だから私はその手に触れる

アルカ

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後日談

7 初夏の会 ②

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 庭園の奥へと彼女を連れ出す。
 花々に囲まれた東屋には人気がない。
 最初から人払いをして、決戦の場に用意しておいた場所ですからねっ。同行したリームは東屋の外、適度な距離を保って控えている。常人の聴覚なら会話は聞き取れない距離です。ちなみにうちの可愛いリームちゃんは超人ですので、あそこからでも会話はばっちり聞き取れると思う。
 東屋に辿り着いて、先に口を開いたのはホーキング夫人だった。

「わたくし、ずっと貴女とお話しがしたかったの。それなのに、いつもグンナルが邪魔をするものだから」
 彼女は小首を傾げて両手を胸元で組んでみせる。自分の可愛さを知っている微笑み。
 でもそれが似合うのは十代までだからっ! 貴女も私も三十代! 誰か周りの人、教えてあげて~。

「御もてなしが行き届かず、申し訳ありません。私の夫・・・は、愛情深く、心配性な人ですから」
 いい加減、元夫だからって呼び捨て止めてくれないかな。地味にムカつく……。

「ねえ、カオル様。ああ、カオル様と呼んで構いませんわよね?」
 構うに決まってるでしょっ!? と心中で毒づきながら質問には答えない。明確な否定もしないけど、決して肯定はしてないってこと。言質取られちゃまずいもの。
 これ、アレクに教わった令嬢テクってやつですよ。

「――ホーキング夫人のお話、とっても気になります。教えて頂けますか?」
「ふふ、せっかちな方ねぇ。もちろんグンナルの事ですわ。わたくし、忠告に参りましたの。彼の恐ろしい魔術素養《ギフト》について、もしかしてご存じないのかもしれないと思いましたから」

 ホーキング夫人は、まるで本気で心配しているような顔をして語っている。
 十年以上前、しかもたった一ヶ月の出来事なのによくそれだけネタがあるよね。
 その能力がいかに脅威で恐怖の対象か、グンナルが夫としてどれだけ冷たい男だったかとか。「だから離婚しても、貴女の傷にだってなりませんわ。ええ、相手は三度も離婚する男ですもの」等と、ごちゃごちゃ延々と語っているけれど…………これ、猫パンチとかダメかな? いや、暴力反対。腕力で解決なんて現代人として間違ってますよね、分かってます。でも一発くらい、よくない? ここはボディに……。
 彼女の弱点を見つけて反撃の予定なのに、口で語るより拳で語りたくなるから不思議。

 夫人は持論の展開に夢中、私は出来もしない妄想に忙しい。
 直ぐ耳元で声をかけられるまで、気付きませんでした。

「久しいな、ホーキング夫人。私は随分と君に恨まれているようだな」
 言いながら、その手は自然に私の腰を引き寄せる。
「……グンナル」
「うん?」
 貴方を傷つけたくなくて、彼女と単騎決戦に挑んだのに。
 一瞬だけ視線を合わせると、微笑んでくれたグンナルの金茶色の瞳は、いつもと変わらず揺るぎが無い。翳りの色は見当たらなくて少しほっとした。

 取り繕い、挨拶を述べようとしたホーキング夫人が固まる。
 私達の後ろを凝視して、口からはか細い声で悲鳴のような声が漏れた。

「あ、あなたっ?」

 彼女の視線を追うと、その先には一人の男性が。
 歳の頃はグンナルと同年あたりかな。目じりにしわが出始めているけど、優しそうな眼をしている。中肉中背の身なりの良い紳士だ。

「カオル、彼はバート・ホーキング。短い間だがこの領で兵を務めていた事がある。ホーキング、私の妻のカオルだ。何物にも代えがたい、私の愛しい女性だ」

「初めまして奥様、ホーキングと申します」

「初めまして、ホーキング様。どうぞ初夏の会を楽しんでいらしてくださいね」
 まるで私の関心を自分に引き戻すかの様に、グンナルはいつの間にか手袋を外した素手で頬に触れ、そのままお母様から譲り受けた首飾りまで辿って行く。うぎゃー!! は、恥ずかしいっ。
 戦闘用の猫を盛大に被っていたから免れたけど、いつもだったら転げまわる恥ずかしさっ。
 赤くなる私とは逆に、ホーキング夫人は顔色を無くしていく。
 その目が今度は、首飾りとグンナルの手に釘付けだ。果して彼女は首飾りを見ているのか、素手を見ているのか、どっちなのかな。

 あまりの恥ずかしさに、その手を摑まえ指を絡めて動きを押さえる。少しだけ咎める様に睨むと、悪戯が成功した子供の様に目が笑っている。
 人前なのに、スキンシップが遠慮なさすぎやしませんか!?

「随分と奥様に夢中の様ですね、グンナル様」
 ホーキングさんは苦笑いを浮かべている。

「ああ。カオルを妻としてから、彼女の心を手に入れるのに随分と時間を擁してしまった。まるで初めての恋が実った若者の様に浮かれているよ」
 甘過ぎて歯が、がちがち言ってる……。もう限界ですっ、許して下さい旦那様~!
 そんな私の悲壮感が伝わったのか、ホーキングさんが私に話しかけてくる。

「無作法で申し訳ありませんが、私達夫婦は一足先にお暇させて頂きます。子供達が首を長くして待っておりますので」
「お子様がいらっしゃるのですね。男の子ですか、女の子ですか?」
「十歳の男の子と、七歳の女の子です」
「まあっ! 可愛い盛りですね。どうせでしたらお子様達もご一緒に、いらしてくだされば宜しかったのに」
「ありがとうございます」

「バート、あなたがどうして此処に……」
 ショックから立ち直ったホーキング夫人は、漸くそれだけ口にした。顔からは色が抜け落ちてしまっている。

「私が呼んだ。君の行動をホーキングが把握しているとは思えなかったのでね。私にとってはどうでもいい事だが、妻を煩わすのは遠慮してもらいたい」
「グンナル、様……」
 悲壮な顔をした彼女の目の奥に暗い色を見つけて、その行動の意味に漸く気が付いた。
 思わず人前でため息を吐きそうになる。非常に馬鹿らしい理由だ。

「それではホーキング、息災でな」
「はい、グンナル様も奥様もお幸せに。私の監督不行き届きで奥様の御心を乱してしまい、申し訳ございませんでした」
 グンナルは頭を下げるホーキングさんに対し一つ頷いてから、ホーキング夫人をひたと見据える。
「ここは私と妻の家だ。妻は優しい女性だから、君の行動を咎めたりはしないだろうが、私は違う」
 こんなあからさまな脅しを口にするとは思わなかった。
 表面に現れているよりも、かなり怒っているみたい。グンナルってば、これはさっき触れた時、私の記憶を視たよね。
 慌てて間に入るけど止める為じゃなくって、この喧嘩は私のだから、自分で決着をつける為。

「あなた、お気遣い感謝致します。ですが、ホーキング夫人はもう訪ねてはいらっしゃらないでしょうから、ご心配には及びませんわ」
 グンナルににっこりと微笑んで、絡めた手を持ち上げて頬を寄せる。

「ホーキング夫人、先程のご心配痛み入ります。ですが夫のギフトは私にとっては素晴らしい贈り物です。それは愛する夫の一部なのです。どうぞ貴女の使命感はお忘れになって、ご家族で幸せにお過ごしください」
 えー、意訳しますと『人の好みにケチ付けて、家庭に土足で踏み込むな。金輪際口出ししないで家族サービスでもしてなさいっ』って感じでしょうか。

 彼女にも、羞恥に顔を赤くするくらいの常識は残っていたみたいだ。
「お幸せに……」と消え入りそうな声で述べて、夫と共に場を辞した。

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