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シャーロット
どうしてこんなことに 4
しおりを挟む「なんて無茶をしたの」
船室に戻るなり、シャーロットは溜息交じりで隣のウィルフリッドを見上げた。
「それはこちらの台詞です。何故あんな怪しいものを飲もうとなんてしたのです」
やや上気した顔で、ウィルフリッドが言い返す。そろそろ半時が経つ。媚薬の症状が出始めたのだろう。
「毒と同じく、殆どの媚薬は私に効きません。お母様の教育方針でしたから。お蔭で婚約が決まってから、慌てていらっしゃいましたけれど」
父王が政変を起こすまで、リースデンの王宮は人妖跋扈する危険地帯だった。シャーロットの母親は、子を毒殺されることを恐れるあまり、幼少よりシャーロットと兄に毒の耐性を付けさせようと躍起だった。父王に露見して止められるまで続いたそれは、随分と行き過ぎていて、彼女にとって軽くトラウマである。
毒の耐性の副次効果で、媚薬も効きづらいと知れてからの母の慌てっぷりは、少し愉快だったけれど。
「ウィル、あなた毒の耐性は?」
「伯爵家の三男坊あたりにそんなもの、ありませんよ」
「そう。では今夜はきちんとベッドを使いなさい。これは、命令です」
「……仰せのままに」
律儀に騎士の礼を取るウィルフリッドを引っ張り、ベッドの端に座らせた。これまで夫婦として同室をあてがわれても、ウィルフリッドは長椅子を窮屈そうに寝床としてきた。
けれど今夜だけはそうもいかないだろう。
媚薬にもいろいろと種類がある。
なんとなく気分を高揚させ香りを楽しむ程度のものから、わりとガッツリ処女を喘がせてしまうような依存度高めのものまで。
「症状だけでも教えてくれる? 媚薬も王宮で使われるものから、市井の安物までピンキリなの。効能効果、副作用もまちまちだわ」
「お詳しいのですね」
「もちろんよ。あのお母様が閨教育に力を入れない筈がないでしょう。もっとも、どれも毒の範疇にカウントされて、私には効かなかったけれど」
「それは――」
シャーロットを見上げるウィルフリッドの瞳には、剣呑な光が宿っていた。
(悪感情を表に出すなんて珍しい。いつも柳みたいに笑って受け流してばかりなのに。……これも媚薬の効果なのかしら)
ほんの少しだけ楽しく思いながら、シャーロットは十五歳も年上の騎士の肩を押して、横にならせた。
◇◇◇
あれからだいぶ時間が経ち、時計の針は真夜中に近づいている。
ウィルフリッドはよく耐えていた。けれど症状は、収まるどころか悪化する一方。
「ひめ……さま? 一体、どうなさったんです」
夜半過ぎ、深く眠ることも出来ず苦しんでいたウィルフリッドは、自分の上にかかった影に気付き目を開けた。影となり、上手く表情の読めないシャーロットが、体を丸めたウィルフリッドに顔を近づけてくる。
ふわりと甘い女の香りを感じてしまい、きつく眉を寄せる。薬のせいで主君の娘に欲情するなど、情けないにも程がある。
シャーロットは更に苦しみ出したウィルフリッドを見下ろして、神妙な顔で口を開いた。
「ウィルフリッドに、ちょっと残念なお知らせがあります」
「ガラングリ?」
聞いたことのない名前にウィルフリッドがぼんやりと返す。シャーロットは頷いて話を続けた。
「南の島原産の植物の樹液が原料でね。安価で効果が高いのだけれど、難点があるの」
話しながら、意識が会話に向いているうちに、仰向けにして上着を脱がせる。
ウィルフリッドが横になってすぐ、船室のドアが控えめにノックされた。
訪問者はシラントに手を上げられそうになっていた女性である。マリーと名乗った彼女は、ディアドーレの高級娼婦だった。一夫一妻制を布くディアドーレにも娼館があるのだと、一瞬シャーロットは首を傾げそうになって、それはそうかと思い直す。
シャーロットが扉から滑り出ると、マリーはいきなり頭を下げた。
「だって、だって。新婚で蜜月だというのに、お二人の雰囲気は全然……。昼間も夜も普通に船内を歩き回るし。新婚で朝食の時間に間に合うなんて、ありえません!」
涙目で訴える姿は、麗しい令嬢にしか見えない。但し言ってることは、かなりぶっ飛んでいる。
そんな彼女を前に、シャーロットは張り付けた笑顔が引き攣っているのを自覚した。シャーロットとウィルフリッドの新婚演技は、マリーにとって随分と不自然に映ったようだ。
(ディアドーレの新婚の認識が分からないわ。みんな、朝食の時間に間に合わないものなの? …………アリア叔母様は無事かしら)
「私、ロッテさんに恩返しがしたくって。だからシラント様が持っていた媚薬をこっそり持ち出して……」
「ええとそれで。マリーさんは、取り巻きたちを蹴散らしたウィルに、媚薬入りの飲み物を渡した、と」
「はい! ロッテさんとお揃いで飲んだら、お二人で盛り上がれるかなって!」
マリーが力強く頷いた。
そこはシャーロットに媚薬を盛ろうとするシラントを、止めるところではないのか。なぜもう片方にまで盛ろうとするのか。しかも媚薬はあのガラングリである。
ウィルフリッドはシャーロットのもとに急ぐあまり、リスクと速さを天秤にかけて、速さを優先したのだ。シラントから庇ってから数週間。彼女がシャーロットに好意的だったのも大きいだろう。
思わず天を仰ぐ。
つまり、ウィルフリッドは二重で媚薬を盛られたことになるらしい。
「どうしてこんなことに」
今にも土下座を始めそうなマリーをなだめ、「勝手に媚薬、ダメ、絶対」と言い聞かせて戻らせ、シャーロットは遠い目をして呟いた。
「難点、とは、どんな」
上着を脱がされ少し呼吸が楽になったのだろう、ウィルフリッドが大きく息を吐く。
「摂取量が多すぎた場合、高められた熱をきちんと発散させて効能を吐き出さないと、効果が体内に沈殿して快楽堕ちするの」
シャーロットはウィルフリッドのシャツのボタンに取り掛かりながら、意識して明るい声を出した。
「かい…………え、えええ!?」
驚いて身を起こそうとするウィルフリッドの膝の上に乗り上げ、関節を押さえて動きを封じながら、首を振る。
「大変なもの、飲まされちゃったわね!」
言い切ると、ウィルフリッドは絶句した。
容量を守ればそんなことはなかったのだが。量が多いと、手足が自由に動かせなくなり、それでいて感覚はなくなるどころか過敏になる。その上熱をきちんと発散させないと、依存症になってしまう。
それはかなり、まずい。
「大丈夫、座学は苦手だけれど閨の授業は一応聞いたもの。やってるうちに感覚を掴めるはず。ウィルフリッド、快楽堕ちしないように一緒に頑張りましょうね!」
ウィルフリッドを見下ろしながら、シャーロットは笑顔で拳を握る。
彼はシャーロットの自慢の騎士で、忠臣で、師匠でもあるのだ。
こんな馬鹿げた理由で失うなんて、絶対に許せない。
戸惑いや恐怖よりも怒りが上回り、シャーロットは俄然やる気が出てきた。
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