上 下
17 / 53
本編

16 フローレンス 前編

しおりを挟む
 

 いよいよ明日はレティレナの誕生日。

 午後に入って、バストーヴァの城に宿泊をする親しい客人の馬車も到着している。兄達や城の人々は、彼らの相手で大忙しだ。
 一方レティレナは時間をもてあましていた。
 彼女は美しい包み紙に隠された明日の主役。お披露目の瞬間より前に姿を見せては、観客の驚きが不足してしまうと云うもの。

 だからいつもの通り、薬草園の手入れと必要な植物の摘み取りを行う。
 浮き足立つ城内をよそに、レティレナの日課は変わらなかった。大人になったら全てが変わるような気がしたけれど、案外何も変わらないのかもしれない。相変わらず、まだまだレティレナは蚊帳の外だ。
 ランバルトも二日前に城を発ったまま、戻っていない。

 そう、ちょうどレティレナが口づけを贈った午後に。
 もしかして、逃げ出すほど嫌だったのか。
 それならければいいのに。……避けなかったくせに。
 気兼ねなく会える子供の時間は、明日には終わりを迎えてしまうのに。

 顔を合わせないせいで、思考がどんどん下向きになってしまう。
 彼の行き先を兄達が教えてくれないのも、要因の一つだ。兄達はいくらランバルト不在の理由を聞いても、ニヤニヤと笑ってはぐらかす。気持ちが悪いったらない。
 彼女が少しへそを曲げているのはそのせいだ。

 薬草園から戻ったところで声をかけられた。

「タンジェが裏門で待っているの?」
「はい。お話が通っているはずだとおっしゃいまして、どうしてもと」

 使用人から取り次いで、レティレナに伝えた侍女のジルは困り顔だ。

「……あ。ああっ! わかったわ。すぐに向かうと伝えておいて」
「ですがタンジェ様は――」

 父親と喧嘩をして家を飛び出したり、兄達が怖くてレティレナのところへ直接顔を出したりと、端から見るとお騒がせばかりのタンジェは、こってりとゲイルに絞られ、レティレナの誕生日まで謹慎を言い渡されていた。レティレナと会うなんて、もってのほか。

 叔父からは収穫祭と誕生日欠席の詫び状が届いている。しかしゲイルが使いを送ったので、王都からこちらに向かっているはず。叔父にタンジェの滞在を知らせない訳にもいかない。
 それを受けて、叔父夫婦は今日の夕方にも到着する予定になっていた。
 タンジェに、ザーク叔父とバストーヴァで直接対決をせよとのゲイルの計らいだ。
 叔父の領分の王都ではなくバストーヴァで対決させるのは、ゲイルらしい励ましなのだけれど。はたしてタンジェに伝わっているかは疑問だ。

「いいの。気晴らしに馬車に乗せてくれるって、タンジェと約束していたのよ。うっかりしてたわ。伝え忘れてごめんなさい」

 そう言ってレティレナが眉を下げると、ジルは頬を赤くして首を振る。新しい侍女は王都出身のとても有能な娘なのだが、レティレナが笑み崩れると途端に本人の淑女の仮面も崩れる。申し訳ないと思いつつレティレナは、我が侭を押し通す時にはちょっぴり意識して微笑むことにしていた。

「お二人だけなど、なりません。差し出がましいようですが、どうぞ私もお連れください」
 ジルにしてはきっと一大決心の言葉だ。彼女がこんなに踏み込んで来たことは今までなかった。
 レティレナは嬉しく思うが、今はちょっとだけ困る。
 何せ、ジルや教育係や叔母の教えてくれない結婚後の自由について、フローレンスに聞きたいのだから。

「ありがとう。でもね、実は兄様達には内緒なのだけれど、タンジェの大切なお友達も一緒なの。二人だけじゃないのよ?」
「それでは余計にいけませんわ」
 ジルの目が使命感に燃えている。

「落ち着いて? その大切なお友達っていうのはね、フローレンスという王都の貴婦人なの」
「まあっ」

 手短に、相手が未亡人でタンジェの片恋なのだと匂わせる。ジルは驚きすぎて、「まあ」しか言わなくなってしまった。彼女は両手を口に当てて、途端にきらきらと目を輝かせた。
 どんな時もお芝居のような恋物語は、若い娘の好物なのである。ジルも例外じゃない。
 世事に疎いレティレナだって、二人の境遇にぐっときてるくらいなのだ。

「それにジル、あなた今日は朝から一度も休憩を取ってないでしょう? ちゃんと休んでちょうだい」
 レティレナ自身は時間をもてあましていたけれど。専属侍女のジルは朝から大忙しだった。明日のドレスや髪、小物の確認など。レティレナの世話をしながら準備をこなしていた。

「あ、ありがとうございます」
 じっと瞳を見つめながら言うと、ジルは首下までをほんのり赤く染めあげて、恥ずかしそうに頷いた。

「ゆっくりしてきて。――そうね、午後のお茶を楽しむ程度の時間よ。あんまり遅くなったら、タンジェがゲイル兄様に今度こそ簀巻きにされちゃう」

「簀巻きですか? 領主様が。ジャイス様ではなく」

「あら。そこで名前が出てきてしまうなんて、ジャイス兄様はジルに何をしたの? 私がとっちめてきましょうか」

「いえそんな! とんでもありませんっ」
 レティレナが眉を上げると、ジルはぶんぶんと音がしそうなくらい首を振った。あまりに振りすぎて立ちくらみでも起こしそうだ。

「冗談よ。さすがに相手がタンジェでも、簀巻きは十歳までよね」

「問題は年齢なのでしょうか……」
 と、ジルが何故か遠い目をする。そういえば、ファリファも時たまこんな目をしていた。

「誕生日の前日に一番暇なのって、本人だと思わない?」
 レティレナがそう付け足して笑うと、ジルもようやく笑みを返してくれた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

天然王妃は国王陛下に溺愛される~甘く淫らに啼く様~

一ノ瀬 彩音
恋愛
クレイアは天然の王妃であった。 無邪気な笑顔で、その豊満過ぎる胸を押し付けてくるクレイアが可愛くて仕方がない国王。 そんな二人の間に二人の側室が邪魔をする! 果たして国王と王妃は結ばれることが出来るのか!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...