異文化交流恋愛 短編集

アルカ

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陣川あおいの場合

チョコレートは捧げもの

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「おはようございます、佐藤部長」

 私、陣川あおいは、いつものように颯爽と部屋に入ってきた部長に笑顔で挨拶をした。

「おはよう、あおい君。いい加減、私のことはサリアと呼んでくれないか?」
「またまた。尊敬する部長のことを名前で呼ぶなんて。私には百年早いです」
「君は相変わらずお堅いな」

 ちょっと寂しそうな部長の顔に、ちょびっと罪悪感がつのる。
 私、そんなにお堅い人間じゃ無いんだよね。
 けれど仕方ないのよ、部長の後ろでめっちゃ上背のある男二人が睨んでいるんだもん。

 奴ら――ミギーとサノッチは、部長の秘書に配属された初日、給湯室に私を呼び出してある取引を持ちかけてきたのだ。
 ちなみにミギーとサノッチっていうのは、彼らがいつも右と左の受け持ち決まってるみたいに、変わらず部長の後ろ左右にひっついて立っているから勝手に付けたあだ名です。
 本名、教わってないんで。

 その取引とは、部長の名前を決して呼ばないこと!

 それを守れば、社員食堂の昼食日替わりランチ券を毎日進呈。
 守れなければ拉致監禁の運命が私を待つ……らしい。
 ふざけてるんだか警察駆け込んだ方がいいんだか、判断に苦しむ二択を突きつけてきた。

 入社二年目の私は、会社ってそういうものなのかなー。怖いわー。長いものには巻かれておこう。てか食券ゲットは普通においしくない?
 という短絡的な思考と、事なかれ主義な性格にのっとって、高速で頷いたのである。
 そして現在、四月配属から十ヶ月が過ぎたわけです。


 唐突ですが、私の上司はとってもよくおモテになる。

 政府主導の異文化交流というよくわからない名目により、別会社からの交換人員として送られてきた特任部長。
 それが我が上司、佐藤サリアさん。
 背中までの深い藍色がかった黒髪は自然なウェーブ、涼しい柳眉は筆で描いたような芸術的仕上がり。睫毛はばっさばさだし、大きな瞳は赤っぽく見える黒で素敵。

 部長は、とんでもない美少女でした。
 絶対年上のはずなんだけれど。年齢不詳にも程がある。
 貫禄はあるのに見た目めっちゃ美少女なんですよ。

 身体にぴったりと吸い付くようなスーツは絶対オーダーメイド。
 私と同じくらいの身長だから百六十センチそこそこなのに、腰の位置が違う。手足とシルエットはモデルのようにスレンダー。
 膨らみのささやかな胸元も、ばっちりメイクが無かったら、少年のような中性的な魅力を引き立てるスパイス。くらっときちゃいそうになる。
 実際、隣の部の部長がくらっときて、おしりを触ったとか触らないとか。たぶん触ったな。中途半端な時期にオホーツク支所に飛ばされたから。

 もう、同性としての嫉妬とか湧かないよね。
 タダひたすら毎日拝んでいます。

 言い過ぎなんかじゃない、私の上司は女神様です!(見た目美少女の)

 毎朝お付きのミギーとサノッチ(違う部署なのに毎日送ってくる男達)を従えて出社すれば、花が咲き乱れ人が倒れる。
 花は私のフィルター通した比喩ですが、人が倒れるのはマジです。
 なんで倒れるのかはわかりません。
 みんな幸せそうな顔で倒れてるので、きっと部長からはいい匂いのフェロモンとか出てるのかもね。
 私?
 綺麗だな~とは思うけど倒れたことはありません。倒れるなんて勿体ないし。
 ガン見ですよ。主にその美しいお顔と所作と低めな美声をだな……おっといけない、本性が。
 そんな訳で部長付き秘書に入社二年目にして大抜擢され、このデスクに就いてます。

 上司は見た目美少女の有能キャリアで優しく、お昼はタダ。
 ここはもしかしたら、天国かもしんない!


「部長はミギーとサノッチにチョコをあげたりするんですか?」
「ん?」

 三時休み、部長と私の分の紅茶を入れてデスクまで運びながら、何の気なしに話題を振ってみた。
 今日のお茶はシャンパンのような香りがふわりと香るフレーバーティー。
 チョコに合わせるならこの香りに限る。と思う。

 今日は二月十四日。
 バレンタインデーという名の糖質営業日じゃないですか。

「日々のねぎらいとかを兼ねて……ああでも、部長の母国では違うのでしょうか。日本とアジア圏くらいですよね、バレンタインにチョコレート乱舞って」

 部長はどうやらハーフでいらっしゃるらしい。といっても、ご本人に聞いたわけじゃないんだけど。見た目日本人の平面顔からかけ離れてるから、違うと思うんだよね。
 でも名字佐藤だしなぁ。
 ぶっちゃけ、そんな個人的なことぽんぽん聞けないしね!

 私の話に首を傾げていた部長がぽんと手を打つ。

「ああ、それでどうも社内が甘い匂いで充満しているのか。私は今日は違う記念日だと聞いていたので、戸惑っていたのだが。納得だな」

 部長はよくこういうことがある。
 日本においては当たり前すぎる行事でも、たぶんみんな気後れして伝えられないのだ。
 もしくは伝える前に倒れる。

「違う記念日ですか?」

「うむ。ふんどしの日だと聞いている。敬愛する隣人達に、古式ゆかしき文化を広める祭典だと」

 ふんどし!?
 え、ふんどしって褌?
 一反木綿ぽい……あれか?

「因みにどなたから……」
「あおい君の呼ぶところのミギーとサノッチだ。あいつら私からのふんどしに、泣いて喜んでいた」

 部長はご満悦で、しきりに頷いている。
 美(少)女にバレンタインデーであることを告げずに、褌の日を教えるとは。
 素早くスマートフォンで検索すれば、確かに今日は褌の日だった。

「それ思いっきり私欲にまみれた性癖暴露やんっ!? くそっあいつら無表情を装おって高度なプレイを!」
「?? 安心しろ、あおい君の分もあるぞ」

 ちょっと頬染めながら部長が上目遣いで言う。
 いや、嬉しい。部長からのプレゼント嬉しいけどね。

「違う! そうじゃないっ」

 思わず素とツッコミが漏れてしまった。
 ぽかんと見上げる部長、ちょっと可愛いです。
 あどけなさ倍増。
 ほんと、メイク落としたら二十二時以降はカラオケボックス出入り禁止な年齢って言われても頷くわ。
 あ、まずい。
 私もこれかなりマニアックな癖を拗らせそう。ミギーとサノッチ、ナイス。

「こほん。部長、世界では諸説あるようですが、日本では女性が男性に親愛の情を伝えるために始まったイベントで、長じて身近な人々にチョコを贈る行事へと変貌しております。というわけで、バレンタインのチョコケーキです」

 部長の前に、チョコレートケーキを置く。
 食べやすい一人用サイズだけれど、この日限定のスペシャルチョコケーキ。
 私のお気に入りのお店の限定品です。
 予約開始十五分で完売するコレを手に入れるため、私は平日十時休みにトイレに篭もった。それは置いておこう。
 このケーキの為なら、バレンタインは毎月あってもいいって思うくらいの絶品!
 ただしその場合、体重計に乗れない身の上になること請け合いですが。

「これは……あおい君から私への親愛の証ということか……?」

「他の部署の皆さんには内緒です。日持ちする箱入りチョコじゃなくて、ケーキなんて、部長だけなので。そういう意味では限りなく本命に近いですよね!」

 へへっと照れ笑いをすると、部長も何故か真っ赤になってしまった。

「あ、やっぱり気障くさい文言、重かったですかね?」

 部長もけっこう気障な台詞多いから合わせたつもりなんだけど。
 部長は、電車通勤の定期代が勿体ないなら一緒に住もうとか、私の人生の秘書にならないかとか、君の笑顔に乾杯とか、異性に言われたらダッシュで逃げたくなる言葉遊びが好きだから。

「重くなどない。私の堪え忍ぶ日々が報われた気分だ」

 両手でほっぺた押さえる部長、マジ可愛い。
 堪え忍ぶなんたらは分からんけど。
 たまに口調が面白いのよね、部長。やっぱりハーフだからかな?

 二年目でいきなり部長の秘書に抜擢されて、風当たりが強いときもあったけど、この人の下だから続けられた。
 ちゃんと叱ってくれて、ちゃんと褒めてくれる。
 懐の深い素敵な人。
 尊大な王様みたいなところも可愛くて大好きだ。
 例えば部長がおじいちゃんとかでも、きっと関係なく、私は部長には一番のチョコを贈っていたはず。

「あなたをとても敬愛してます、サリアさん」

 満面の笑みで敬意を伝えれば、何故か彼女は床に膝をつき丸くなってしまった。





 二人だけで呼んだなら、ばれないかなって思ったのに。
 世の中上手くはいかないもので。

 翌日何故か男装をして、真っ赤な薔薇の花束を抱えた部長が出社してきた。
 え、というか本当に部長ですか?
 身長二十センチは伸びてますよね。わあ、肩幅パットいらないですね。
 声変わり? 喉仏って……前はあんなにすんなりした可愛い首元だったのに。

 美少女よ、何処へ――つうか、性別詐欺めっ!!

 政府主導の異文化交流。交流先は海外どころか異世界で。
 佐藤部長が百年近く前から交流している『魔界』の魔王の一人だとか。
 番(つがい)に合わせて性別を変える種族で、それまで中性だったとか。中性ですっぴんだと子供にしか見えないせいで、化粧して誤魔化してたとか。
 そりゃあ耐え忍んでいたんでしょうよ……私の萌えを返せっ!!

 番かどうかは名前呼ばれたら確定するから、必死に呼ばせようとしてて。
 それをミギーとサノッチが親切心から止めていたなんて、知るわけ無いでしょ?
 理由! 教えといてよ!
 え? 一度知ったら後戻りは出来ない?
 ほら、某映画みたいにペンライトぴかっとかでどうにか。
 映画の見過ぎ? そうですか、ははっ……。

 拉致監禁って犯人は目の前のゴージャス美少女、改めゴージャス美丈夫だってさあ。
 天国からいっぺん、会社は毎日が綱渡りのスリリングな場所に変わってしまいました。

「あおい君。三月十四日は何の日か知ってるかな」
 長い髪を一つに括った部長が振り向きながら聞いてくる。
 無駄エフェクトで薔薇が散る。
 ガチの薔薇も困るけど、フィルター補正で私の目にそう見えているのだから、色々やばい。
 他のみんなのように倒れはしないけど、見つめられるとくらくらする。

「……菓子業界による次なる糖質営業日。です」

 何か時限爆弾でも仕込まれてるんじゃないかと、用心しながらびくびく返す。

「ふっふっふ。それだけではないのだ。なんと国際結婚の日だ! まさに我々のために制定されたような日ではないかな」

 私は慌ててスマートフォンを取り出す。
 くそっ、本当だった。
 国際結婚の日とか書いてある。おのれ目出度いな!!

「魔界は国なんでしょうか」

「私が国だと言えば国だよ」

「ジャイアニズム……」

 遠い目をした私が、このよくわからない魔王らしい上司と、本当に国際結婚させられるのは、一年後のホワイトデーの話。

 国際結婚は多くもないけど意外に少なくもないって、現地で同胞を見つけて知るのは更にまた別の話。




 おしまい
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