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後日談
生誕祭のふたり
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結婚して初めての生誕祭を迎える、ランクスとアリシアの一場面です。
クリスマスの小話として掲載したものです。
――――――――――――――――
子供の頃、生誕祭はただの贈り物を貰える行事だと思い込んでいた。少し大きくなってくると、豪華な食事をどれだけつまみ食い出来るかを、兄や集まった従兄弟達と競ったりする日だった。延々長話をする大人達には興味なんて持てるはずがない。
軍に入隊してからは、夕食のおかずが一品増えるだけの日でしかなかった。家庭を持つ人間に休みを譲っていたので、大抵夜勤が入っていた。
「なあアリシア、やっぱり無理は良くないと思うんだ」
ランクスは妻の肩に厚手のショールを掛けながら、やんわりと中止を提案してみた。
「まさか! 母のプディングを食べずに年なんて越せません。新婚旅行から帰ってきたロッテとリングネル様に会うのだって楽しみなのに。ランクス? 私は病気じゃないんですよ」
「でもほら、今にも雪が降りそうな寒さだ。暖かくして過ごすべきだって、医者も言ってただろう?」
もう一枚上からショールを掛けようとしたところで、くるりとアリシアがランクスに向き直った。
「もう、そんなにショールばかり要りません。私を雪だるまにするつもりですか。妊娠は病気じゃないし、私は安定期に入ってます。お医者様も適度な散歩は必要だとおっしゃっていたでしょ。フェンクロークの家まで、馬車でほんの少しの距離ですし、ランクスが一緒でしょう」
「でも月齢の割にやや育ちが早い様だって言われたろ。急に産まれたらっ」
アリシアの言う通りだ。それでもランクスは初めての子供に勝手が分からず、起こりうる危険は極力避けたいと思ってしまっていた。
「そんな簡単に産まれません! 馬車は車輪が外れたりはしませんし、御者も酔っ払い運転なんてしません。今現在雪は降っておりませんし、路面は乾いています。もし雪が降っても王都は殆ど一日で溶けてしまいますから、貴方が心配なら、そのまま屋敷に溶けるまで何日でも泊れば良いでしょう?」
「うーん。何で俺の心配してる事を、こうも言い当てられるんだ……」
「全く同じ事を父からも聞かれました。最近二人とも似てきてませんか? 特に過保護さが」
困ったという風に苦笑いをされて、ハルフェイノス並みに自分は過保護になっていたかと、ランクスは軽く衝撃を受けた。
閉じ込めるつもりは無いのに、最近はどうやらアリシアへの庇護欲が行き過ぎていたらしい。
「……すまん。たまには実家の家族にも、嫁いだ妹にも会いたいよな。俺だって実家に居た子供の頃は、生誕祭に親戚が揃うのは当たり前だったよ。軍に入ってからこっち、殆ど帰って無かったから忘れてた。ごめんな」
「いいえ。今年は貴方の妻になって初めての生誕祭だったから、本当はご実家にお邪魔したかったのです。でも私の体調の都合で行けなくなってしまって。ごめんなさい」
「それは解決した話だろ。喜びこそすれ誰もアリシアを責めたりしないぞ。俺の両親だって、雪解けで王都まで遊びに来るのを楽しみにしてるんだから」
ランクスの両親はどちらかというと、ド田舎から王都へ幾らでも遊びに来れる口実が出来て、大喜びしてるくらいだ。宿代が浮くとか考えているだろう。田舎子爵なんてそんなものだ。
ランクスはアリシアの顔に手を添えて両頬を包んだ。子供を身籠ってから少し泣き虫になった妻の瞳は、今も少しだけ潤んでいた。
「だからせめて、今年の生誕祭はフェンクロークで楽しんで欲しいのです。生誕祭って、ひっそりと生まれた神の子を、温かく見守り祝う祭事ですよね。転じて家族や親しい人々との繋がりを確かめ合う日。私達が夫婦になって初めての生誕祭ですもの。沢山の人に祝福されて繋がっている事を確かめ合いたいのです」
――ああ、そうか。
今ならわかる。大人達は年に一度家族の絆を確かめるこの行事を楽しみにしていたのだと。どんな大雪でも遠方の叔父の家族は揃って参加したし、齢八十を超えていた曾祖母も部屋からめかし込んで出てきたものだ。
自分達は繋がっているんだと、確かめ合う日だったのか。
「ありがとう。俺もフェンクロークの家族と一緒に生誕祭を祝いたいよ。プレゼントだって山のように用意してあるしな」
「はいっ! 毎年父も奮発してくれるので、いい勝負かもしれませんね」
「ここでもあの人は出張ってくるのか……まだまだ勝てる気がしないなあ」
「あら、でも今回はきっと私達夫婦が一番みんなを吃驚させられると思います」
ランクスの胸元にもたれていたアリシアが顔を上げて、耳打ちをした。
「育ちが早いのではなくって、双子だそうです。きっとみんな吃驚してくれますよ。来年には二人も家族が増えるなんて、楽しみですよね」
今日の昼の検診で分かったという。本当はクリスマスプレゼントとして夜まで黙っていようと思っていたと言われて、やはり今回の訪問は中止しようと言いそうになるのを、ランクスはぐっと堪えた。
そこは秘密にしないで欲しい。
クリスマスの小話として掲載したものです。
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子供の頃、生誕祭はただの贈り物を貰える行事だと思い込んでいた。少し大きくなってくると、豪華な食事をどれだけつまみ食い出来るかを、兄や集まった従兄弟達と競ったりする日だった。延々長話をする大人達には興味なんて持てるはずがない。
軍に入隊してからは、夕食のおかずが一品増えるだけの日でしかなかった。家庭を持つ人間に休みを譲っていたので、大抵夜勤が入っていた。
「なあアリシア、やっぱり無理は良くないと思うんだ」
ランクスは妻の肩に厚手のショールを掛けながら、やんわりと中止を提案してみた。
「まさか! 母のプディングを食べずに年なんて越せません。新婚旅行から帰ってきたロッテとリングネル様に会うのだって楽しみなのに。ランクス? 私は病気じゃないんですよ」
「でもほら、今にも雪が降りそうな寒さだ。暖かくして過ごすべきだって、医者も言ってただろう?」
もう一枚上からショールを掛けようとしたところで、くるりとアリシアがランクスに向き直った。
「もう、そんなにショールばかり要りません。私を雪だるまにするつもりですか。妊娠は病気じゃないし、私は安定期に入ってます。お医者様も適度な散歩は必要だとおっしゃっていたでしょ。フェンクロークの家まで、馬車でほんの少しの距離ですし、ランクスが一緒でしょう」
「でも月齢の割にやや育ちが早い様だって言われたろ。急に産まれたらっ」
アリシアの言う通りだ。それでもランクスは初めての子供に勝手が分からず、起こりうる危険は極力避けたいと思ってしまっていた。
「そんな簡単に産まれません! 馬車は車輪が外れたりはしませんし、御者も酔っ払い運転なんてしません。今現在雪は降っておりませんし、路面は乾いています。もし雪が降っても王都は殆ど一日で溶けてしまいますから、貴方が心配なら、そのまま屋敷に溶けるまで何日でも泊れば良いでしょう?」
「うーん。何で俺の心配してる事を、こうも言い当てられるんだ……」
「全く同じ事を父からも聞かれました。最近二人とも似てきてませんか? 特に過保護さが」
困ったという風に苦笑いをされて、ハルフェイノス並みに自分は過保護になっていたかと、ランクスは軽く衝撃を受けた。
閉じ込めるつもりは無いのに、最近はどうやらアリシアへの庇護欲が行き過ぎていたらしい。
「……すまん。たまには実家の家族にも、嫁いだ妹にも会いたいよな。俺だって実家に居た子供の頃は、生誕祭に親戚が揃うのは当たり前だったよ。軍に入ってからこっち、殆ど帰って無かったから忘れてた。ごめんな」
「いいえ。今年は貴方の妻になって初めての生誕祭だったから、本当はご実家にお邪魔したかったのです。でも私の体調の都合で行けなくなってしまって。ごめんなさい」
「それは解決した話だろ。喜びこそすれ誰もアリシアを責めたりしないぞ。俺の両親だって、雪解けで王都まで遊びに来るのを楽しみにしてるんだから」
ランクスの両親はどちらかというと、ド田舎から王都へ幾らでも遊びに来れる口実が出来て、大喜びしてるくらいだ。宿代が浮くとか考えているだろう。田舎子爵なんてそんなものだ。
ランクスはアリシアの顔に手を添えて両頬を包んだ。子供を身籠ってから少し泣き虫になった妻の瞳は、今も少しだけ潤んでいた。
「だからせめて、今年の生誕祭はフェンクロークで楽しんで欲しいのです。生誕祭って、ひっそりと生まれた神の子を、温かく見守り祝う祭事ですよね。転じて家族や親しい人々との繋がりを確かめ合う日。私達が夫婦になって初めての生誕祭ですもの。沢山の人に祝福されて繋がっている事を確かめ合いたいのです」
――ああ、そうか。
今ならわかる。大人達は年に一度家族の絆を確かめるこの行事を楽しみにしていたのだと。どんな大雪でも遠方の叔父の家族は揃って参加したし、齢八十を超えていた曾祖母も部屋からめかし込んで出てきたものだ。
自分達は繋がっているんだと、確かめ合う日だったのか。
「ありがとう。俺もフェンクロークの家族と一緒に生誕祭を祝いたいよ。プレゼントだって山のように用意してあるしな」
「はいっ! 毎年父も奮発してくれるので、いい勝負かもしれませんね」
「ここでもあの人は出張ってくるのか……まだまだ勝てる気がしないなあ」
「あら、でも今回はきっと私達夫婦が一番みんなを吃驚させられると思います」
ランクスの胸元にもたれていたアリシアが顔を上げて、耳打ちをした。
「育ちが早いのではなくって、双子だそうです。きっとみんな吃驚してくれますよ。来年には二人も家族が増えるなんて、楽しみですよね」
今日の昼の検診で分かったという。本当はクリスマスプレゼントとして夜まで黙っていようと思っていたと言われて、やはり今回の訪問は中止しようと言いそうになるのを、ランクスはぐっと堪えた。
そこは秘密にしないで欲しい。
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