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第三章 寒露
7 市立平坂図書館
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週末まで雨は続いた。
土曜日の昼――市立平坂図書館に冬樹は向かった。
図書館は駅前にある。かつて、その一帯は町の中心部だった。市役所支部や商業会館などがあり、商店街もあったという。今は、紅い布の連なるシャッター街だ。唯一あったコンビニも潰れてしまった。
死んだ町の中に、二階建ての市民会館が建つ。図書館は一階だ。ドアには、「来年九月で閉館します」と書かれた紙が貼られていた。
館内は閑散としていた。
郷土資料のコーナーに冬樹は向かう。書架には、郷土誌が三冊あった。一冊を取り出し、目次を開く。
町内の神社
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………………………二〇五
入江神社…………………………二〇九
中学校の物と同様に、黒く塗られている。
ページを捲ると、やがて欠落が現れた。二〇五ページから二〇八ページまでが切り取られている。
――いったい何のために?
雨の弾ける音が外から強まる。
――神社を消すために?
しかし、消そうと思って消すことはできるのか。事実、消そうとした痕は露骨に残っている。
念の為に、残りの二冊も確認する。だが、そのどちらにも黒塗りと欠落があった。
――犯人は、中学校に出入りできる者か。
三冊の郷土誌を抱え、冬樹は立ち上がる。
カウンターには、二十代後半の司書がいた。癖毛なのかパーマなのか、ふわふわした髪を一本に束ねた無害そうな人物だ。彼女へと冬樹は声をかけた。
「田代さん、ちょっといいですか?」
丸い目を田代はまたたかせる。
「おやおやー、藤村君どうされましたか?」
田代と冬樹は顔馴染みだ。この館に配属されたのは冬樹が小三の時だった。以来、ほぼ毎週顔を合わせているし、調べ物も手伝ってもらっている。
郷土誌を置き、事情を説明した。田代は大変驚き、郷土誌を取り下げる。
「それは大変失礼しました! 今すぐ、別の蔵書がないか検索しますね。」
そして、キーボードを素早く打った。しかし、やがて難しそうな顔となる。
「申し訳ありませんねぇ。今、この図書館にあるのは、この三冊だけなんですよ。市立図書館に蔵書がありますので、お取り寄せしましょうか?」
「いえ、結構です。取り寄せは時間がかかりますし。明日にでも市内の方に行ってみようと思います。」
「そうですか。――大変申し訳ありません。」
ふと気にかかり、冬樹は尋ねた。
「ところで、田代さんこの町の出身でしたっけ?」
「ええ、高校の時までは住んでいましたよ。――それが?」
「平坂神社ってご存知ですか?」
田代は目を瞬かせる。だが、次の瞬間ふっと考え込んだ。気にかかることが何かあるらしい。
「いえ、私は存じませんが――」
「そう――ですか。」
今までの事情を説明する。途中、スマートフォンを取り出して神社の画像を見せた。田代の顔が、難しげなものに変わってゆく。
「それは不思議な話ですね――。私、元々は伊吹に住んでいたんですけど、伊吹山にそんな神社があるだなんて初めて聞きましたよ。」
本当に――と尋ねたい気持ちを冬樹は抑える。今まで尋ねた全ての大人が、何か引っ掛かる顔をしていた。しかし、自分もそうだったに違いない。
「神社についてお調べなら、神社庁か市役所に問い合わせるのが一番だと思いますけど――」
「もう問い合わせました。」
「ほう! それで、何て言ってました?」
「市役所の方は、把握していないという回答でした。指定の文化財もない小さな神社だったそうで、政教分離の観点から干渉してなかったそうです。」
「ふぅむ。」
「あと、神社庁の方は、経営難で倒産したと、聞いた――って言ってましたね。何でも、平坂神社は神社庁に加盟してなかったとか。」
「そうか! 独立法人だったんだ。」
実は、言葉の意味が冬樹はよく分かっていない。
「独立法人だと潰れるんですか?」
「神社庁っていうのは、喩えて言うなら大きな会社です。そこが、個々の神社に援助を行なってるんですよ。けれど神社庁に加盟してないと、別々の会社のように経営してる感じですね。」
「――なるほど。」
「築島先生には尋ねられましたか?」
「もちろんです。でも、やっぱり知らないって。」
「まあ、築島先生もこの町に住んで長いですからね。先生が知らないとなると、もはや私には心当たりがありませんが――」
そして、思いついたように言う。
「そういえば――平坂町には郷土史家の方がおられるようですよ? ひょっとしたら、その人に訊いたら何か分かるかも。」
かなり意外に思った。
「いたんですか? この町に――郷土史家なんてものが。」
「ええ。いたようにも聞きましたけど。それについて、市役所の方は何も仰っていませんでしたか?」
「いえ、何も聞いてませんけど。」
「そうですか――不親切なお役所ですねえ。いつだかは、いたっていうふうに聞いたんですけどね。」
よかったら調べといてあげましょうか――と田代は言った。
土曜日の昼――市立平坂図書館に冬樹は向かった。
図書館は駅前にある。かつて、その一帯は町の中心部だった。市役所支部や商業会館などがあり、商店街もあったという。今は、紅い布の連なるシャッター街だ。唯一あったコンビニも潰れてしまった。
死んだ町の中に、二階建ての市民会館が建つ。図書館は一階だ。ドアには、「来年九月で閉館します」と書かれた紙が貼られていた。
館内は閑散としていた。
郷土資料のコーナーに冬樹は向かう。書架には、郷土誌が三冊あった。一冊を取り出し、目次を開く。
町内の神社
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………………………二〇五
入江神社…………………………二〇九
中学校の物と同様に、黒く塗られている。
ページを捲ると、やがて欠落が現れた。二〇五ページから二〇八ページまでが切り取られている。
――いったい何のために?
雨の弾ける音が外から強まる。
――神社を消すために?
しかし、消そうと思って消すことはできるのか。事実、消そうとした痕は露骨に残っている。
念の為に、残りの二冊も確認する。だが、そのどちらにも黒塗りと欠落があった。
――犯人は、中学校に出入りできる者か。
三冊の郷土誌を抱え、冬樹は立ち上がる。
カウンターには、二十代後半の司書がいた。癖毛なのかパーマなのか、ふわふわした髪を一本に束ねた無害そうな人物だ。彼女へと冬樹は声をかけた。
「田代さん、ちょっといいですか?」
丸い目を田代はまたたかせる。
「おやおやー、藤村君どうされましたか?」
田代と冬樹は顔馴染みだ。この館に配属されたのは冬樹が小三の時だった。以来、ほぼ毎週顔を合わせているし、調べ物も手伝ってもらっている。
郷土誌を置き、事情を説明した。田代は大変驚き、郷土誌を取り下げる。
「それは大変失礼しました! 今すぐ、別の蔵書がないか検索しますね。」
そして、キーボードを素早く打った。しかし、やがて難しそうな顔となる。
「申し訳ありませんねぇ。今、この図書館にあるのは、この三冊だけなんですよ。市立図書館に蔵書がありますので、お取り寄せしましょうか?」
「いえ、結構です。取り寄せは時間がかかりますし。明日にでも市内の方に行ってみようと思います。」
「そうですか。――大変申し訳ありません。」
ふと気にかかり、冬樹は尋ねた。
「ところで、田代さんこの町の出身でしたっけ?」
「ええ、高校の時までは住んでいましたよ。――それが?」
「平坂神社ってご存知ですか?」
田代は目を瞬かせる。だが、次の瞬間ふっと考え込んだ。気にかかることが何かあるらしい。
「いえ、私は存じませんが――」
「そう――ですか。」
今までの事情を説明する。途中、スマートフォンを取り出して神社の画像を見せた。田代の顔が、難しげなものに変わってゆく。
「それは不思議な話ですね――。私、元々は伊吹に住んでいたんですけど、伊吹山にそんな神社があるだなんて初めて聞きましたよ。」
本当に――と尋ねたい気持ちを冬樹は抑える。今まで尋ねた全ての大人が、何か引っ掛かる顔をしていた。しかし、自分もそうだったに違いない。
「神社についてお調べなら、神社庁か市役所に問い合わせるのが一番だと思いますけど――」
「もう問い合わせました。」
「ほう! それで、何て言ってました?」
「市役所の方は、把握していないという回答でした。指定の文化財もない小さな神社だったそうで、政教分離の観点から干渉してなかったそうです。」
「ふぅむ。」
「あと、神社庁の方は、経営難で倒産したと、聞いた――って言ってましたね。何でも、平坂神社は神社庁に加盟してなかったとか。」
「そうか! 独立法人だったんだ。」
実は、言葉の意味が冬樹はよく分かっていない。
「独立法人だと潰れるんですか?」
「神社庁っていうのは、喩えて言うなら大きな会社です。そこが、個々の神社に援助を行なってるんですよ。けれど神社庁に加盟してないと、別々の会社のように経営してる感じですね。」
「――なるほど。」
「築島先生には尋ねられましたか?」
「もちろんです。でも、やっぱり知らないって。」
「まあ、築島先生もこの町に住んで長いですからね。先生が知らないとなると、もはや私には心当たりがありませんが――」
そして、思いついたように言う。
「そういえば――平坂町には郷土史家の方がおられるようですよ? ひょっとしたら、その人に訊いたら何か分かるかも。」
かなり意外に思った。
「いたんですか? この町に――郷土史家なんてものが。」
「ええ。いたようにも聞きましたけど。それについて、市役所の方は何も仰っていませんでしたか?」
「いえ、何も聞いてませんけど。」
「そうですか――不親切なお役所ですねえ。いつだかは、いたっていうふうに聞いたんですけどね。」
よかったら調べといてあげましょうか――と田代は言った。
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