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本編
5 茶会と郷愁
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この世界には魔術素養と呼ばれる特殊能力が存在する。
私の場合は、翻訳能力がそれに当たるらしい。地味に私もファンタジーの一員。
しかもその能力はこの世界の全ての言語に及ぶと思われます。実験したわけではないから定かではないけど、少なくとも隣国の機密文書を軽々と訳せるし、暗号文も私にとっては普通の翻訳作業なのだ。
結構な機密扱いらしく、この能力の詳細を知っているのは異世界人である件と同じく、王都に滞在中の旦那様のご両親、そして王家の方。館内では旦那様とロレンさん、セブンスさんのみだ。
この二年で領地の守りが強固になったのは、この能力による所も大きい。
尽くこちらに先回りされるため、隣国の国境領は疑心暗鬼に陥ってくれているので、小競り合いもとんとご無沙汰である。
苦し紛れに誘拐なんて手を思いついてしまうくらいには追い詰められている。
まあ、旦那様ももちろん許す気はないので、これを機に国境問題が一気に解決――は無理でも、小休止くらいになってくれれば良いんだけど。
そして小競り合いが減って嬉しい反面若干うざい展開に……失礼、王都の貴族ご令嬢にとってチャンス到来な訳ですよ。
来るわ、来るわ、国境付近の兵士慰問という名の押しかけ見合いが。
一応私が居るんだけどね~。ほんと誰だよ、夫婦仲が冷え切ってるとか噂流した奴!
そりゃ、やって来るのがアレクやリームみたいなご令嬢なら私も文句はありません。
可愛いお花は大好きだ!
でもね、忘れちゃいけません。
旦那様は女運ないんです!!
ハイカラー家のマリーみたいな娘がポコポコと……新兵訓練とかに送り込んでやりたいわー。
・・・・・・・・・・
今日はそんなご令嬢達と楽しくもないお茶会です。
正直ご令嬢達の悪意なんてどうって事無いんですけどね。何がキツイって、混ざる香水の匂いで気持ち悪くなりそうなのがキツイ。紅茶の香りも分からないくらい鼻が麻痺してるよ。
ブラック領は毎日の入浴が習慣化してきているので、強い香水で体臭を誤魔化す必要はない。皆香水は控えめだ。水と温泉が豊富で、公衆浴場が建設出来たのも大きいと思う。体を清潔に保つのって、健康にも繋がるしね。(ここは日本人として譲れなかった!)
それに引き換え王都で水は貴重だから、毎日入浴なんて習慣はない。結果彼女達の香水はきつめになる。お風呂の使用のお勧めはしたけど、習慣ってなかなか変わらないからね。
香水が強ければ強い程、アピールになると思っている節がある。
授業参観じゃないよ? やめて! 私が吐くから!
「奥様、この後のご予定もございますし、そろそろ……」
私の顔色を心配して、リームが声をかけてくれる。
「まあ、ブラック伯爵夫人。お顔の色が優れませんわ。どうかなさいまして?」
目ざとく令嬢A(面倒なので名前覚えてられんわ)が顔色を指摘してくる。
「本当ですわ! お身体が弱くていらっしゃるのかしら? ゆっくり休まれるべきですわ」
令嬢Bが便乗する。
「そうですわ! 少しご実家にお戻りになって御静養でもなさったらいかがかしら」
令嬢Cが心配する振りも忘れて本音を口にする。
三人からは、帰る実家なんてないでしょうけど! という声が聞こえてきそうだ。
うん、気持ち悪過ぎてどうでもいいや。面倒臭くなって、本音をぶっちゃけてやろうかと口を開いたところで、リームに手を握られた。
見ると、リームは微笑みながら首を小さく振る。その視線の先を追うと、納得しました。
「随分と楽しそうだ。遠くからでも笑い声が聞こえましたよ」
営業スマイルの旦那様を久々に見たな。嘘くさ~い。
開いた扉から入ってきた旦那様に、ご令嬢達は一気にテンションが上がったみたいできゃあきゃあしてます。
「御機嫌よう、グンナル様。是非ご一緒にお茶でもいかがかしら?」
令嬢Aが声をかけている。この茶会の主催私なんだけどな……。
躾がなってないと言っていた旦那様の言葉を思い出しました。王都は何でこんな残念物件ばっかり送ってよこすのかね?ちらりと周りに視線を動かすと、控えていたメイドや侍従までが残念な子を見る目をしてますよ。
確か令嬢Aは侯爵令嬢だったんじゃ……。ないわー。
「お茶は好きだが香水は苦手でね。妻も私も気分が悪くなってしまうんだ。申し訳ないがこれで失礼させて頂くよ」
そう言って旦那様は私を軽々持ち上げた。
お姫様抱っこは結婚式にウエディングドレスでが夢だったんだけどな。そもそも叶いそうにないから、まあいいか。
旦那様は扉の前まで来て、固まるご令嬢達に振り向く。
「そうそう。妻は別に身体が弱いわけではないし、静養は必要ない。もし必要になっても、実家になど戻らない。――ここがカオルの家だから」
令嬢達の顔を順繰りに眺めながら、営業スマイル。ですがちょっと威圧感が漏れてますよ。
流石に皆さんきゃあきゃあ言いませんでした。
そのまま寝室まで運ばれましたが、ベッドは固辞しましたよ。ただの香水酔いだから。
ソファに降ろされた所で事情聴取開始です。
「まずは、ありがとうございます。三位一体の香水攻撃にヘロヘロしてたので助かりました」
「なんだ、彼女達のいびりに参っていた訳ではないのか」
「んな訳ありませんって。そんなことよりも彼女達にばれましたよ? 私の記憶を視た事」
旦那様は今、手袋をしていない。令嬢達の会話も聞こえる距離じゃなかった。
考えられる答えはひとつ。彼女達もきっと気付いただろう。
「明日には帰るだろう。俺の所に嫁げば、隠し事なんて出来なくなる」
ニヤリと片頬だけあげてみせる。
「……ワザとですか。相変わらずの女運の悪さには同情しますけど、やり方が自虐的ですよ」
これで全員逃げるように帰って行ったら、自分が傷つくくせに。
ソファの背に囲う様に手を置いた旦那様の頭を、ワシワシとしてみた。
旦那様が仕事に戻るため出て行ってから、リームがお茶を用意してきてくれた。
「フレッシュハーブのお茶です。レモングラスを多めにしましたから、すっきりされますよ」
「ありがと、リーム。大好きだよー」
ありがたくお茶を頂く。
「ご令嬢達は予定を切り上げてお帰りになられるそうです。明日の朝には発つとの事でした」
「はは、さっすが旦那様。そんなに視られるのって嫌かな?」
「私共は伯爵様がそのギフトを悪用などされないと知っておりますが、何を視られるか分からないというのは気分のいいものではないかもしれませんね」
「そっかあ」
それからしばらくお茶を堪能しながら、窓越しに庭を眺める。
「カオル様」
リームが意を決したように口を開く。
「ん~?」
「今お心を曇らせているのはご令嬢達の事ではないのですね。――私では何かの助けにはなりませんでしょうか?」
「リームはいつも真直ぐだよね。ありがとう。…………私の実家はとってもとっても遠い所にあるの。
ここに来たばかりの時は、帰りたくてしょうがなかった。今だって帰れるものなら帰りたい」
「カオル様、それは!」
リームを手で制する。
「そう、思ってたはずだったんだけどね。旦那様にここが家だと言われて、ホッとしてしまったの」
たったの二年間居ただけの場所。
二十八年生きていた場所よりも、そこに執着している自分。
どれだけ調べても、たまにいるという異世界人が帰ったという話は出てこないし、帰る方法も見つからない。それでも、帰りたいと口にするのを止めた途端本当に帰れなくなりそうで。
あちらに中途半端に置いてきた全てに対する、裏切り行為みたいで。
気が付いたらソファに座る足元にリームが跪いていた。
ギュッと手を握られる。
さっきのお茶会よりもずっとずっと強い力で。
「ここはカオル様の家です。伯爵様はカオル様の家族です。私にとってカオル様はかけがえのない方。家族の様に慕っております。……そう思ってはいけませんか?」
真直ぐな心を見せてくれる、その素直さに縋りたくなる。
しっかりしろ! 私!
ソファから降りて跪き、彼女の背に腕を回す。
「ありがとう。私もリームを家族だと思ってる」
しばらくそのまま彼女の背を撫でて、自分の気持ちと緩みそうになる涙腺を立て直す。
「さあて、夕食会の準備の様子を見に行かなきゃね!お嬢さん達は欠席かもしれないけど、アレクには会えるはずだから」
私はリームの手を引きながら、気持ちを切り替えるように立ちあがった。
私の場合は、翻訳能力がそれに当たるらしい。地味に私もファンタジーの一員。
しかもその能力はこの世界の全ての言語に及ぶと思われます。実験したわけではないから定かではないけど、少なくとも隣国の機密文書を軽々と訳せるし、暗号文も私にとっては普通の翻訳作業なのだ。
結構な機密扱いらしく、この能力の詳細を知っているのは異世界人である件と同じく、王都に滞在中の旦那様のご両親、そして王家の方。館内では旦那様とロレンさん、セブンスさんのみだ。
この二年で領地の守りが強固になったのは、この能力による所も大きい。
尽くこちらに先回りされるため、隣国の国境領は疑心暗鬼に陥ってくれているので、小競り合いもとんとご無沙汰である。
苦し紛れに誘拐なんて手を思いついてしまうくらいには追い詰められている。
まあ、旦那様ももちろん許す気はないので、これを機に国境問題が一気に解決――は無理でも、小休止くらいになってくれれば良いんだけど。
そして小競り合いが減って嬉しい反面若干うざい展開に……失礼、王都の貴族ご令嬢にとってチャンス到来な訳ですよ。
来るわ、来るわ、国境付近の兵士慰問という名の押しかけ見合いが。
一応私が居るんだけどね~。ほんと誰だよ、夫婦仲が冷え切ってるとか噂流した奴!
そりゃ、やって来るのがアレクやリームみたいなご令嬢なら私も文句はありません。
可愛いお花は大好きだ!
でもね、忘れちゃいけません。
旦那様は女運ないんです!!
ハイカラー家のマリーみたいな娘がポコポコと……新兵訓練とかに送り込んでやりたいわー。
・・・・・・・・・・
今日はそんなご令嬢達と楽しくもないお茶会です。
正直ご令嬢達の悪意なんてどうって事無いんですけどね。何がキツイって、混ざる香水の匂いで気持ち悪くなりそうなのがキツイ。紅茶の香りも分からないくらい鼻が麻痺してるよ。
ブラック領は毎日の入浴が習慣化してきているので、強い香水で体臭を誤魔化す必要はない。皆香水は控えめだ。水と温泉が豊富で、公衆浴場が建設出来たのも大きいと思う。体を清潔に保つのって、健康にも繋がるしね。(ここは日本人として譲れなかった!)
それに引き換え王都で水は貴重だから、毎日入浴なんて習慣はない。結果彼女達の香水はきつめになる。お風呂の使用のお勧めはしたけど、習慣ってなかなか変わらないからね。
香水が強ければ強い程、アピールになると思っている節がある。
授業参観じゃないよ? やめて! 私が吐くから!
「奥様、この後のご予定もございますし、そろそろ……」
私の顔色を心配して、リームが声をかけてくれる。
「まあ、ブラック伯爵夫人。お顔の色が優れませんわ。どうかなさいまして?」
目ざとく令嬢A(面倒なので名前覚えてられんわ)が顔色を指摘してくる。
「本当ですわ! お身体が弱くていらっしゃるのかしら? ゆっくり休まれるべきですわ」
令嬢Bが便乗する。
「そうですわ! 少しご実家にお戻りになって御静養でもなさったらいかがかしら」
令嬢Cが心配する振りも忘れて本音を口にする。
三人からは、帰る実家なんてないでしょうけど! という声が聞こえてきそうだ。
うん、気持ち悪過ぎてどうでもいいや。面倒臭くなって、本音をぶっちゃけてやろうかと口を開いたところで、リームに手を握られた。
見ると、リームは微笑みながら首を小さく振る。その視線の先を追うと、納得しました。
「随分と楽しそうだ。遠くからでも笑い声が聞こえましたよ」
営業スマイルの旦那様を久々に見たな。嘘くさ~い。
開いた扉から入ってきた旦那様に、ご令嬢達は一気にテンションが上がったみたいできゃあきゃあしてます。
「御機嫌よう、グンナル様。是非ご一緒にお茶でもいかがかしら?」
令嬢Aが声をかけている。この茶会の主催私なんだけどな……。
躾がなってないと言っていた旦那様の言葉を思い出しました。王都は何でこんな残念物件ばっかり送ってよこすのかね?ちらりと周りに視線を動かすと、控えていたメイドや侍従までが残念な子を見る目をしてますよ。
確か令嬢Aは侯爵令嬢だったんじゃ……。ないわー。
「お茶は好きだが香水は苦手でね。妻も私も気分が悪くなってしまうんだ。申し訳ないがこれで失礼させて頂くよ」
そう言って旦那様は私を軽々持ち上げた。
お姫様抱っこは結婚式にウエディングドレスでが夢だったんだけどな。そもそも叶いそうにないから、まあいいか。
旦那様は扉の前まで来て、固まるご令嬢達に振り向く。
「そうそう。妻は別に身体が弱いわけではないし、静養は必要ない。もし必要になっても、実家になど戻らない。――ここがカオルの家だから」
令嬢達の顔を順繰りに眺めながら、営業スマイル。ですがちょっと威圧感が漏れてますよ。
流石に皆さんきゃあきゃあ言いませんでした。
そのまま寝室まで運ばれましたが、ベッドは固辞しましたよ。ただの香水酔いだから。
ソファに降ろされた所で事情聴取開始です。
「まずは、ありがとうございます。三位一体の香水攻撃にヘロヘロしてたので助かりました」
「なんだ、彼女達のいびりに参っていた訳ではないのか」
「んな訳ありませんって。そんなことよりも彼女達にばれましたよ? 私の記憶を視た事」
旦那様は今、手袋をしていない。令嬢達の会話も聞こえる距離じゃなかった。
考えられる答えはひとつ。彼女達もきっと気付いただろう。
「明日には帰るだろう。俺の所に嫁げば、隠し事なんて出来なくなる」
ニヤリと片頬だけあげてみせる。
「……ワザとですか。相変わらずの女運の悪さには同情しますけど、やり方が自虐的ですよ」
これで全員逃げるように帰って行ったら、自分が傷つくくせに。
ソファの背に囲う様に手を置いた旦那様の頭を、ワシワシとしてみた。
旦那様が仕事に戻るため出て行ってから、リームがお茶を用意してきてくれた。
「フレッシュハーブのお茶です。レモングラスを多めにしましたから、すっきりされますよ」
「ありがと、リーム。大好きだよー」
ありがたくお茶を頂く。
「ご令嬢達は予定を切り上げてお帰りになられるそうです。明日の朝には発つとの事でした」
「はは、さっすが旦那様。そんなに視られるのって嫌かな?」
「私共は伯爵様がそのギフトを悪用などされないと知っておりますが、何を視られるか分からないというのは気分のいいものではないかもしれませんね」
「そっかあ」
それからしばらくお茶を堪能しながら、窓越しに庭を眺める。
「カオル様」
リームが意を決したように口を開く。
「ん~?」
「今お心を曇らせているのはご令嬢達の事ではないのですね。――私では何かの助けにはなりませんでしょうか?」
「リームはいつも真直ぐだよね。ありがとう。…………私の実家はとってもとっても遠い所にあるの。
ここに来たばかりの時は、帰りたくてしょうがなかった。今だって帰れるものなら帰りたい」
「カオル様、それは!」
リームを手で制する。
「そう、思ってたはずだったんだけどね。旦那様にここが家だと言われて、ホッとしてしまったの」
たったの二年間居ただけの場所。
二十八年生きていた場所よりも、そこに執着している自分。
どれだけ調べても、たまにいるという異世界人が帰ったという話は出てこないし、帰る方法も見つからない。それでも、帰りたいと口にするのを止めた途端本当に帰れなくなりそうで。
あちらに中途半端に置いてきた全てに対する、裏切り行為みたいで。
気が付いたらソファに座る足元にリームが跪いていた。
ギュッと手を握られる。
さっきのお茶会よりもずっとずっと強い力で。
「ここはカオル様の家です。伯爵様はカオル様の家族です。私にとってカオル様はかけがえのない方。家族の様に慕っております。……そう思ってはいけませんか?」
真直ぐな心を見せてくれる、その素直さに縋りたくなる。
しっかりしろ! 私!
ソファから降りて跪き、彼女の背に腕を回す。
「ありがとう。私もリームを家族だと思ってる」
しばらくそのまま彼女の背を撫でて、自分の気持ちと緩みそうになる涙腺を立て直す。
「さあて、夕食会の準備の様子を見に行かなきゃね!お嬢さん達は欠席かもしれないけど、アレクには会えるはずだから」
私はリームの手を引きながら、気持ちを切り替えるように立ちあがった。
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