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公爵令嬢は愛でられる

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「お医者様を呼んできたらラブシーンが繰り広げられているんですもの、本当に驚きましたわ」
 ファータ・フィオーレ・ソレッラのサロンにて。アイリーンが紅茶の入ったティーカップを手に、ため息まじりに言った。
「その説は本当に……わ、わたくしも舞い上がっていて……」
 スザンナはいたたまれない表情で顔を真っ赤にしながら俯いていた。胸元にはガーネットのネックレスが、きらりと輝いている。
 レディのお茶会にちゃっかり混ざっているレオンツィオは、にやにやと楽しそうに笑いながらスザンナを見やった。
「アタシも見たかったわぁ、レディと執事くんのラブシーン! あ、今は旦那様だったかしら?」
「けっ! けけ、結婚は、まだですわ!」
「でも婚約はしたのでしょう? 殿下から聞いたわ」

 ハロルドが人間に戻ってから、しばらく。
 彼は大きな火傷のため、しばらく療養することになった。もちろんアリンガム家で、専用の医者もついている。ハロルドが本当に悪魔であったことは、オズワルドの計らいで隠されたままでいることになった。ユージーンに従っていた修道者たちに箝口令は強いてないが、ユージーンが公爵令嬢とその従者に危害を加えたことに協力していたため暫くは牢獄生活の上、出所したところで社会的な信用は落ちてしまったことだろう。
 ユージーン自身も犯行現場をしっかりオズワルドに見られてしまったため、今後何らかの罰が下されるという。彼が司祭を務めていた教会はすぐに別の司祭が手配され、孤児や世話人たちに影響はなかった。
 ハロルドが悪魔でなくなったことに対し、アリンガム夫妻はなぜか、あまり驚いた様子を見せなかった。母親のオードリーに至っては、「まぁそうなの」と世間話をするようなのりで答えた。
「実はね、スザンナ。私たちもうとっくに、ハロルドも家族の一員だと思っていたのよ。そりゃあ最初は悪魔を召喚してしまったって絶望もしたし、スザンナには悪いことをしたと思っていたけれど……でもハロルドはずっと、あなたを守ってくれたでしょう? それにチェスターのことも。ハロルドは一度だって、スザンナや私たち家族を傷つけようとしたことはなかった。それどころかここ数年、ハロルドのあなたを見る目はとても優しかった。あなたのハロルドを見る眼差しの意味も、とっくに気づいていたのよ」
「彼は時々、我々に悪魔の証を見せては驚かせていたけれど……それ以上に彼は、私たちの大切な娘を助けてくれた。その身だけでなく、心も守ってくれていたんだ。悪魔でも、人間でも……私はハロルドという男に、感謝しているんだ」
 穏やかな表情でハロルドを見るアリンガム夫妻に、ハロルドは言葉を失っていた。改めて、こんなふうに受け入れてもらう経験は彼にとって初めてのことだった。
「それに今回のことについては、私がきみたちに教会のことを任せてしまったばかりに、酷い目に遭わせてしまった。本当に申し訳ない」
「あ……いや。でも、そのお陰でこうして人間になれたわけ……ですし」
 何となくかしこまって敬語を遣ってしまうハロルドに、夫妻は顔を見合わせて笑った。
「今まで通りでいいのよ、ハロルド。これからもこの家にいて、スザンナを守ってちょうだい」
「まぁゆくゆくは二人で暮らしたいとなるだろうが、まだスザンナを嫁にはやらんぞ」
「あらあなたったら、ハロルドが悪魔じゃなくなった途端強気なんだから。でも婚約くらいは許してあげて? 両想いなんですもの、ねぇ?」
――そんな具合に、アリンガム公爵夫妻からは反対もなく、すんなりと婚約に至っていた。
 使用人という立場のままでも全然構わない、と言っていた公爵夫妻であったが、オズワルドの計らいのもと、ハロルドには爵位が与えられた。公にはハロルドが教会の悪事を暴いたためとなっているが、オズワルドはスザンナに「僕の婚約者として、長い年月縛り付けてしまったお詫びだよ」と言っていた。

「あのあとユージーン元司祭を見ることがあったのだけれど、それは酷い顔をしてましたのよ。あれこそ悪魔でしたわ」
「彼が悪魔だったってことに驚いたのって、結局彼が悪魔らしくなかったからよね。そりゃあ見かけはあんな感じだけど、振る舞いは紳士と言っても過言ではないわ。……結局悪魔だとか天使だとかって言うのは、心の持ちようよ。司祭だろうが神父だろうが、心に黒いものを抱えてたら悪魔と変わらないわ」
 スザンナはあのときのユージーンの表情を思い出して、思わず身震いした。初めてハロルドを見たときにだって感じなかった恐怖を、まさか司祭に与えられるとは思ってもいなかった。
 温かい紅茶を一口飲んで、ふぅと息を吐き出す。もうあの司祭のことは思い出したくないと、スザンナは話題を切り替えた。
「そういえばアイリーン様は、本格的な王妃教育を始められたとか」
「……えぇ、そうなの。まぁ正直なところ、似たようなことはすでにやってましたのよ。両親が野心家で、ありとあらゆる作法だとかを叩き込まれたわ。スザンナ様が婚約者に決まっていたから、外の国の王族を狙っていたみたい」
 少しばかり疲れた表情のアイリーンに、レオンツィオは甘いフィナンシェを進める。それを手に取りながらアイリーンは、静かに語った。
「でも私は国を出るつもりはなかったのよ。この国を愛しておりますもの、当然ですわね。……実はこの話を新しい王妃候補を決める面接でお話しましたら、トントン拍子に話が進んで今に至るという訳ですわ」
「……王子殿下は、同じくらい国を想うひとを求めておりましたものね」
「決定打になったのは殿下の、『国と僕だったらどちらを選ぶ?』という答えに間を置かず『国』と答えたのが、私だけだったようで。……ふふ、私にはまだ、スザンナ様のように想う相手がおりませんから、殿下も安心して私を選んだのでしょう」
 からかう言葉に、スザンナはまた顔を赤くする。
 思えばオズワルドには長いこと、自分が無自覚に片想いしている姿を見られていたのだ。そんな姿を見せられては婚約解消もやむなしだろう。今ではオズワルドの選択は正しかったのだと、はっきり思う。
「レディ・オールドリッチは、今後愛する人が出来たらどうするおつもり?」
 レオンツィオの問に、アイリーンは瞳を細めて笑みを深めた。
「私も様々なパターンを考えましたのよ。これから殿下を愛する可能性もある、他の男性を好きになってしまう可能性もある。……だけれどその気持ちは果たして、私の国を愛する気持ちを上回るのかしら? 国を守り、国に住むものたちを愛し――とても他のものを愛している暇などありませんでしたわ」
 アイリーンの言葉に、スザンナはじっと尊敬の眼差しを向けていた。スザンナがオズワルドの婚約者であったときは、彼を、オズワルドを支えようと、彼のために立派な王妃になろうとしていたけれど。
 真の国母となる人は、こうなのだ。
 人のためでなく、国のために心を砕く。そこに住む民を全て、愛する。
「す、すごいですわ、アイリーン様……わたくし、感動いたしました!」
「大袈裟ですわよ。私は私の、あなたはあなたの生き方がある。それだけですわ」
 スザンナが王妃であっても、自分が王妃であっても変わらない。少なくともアイリーンは、そんなふうに思っている。
 オズワルドは結局、スザンナの恋心を知って彼女を開放する道を選んだのだ。確かにスザンナはハロルドを愛しているが、王妃としてオズワルドを支えることに対しては尽力するはずだ。子どもならそれこそ側室を囲えばいい。その道を選ばなかったのは、本当に国のためか、或いは。
 アイリーンはふっと笑って、それ以上考えるのを止めた。
「次期王妃と元王妃候補のお話って、重みが違うわね~。……それより買い物に行かせた野郎どもはまだ戻ってこないのかしら?」
 今日はみんなが来るからと特別メニューを用意しようとしていたニナは、途中で材料が足りないことに気がついた。買い物を申し出たチェスターに引きずられるように連れて行かれたハロルドは、まだ戻って来ていない。
「アタシちょっと、お店の方見てくるわね。ニナの様子も気になるし」
「えぇ、オーナー。わたくしたちはここでお待ちしていますわ」
 レオンツィオが席を立ったあと、二人はお喋りに花を咲かせていたのだが。ーー何も気にしてない振りをしているスザンナがずっと、ハロルドが戻ってくるのを待ちわびていることは、アイリーンにはお見通しなのであった。

「ベタ惚れっていうのかしら。私には良くわからないわ」


*****


 小麦粉とバニラエッセンス、それから水五リットル。ニナの買い物のついでに、とレオンツィオに頼まれた水を担ぎながらハロルドは、目の前を歩いているチェスターに視線をやった。
「……で。お前は結局、何者だ」
 ん? と振り返ったチェスターはにんまりと笑って、小脇に抱えた小麦粉を持ち直して言った。
「やだな、わからない? ハロルドって悪魔を封じ込めたものさ」
 予想通りであった。なんとなく察してはいたが、決め手となったのはハロルドの呪いを知っていたこと。それを知っている人間は限られている。
「まさか転生、とかいうやつか?」
「ふふ。こんな偶然があるなんてね、本当に驚いた。きっとこれも神の思し召しなんだと思うよ。私はあれからずっと、封じ込めたことが正解だったのかどうか迷っていたから」
 きみの生き方を良しとはしない。
 それはハロルドを封じるときに、「彼」が言った言葉である。
「あのとききみが言った通り、呪いが解けないのであれば痛みを負ってでも悪魔祓いで消えることが償いだった。……ただどうしても私は、その道を選んで欲しくはなかった。きみの友人は私だけだったと思うけど、私もあのとき心を許せるのはきみくらいのものだったから。なんとか愛し合う存在を見つけて欲しいと思っていたんだ」
 だからきっと、こうやって生まれ変わってきたんだろう。
 チェスターはそう言って笑った。
「スザンナ嬢ときみのやり取りを見て、これならばと思ったんだ。それなのにきみときたら、スザンナ嬢を想う余り奥手になっちゃって。何度その頭を叩いてやろうと思ったかわからないよ」
「うるせぇな。……初めてだったんだよ、何もかもが」
 人を愛しく想うことも、想うあまりに手を出せないというジレンマも。女は遊ぶ相手としか考えていなかったハロルドにとってそれは、まるで思春期の少年に戻ったかのような感覚だった。胸がときめいたり、嫉妬で苛ついたり。スザンナの涙には酷く動揺した。
「そうだね、きみにとっての初めての恋だ。そしてスザンナ嬢も同じ。……ハロルド。きみが封じて欲しいと言って来たとき、私はきみに同情して承諾したけれど……例えばこれから先、きみがスザンナ嬢を泣かすようなことがあれば今度は絶対、助けてやらない」
 年齢のわりに大人びた表情を見せていた少年は、不意にまたにんまりと笑ってハロルドを見上げる。
「ぼくの大切な姉さまなんだから! 幸せにしないと許さないよ!」
 特に女関係で泣かすことがあれば……と拳を強く握ったチェスターに、ハロルドははっ、と鼻で笑って首を振った。
「もう二度と間違いは起こさねぇよ。……絶対、幸せにする。悪魔だった俺が言う言葉じゃねぇが、神に誓って、な」
「そこはぼくに誓って、じゃないの?」
「はいはい、未来の弟君に誓うよ」
 くつくつと笑って、それからハロルドは思い出したようにまたチェスターに視線を向けた。
「そういえばお前、ユージーンのこと嫌ってただろ。シスコンが極まってると思ってたが、そういうわけでもねぇのか」
「……うーん、何というか。いつの時代も、ああいう手合の修道者ってのはいるんだよ。私はわりとフランクな修道者というか、現実においては自分の目で見たものを信じる質で。だから悪魔だろうが、堕天使だろうが、実際に悪に手を染めたり人に迷惑をかけていたりしなければ、気にしていなかったんだ。でもあぁいう……思い込みで悪魔を心底憎悪しているやつもいる。未だに同業者であっても相容れない存在だと思ってるよ。神の名のもとに人を傷つけるなんて、一番最悪だ」
「……なんつーか、お前も相当偏った聖職者だよな」
「今は姉さまのカワイイ弟だよ。あ、ぼくの正体のことは姉さまには内緒ね! バラしたらこれでもかってほどデートの邪魔してやるから!」
 鼻歌を歌いながら歩いて行く後ろ姿を、ハロルドはため息をついて見やる。
 この「弟」と、これから共に暮らすのかと思うと少しばかり気が滅入った。
 アリンガム夫妻には悪いが、なるべく早くスザンナと二人で暮らそう――そんなふうに考えているハロルドに気づいているのかいないのか、チェスターはハロルドに正体をばらしてからも「姉さま大好きな弟」をやめることはなく、それが返ってハロルドの嫉妬を煽ることになるのだった。


「ハル、チェスター!」
 ニナとレオンツィオに購入した荷物を預けた二人は、すぐにスザンナたちがいるサロンへと通された。ハロルドはスザンナの姿に愛しげに瞳を細め、歩調を緩めることなく近づいて額に口付けた。アイリーンが咳払いをする。
「私がいることをお忘れかしら?」
「アイリーン様、ハロルドは今姉さましか見えていないんだよ」
 やれやれ、と言ったふうに首を振るチェスターと、呆れた様子で息をつくアイリーン。スザンナは頬を赤くして、けれど緩む顔は押さえきれずにハロルドを見上げた。
「だめね、わたくしったら。貴族令嬢としてはしたないとわかっているのに、嬉しさの方が勝ってしまうのだもの」
「……可愛いこと言ってんな、スー。もっとしたくなる」
 想いが通じ合った二人は、いつもこの調子である。特にハロルドに至ってはタガが外れたかのごとくスザンナに構いまくり、人目のない場所では相当に触りまくっているらしい。――もっともまだ、そういう意味では、手を出せてはいないようであるが。
「ちょっと、いちゃつくならさり気なくなさい。がっつきすぎるのは下品よ」
 アイリーンにとっては良いタイミングで、レオンツィオとニナが戻ってくる。レオンツィオの手にはトレイがあり、そこにはいくつもの焼き菓子が並んでいた。
「今ケーキを焼いているので、先にこちらを。食べきれなかったぶんはお持ち帰りもできるように準備してありますわ」
「マダム、悪いのだけど紅茶は砂糖抜きでくださる? 糖度に当てられて胸焼けしそうですの」
「ま、まぁアイリーン様! そ、そのようなこと」
「スー、こっち来い、膝の方」
「行くわけありませんでしょうっ! ハルは少し自重なさいませっ!」
 ぽんぽん、と自分の膝の上を促すハロルドに、スザンナは先程よりもさらに顔を赤くして訴える。するとハロルドはチッ、と舌打ちをして、そっぽを向いてしまった。
「……そ、そういうのは、わたくしのお部屋で、……」
 ぽそぽそと赤い顔のまま呟けば、ハロルドは満足げな笑みを浮かべてスザンナに向き直る。それを見せられている面々はそれぞれ、渋い顔をしたり面白がったりしている。
「あ~やだやだ、ハロルドの顔のだらしなさったら! ごめんなさいね、レディ・オールドリッチ。アタシたちこの二人の焦れっっっっ……たいやり取りを延々と見ていたものだから。この光景もやっとこうなったか、って感じなのよ」
「次期王妃として、国民が幸せなのは喜ぶべきですわね。それはそれとして非常にいたたまれない気持ちではありますけど」
「アイリーン様って大人だなぁ。あ、ニナさん! ぼくは紅茶にミルクと砂糖たっぷりで!」
「ふふ、かしこまりました。今日はこのあと王子殿下もいらっしゃるのですよね」
「ハロルドの傷も治ったし……痕は残っちゃったみたいだけど、それまで色々あったものね。今日は慰労会みたいなものかしら」
 婚約を解消されてから、色々なことがあった。
 ハロルドとのことが一番だが、オズワルドやアイリーンのこと、司祭のこと――本当に、とんでもなく濃い時間であったように思う。
 悪魔であった従者は、人間になって。今はアリンガム公爵令嬢の、婚約者だ。
 
 もう誰も、彼女を悪魔憑き令嬢と呼ばないだろう。
 愛しい人と幸せそうに寄り添って歩く彼女を、誰も憐れまないだろう。
 
 だがもし、悪魔憑きと呼ばれても、スザンナは何も気にならない。悪魔だろうが何だろうが、自分は今何よりも幸せなのだから。

 友人と、家族と、愛しいひとと。
 自分たちを自分たちのままで、受け入れてくれるひとたちと共に過ごせている。

「皆様は……ハルが悪魔だと知っても、態度を変えないでくださいました。わたくしはそのことが、とても嬉しいのです」
 エメラルド・アイを煌めかせ、優しい穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「わたくしはわたくしのことよりも、ハルがハルとして受け入れられることに喜びを感じていました。オーナーたちは最初から噂なんて気にせず接してくれて……どれほど心が救われたか」
「見た目で人を判断するのは心が未熟な証拠よ。正直なところ悪魔だったって言われても、へぇ~そうなの! って思うくらいだったわ」
「あ、それ、うちの父さま母さまと同じ反応!」
「それくらいハロルドが悪魔らしくなかったってことでしょ」
 うんうん、と頷くチェスターとニナである。アイリーンも瞳を細めて、薄く微笑んでいた。
「わたくしにとってハルは、昔から大切な人だったから……嫌悪や侮蔑の目を向けられることが嫌だった。今はもっと早く、わたくしが勇気を出していたらと思うのです。わたくしが想いを告げていたらと……」
「あら、レディ。そうでもないと思うわよ。だってこの男の拗らせ方ったら酷いもの。ずっとずっとレディに恋をしていたくせに、ニナっていう最愛の妻がいるアタシにまで嫉妬していたくせに、ずっと想いを伝える気がなかったんですもの」
「そうそう、ほんっと大変だったんだよ、ぼくら! ねぇアイリーン様、聞いてくれる? ハロルドの情けない話ー!」
「おい、お前らいい加減にしとけ」
 ひくりと眉を動かしつつ、ハロルドはチェスターの頭をぐいと押さえつけてレオンツィオを睨んだ。
 レオンツィオは素知らぬ顔をして口笛を吹き、ハロルドはまた大きく舌打ちをする。ニナはそれをにこにこと眺めて、アイリーンは興味がなさそうに紅茶を飲んでいた。
「……スー」
「え?」
「……中々、言えなかったのは悪かったと思ってる。それくらいお前が大切だった。俺が汚しちゃならねぇと思っていたし、お前に想いを告げる資格もねぇと思っていた」
「そのお話はもう聞きましたわ。わたくしの気持ちを聞かずに思い込むのはどうかと思います」
「その点については反省してる。もうネガティブな方向に考え込むのはやめる。だからお前ももう、周りの俺への視線で落ち込んだり嫌な気分になったりしなくていい。俺はお前が俺を見ていれば、それでいい」
 最初から、人の目など気にしていないが。ハロルドの最愛はずっと、気にしていたと言うから。
「自信を持って、俺を恋人だと、お前の婚約者だと言ってくれ。俺はもう悪魔だからと、過去やらかしたからと卑屈になるのはやめた。お前が求めてくれるだけ……いや、それ以上に俺は、お前だけをずっと愛し続ける」
 ガーネットの瞳が、愛しげに細められて。頬を撫でる手に、スザンナの胸がきゅぅう、と締め付けられた頃合い。
「すまない、遅くなった。僕の分のお菓子は残っているかな」
――と、のんきにやってきたオズワルド王子殿下に、アイリーンたちは心から感謝したのだと言う。
 幸せなのは何よりだけど、TPOだけは弁えて欲しい、と。
 油断すると二人の世界を作り上げてしまうスザンナとハロルドに告げることができるのは、一体いつになるのやら。
 
「これが所謂バカップルというものですわね。これは理解しましたわ」

 アイリーンの言葉を否定するものは、誰一人としていなかった。


 悪魔憑き令嬢と呼ばれたスザンナ・アリンガム公爵令嬢は、今。
 元悪魔ハロルド・デヴィッドソンに、それはそれはとんでもなく、甘く、熱く、めいっぱい、溶けるほどに、愛でられている。
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