージを開く。
「それで、神社のことについて美邦ちゃん訊いてみたん?」
メッセージは、「放課後探偵団」に入っていた。自分の不甲斐なさに落ち込みつつ、返信欄をタップして文字を打つ。
「ううん。ちょっと訊きそびれた」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示される。
「そがに簡単に訊けるわけないが」
「叔父さんらも、何か隠しとんなるかもしらんに」
自分のほか誰もいない部屋の中で、こくりとうなづく。同時に不安が増した。叔父夫婦だけだろうか――知らないのが不自然なのは。
――町中の人が隠しているのかもしれない。
予感を強めるように窓の外は暗い。この町では、死亡事故がよく起き、子供も消えるという。詳しいことはまだ知らない。だが、「暗くなるからだ」と誰もが言う。
――「あれ」は由香にも見えていた。
神社ではなく、この町全体に『異変』が起きているのではないか。
――この家は自分の家でないだけん。
ポンと音がする。見れば、芳賀からメッセージが入っていた。
「知らん知らん言う時は、何か不都合なことがある時だわな」
美邦は固まる。
不安を見透かされたようだ。全員が全員、不都合な何かを隠しているのではないか。
芳賀はメッセージを続けた。
「ところで、」
「大原さんのお父さんが、叔父さんと再会した時の様子ってどんな感じだった?」
芳賀のアイコンと白い吹き出しを見つめ、言わんとすることを理解する。父の死の直前のことを思い出しつつ、静かに文を打ち始めた。
「仲は、悪くなかったみたい」
「けれども、お父さん、平坂町に私が帰ることには反対し続けてた。あんなところに行くべきじゃないってずっと言い続けてたの」
送信し終えたあと、芳賀はさらに問う。
「町のこと、ずっと隠しとったんだっけ?」
「悪いけど、後ろめたい何かがある気がする」「しかも、町を出たのって火事のあとだら?」
「じゃあ、後ろめたい何かってのは、やっぱり、火事のことでないかな?」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。
「まさか――何かの事件だって言いたいん?」
幸子の白い吹き出しを、芳賀の吹き出しが押し上げた。
「分からんに。十年前も神社が知られとったかどうか分からん限りは。」
どうあれ、神社が「消えた」という意見には否定的だ。ゆえに、十年前も知られていたか否かが気になるに違いない。
美邦は、郷土誌の誌面を思い出す。
――神の姿を見たら目が潰れる、気が触れる。
自分の左眼は――いつ潰れたのか。
しばらくのあいだ、既読は「3」だった。当然、読んでいないのは冬樹である。
課題に取り掛かった。
英単語をノートに書き写しつつ、別のことを気にかける。
――常世の国から来た神様が神社にはいた。
消えた神社の神は、どこへ行ったのか。
課題が終わった直後、スマートフォンが再び鳴る。画面を見ると、冬樹からだった。既読さえ中々つかなかったので少し驚く。何かに期待しつつ、メッセージをタップした。
「今日、知り合いの司書さんから電話が来た。」
メッセージは立て続けに入る。
「この町には郷土史家がおるだって。その電話番号を教えてもらった。」
「だけん、郷土史家さんに電話してみた。そしたら、家に来たら詳しい話をするって。」
「神社について分かりそう。」「土日に行こうと思うんだけど、お前らも来る?」
美邦は目をまたたかせた。
――郷土史家なんていたんだ。
ポンッと音を立て、由香のメッセージが出た。
「あ、わたし行きたいたーい!」
続いて、幸子のメッセージが出る。
「私も、土日はどっちも大丈夫だよ」
美邦は少し躊躇する。見ず知らずの他人の家に上がるのは得意ではない。しかも、町の誰もが答えられないのに、郷土史家に答えられるのだろうか。
だが――行かないことには分からないはずだ。
「私も行く」
「土曜日も日曜日もどっちも暇だし」
冬樹が返信した。
「じゃあ、芳賀がよければ土曜日かなあ。」
少しして、芳賀が返信する。
「土曜日は僕も大丈夫だよ」
そして、何かのリンクが送られてきた。
「あとこれ。」
「ついさっき見つけただけど。」
ポンッと、幸子のメッセージが出る。
「何これ? 誤チャン?」
立て続けに芳賀が返信する。
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