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第1章 イリス大陸編

第20話 封印魔人

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 北に向かって歩き続けて数日。不動颯太ふどうそうたはセプテントリオ地方のシグナトゥス遺跡付近に訪れていた。
 不動颯太は旅の途中、幾度も魔獣に遭遇したが、その全てをアスポートで撃退した。

「封印魔人:ほとんど無害。約800年前、悪行の限りを尽くしたこの史上最凶の闇人あんじんは、【千年封印】のスキルを持つ勇者により封印されました。暇を持て余した封印魔人は宇宙の真理を追及したといいます。さあ、君も封印魔人に質問し、共に宇宙の真理を解き明かしましょう!」

 不動颯太は、この近くにある村で貰ったパンフレットを読みながら歩いていた。
 封印魔人やシグナトゥス遺跡は、この王国よりも古い存在である。類を見ないユニークさから数十年前まで観光地となっていた。今では聖魔大戦の影響で観光どころではないが、付近の村には未だに大量のパンフレットの在庫が残っており、時々やって来る冒険者や物好きの鞄持ちバックパッカーに無償提供しているのだ。

「おおう、なんか急に寒気が……」

 小川の橋を超えた途端、不動颯太は悪寒を感じた。明らかに空気が代わり、不動颯太はこの先に何かとてつもない怪物がいることを直感的に理解した。

「ここがシグナトゥス遺跡か、意外と早かったな。相当歩いたけど全然疲れてないや。これもレベルアップのおかげなのかな」

 不動颯太は首都からこのセプテントリオ地方まで、夜間以外はほとんど休憩無しで歩いていた。だが、驚くことに苦痛も疲労も感じていなかった。それだけ、不動颯太が身体的に超人になったということだ。

「入口はここか」

 不動颯太は「封印魔人はコチラ!」と記された昔の看板を見て、遺跡に入る。

「こ、こいつが、封印魔人……」

 遺跡の開けた場所に、光の鎖に繋がれた男がいた。男の足元には魔法陣のような光の幾何学模様が描かれている。すぐ隣には「封印魔人」と書かれた看板が立っていた。
 封印魔人は黒い肌と黒い角を持っていた。体中から黒い霧のような靄が絶え間なく溢れ、輪郭はぼやけていた。まるで黒い炎に焼かれているかのようであった。

「ん?」

 眠っているかのように目を閉じていた封印魔人は不動颯太の存在に気付き、目を開ける。不動颯太はいつでもアスポートが発動できるように身構えた。

「待て、そう殺気立つな。安心しろ、この通り、首から上しか動かせないし魔法も使えない。久しぶりの客なんだ、話をしようじゃないか。まずはそこに座るといい」

 封印魔人からは敵意や悪意を全く感じず、嘘をついているようにも見えなかったため、不動颯太は拍子抜けした。
 身動きが取れない上に会話を求める者を相手に攻撃する気など起きるはずもなく、不動颯太はすぐ近くにあった古びたベンチに腰を掛けた。このベンチは数十年前に観光客用に備え付けられたものである。

「木製のドッグタグ……冒険者か、お前。吾輩を殺しに来たのか?」
「……そうだ、と言ったら?」
「大いに結構。今まで数多の冒険者が吾輩を殺すとこの場で宣言したが、この812年間、誰も吾輩を殺すことなどできなかった。S級冒険者はおろか勇者ですら成し得なかったのだ。F級に殺される道理など無い」

 封印魔人は無防備な状態で一方的に攻撃され続けても、今まで傷ひとつ付くことはなかった。そのため、倒されないという絶対的な自信があった。

「それで、吾輩を殺す前に聞きたいことがあるだろう?」
「いや、別にないけど」
「なに? 手に持っているそのガイドブックはちゃんと読んだのだろうな? 吾輩は魔帝生物の進化の到達点――闇人にして宇宙の真理を追及する者。寿命を克服し、既に数千年を生きている。真人程度が思いつく疑問などいくらでも答えられるのだ。本当に聞きたいことはないのか?」
「じゃあ、その宇宙の真理っていうヤツを教えてください」

 不動颯太は面倒くさくなった。かと言って封印魔人が悪人には見えなかったため、話を聞いてみることにした。

「良かろう。とは言っても、実はまだ宇宙の真理には辿り着いていないのだ。代わりに、この宇宙についての吾輩の英知を話そう。まずは、吾輩が真理の追及者に至った経緯から話さなければならないな」

 封印魔人は喜々として話し始めた。800年もの間、身動きも取れず思考のみに没頭していた封印魔人は、自分の知識を他者に伝えることに快感すら覚えていた。

「吾輩はもともと、霊法を極めることが目的であった。それが宇宙の理を支配する方法だと考えていたからだ。仙人と呼ばれる闇人や陽人ようじんたちは、上位支配者となるべく霊法を極める道を辿る。これは恐らく、知的生命体の性なのだ。ああ、霊法というのは魔法と聖法のことで、吾輩が総称として勝手に読んでいるだけだ。そもそも、魔法だの聖法だのと分けられているが、両者に違いは無いのだ。それぞれ別々に体系化されたに過ぎず、精霊に魔も聖もない――」

 封印魔人は霊法だの精霊だの宇宙だのと、自身の仮説や自身が導き出した答えを一時間ほど話し続けた。

「――すなわち、生物が知覚している世界は、太陽の如く輝くアストラル光源をアカシックレコードで透かした影でしかないのだ。霊法使いはアストラル界の大いなる意思に干渉することで、アカシックレコードの未来分を書き換える。これにより、因果律を跳躍した物理現象――原因を伴わない結果のみが起こる。これこそが霊法の正体なのだ」

 封印魔人は興奮気味に話し続けていたが、不動颯太は彼の話に興味が持てず、うとうととしながら聞いていた。

「どうだ。吾輩の英知を聞いた感想は」
「あっ、はい。そうですね」

 不動颯太はほとんど聞いていなかったため話の内容を理解していなかった。

「ふん、子供には理解できなかったか。まあいい、話したいことは概ね話し終えた。さあ、気が済むまで蹴るなり殴るなりするがよい」

 不動颯太は立ち上がり封印魔人と対峙するが、アスポートの発動を躊躇った。封印魔人がただの衒学者に見え、本当に討伐するほどの悪者なのか分からなかったからだ。

「まだ聞きたいことがある。あんたは、一体どんな悪いことをして封印されたんだ?」
「どうした、同情心でも持ったか? いいだろう、教えてやる。封印された理由は単純に当時の勇者を恨みを買ったからに過ぎない。吾輩は霊法を極める為ならば手段など問わない。足元の雑草を踏みつけるかの如く、人間など魔人も聖人も老若男女関係なく殺してきた。国摘みの如く国そのものを滅ぼしたこともある。吾輩からすれば他者など虫と同価値だ。ははは、どうだ、これで少しはやりやすくなったか? 虫ケラよ」

 封印魔人は高らかに笑い、不動颯太を見下す。不動颯太は封印魔人の言葉で、考えを改め始めた。
 封印魔人は封印によって会話と思考以外の行動を取ることができない。パンフレットの概要の一言目に「無害」とあるのは、彼の言葉により精神的ダメージを受ける可能性があるからだ。

「もし、封印が解けたら、お前はどうするんだ?」
「そうだな、まずは憎き勇者への復讐だな。と言っても封印の勇者はとうの昔に死んでいるからその子孫への復讐だ」
「800年も前に生きてた人の子孫なんて、探しようがないと思うけど」
「当たり前だろう。だからこの国の全ての人間を殺すのだよ。それでも復讐心が消えなければ隣の国もまとめて掃除だ。復讐が終えれば……そうだな、まずは噂に聞く魔王とかいう調子に乗ったガキをを殺すのもいいな。その後、第一段階として霊法を極め、第二段階でアストラル光を知覚し、第三段階で自らの肉体をアストラル体へ進化させる。そうすれば、吾輩はアストラル界の上位存在と同等となり、この宇宙の支配者となれるはずだ。ははは! 188年後が楽しみで仕方がない! 待ち遠しいな! ははははは!」

 不動颯太は嫌悪した。封印魔人からは、まもはや悪意しか感じられない。同情の余地もアスポートを行使するのに躊躇う理由も無いと判断した。

「アスポート」
「は――」

 不動颯太はアスポートを発動させた。
 封印魔人は体と首が分離し、即死した。封印魔人を縛っていた光の鎖と、光の魔法陣は消滅し、封印魔人は倒れて黒い血を流した。
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