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司祭は悪魔憑き令嬢に何を思うか
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馬車の中でチェスターは、ぶすくれた表情を浮かべていた。
「……チェスター、いつまでむくれているの?」
チェスターの向かい側に座るスザンナは、ため息交じりに尋ねた。彼女の隣にはやはり、ハロルドが座っている。
「本なら、姉さまが返してくれたら良かったのに」
「まぁ、駄目よチェスター。だってあなた、一ヶ月も借りていたんでしょう? 自分で行ってちゃんと謝らなきゃ。公爵家を継ぐものとして当然の行いですわ」
「わかってるけど……でもぼく、あの教会にいる司祭……ユージーン、だっけ? あの人、嫌いなんだ」
ぴく、と、ハロルドの眉が動く。チェスターの好き嫌いは、主にスザンナへの感情の向き方が影響する。チェスターが嫌いだと言うことは、スザンナに何かしらの悪意を持っているということだろうか。
「どうして? ユージーン司祭様は良い人よ。とても優しくて、教会に預けられた孤児たちも懐いていますわ。だからお父様もこの教会に寄付をしてらっしゃるのよ」
チェスターはむくれた顔のまま、じっとハロルドを見る。何だと視線を返すと、チェスターは静かな声で言った。
「気をつけた方がいいと思うよ。あの人は」
スザンナは弟の言葉の意図がわからず、首をかしげる。ハロルドだけが幾分か難しい表情で、チェスターの様子を伺い見ていた。
そうしている間に馬車は、目的の教会へたどり着く。街の中でも一番に大きな建物であるその教会には、司祭や修道者だけではなく、親を失ったたくさんの子どもとそれを世話する十数人の世話人がいた。
ハロルドにエスコートされて、馬車を降りる。最初にスザンナたちに気づいたのは、子どもたちだった。
「スザンナお姉ちゃんだ!」
「ハロルドおじさんもいる!」
「あれ、チェスターじゃん。久しぶり!」
思い思いに声をかけてくる子どもたちにスザンナは笑顔を浮かべて、ハロルドとチェスターはどちらも面倒くさそうな表情を浮かべていた。
「お兄さんだって何度も言ってるだろうが」
「何でぼくだけ呼び捨てなんだ……」
ぶつぶつ文句を言う二人をよそに、スザンナは子どもたちや世話人たちに挨拶をする。
悪魔憑きの令嬢が教会に。やっぱり本当に悪魔憑きなのではないか。そんな噂は、当然のようにあった。だけれどスザンナは寧ろ、もっと噂になればいいと思っていた。
恐らく悪魔が嫌悪するであろう、神聖なる祈りの場。
そこに「悪魔」であるハロルドが赴いていることが、重要だった。
「悪魔にどんな印象を抱いているか知らねぇが、教会に入るだけで死ぬとか余程の雑魚だぞ」
とは、悪魔本人の言葉である。ハロルドは教会に入ろうが祈りを捧げる場に居合わせようが何食わぬ顔をしている。それが知れ渡れば悪魔憑きなどただの噂に過ぎないのだと思う人間がほとんどだ。教会に訪れるのは月に一度あるかないかのため、中々教会通いが広まらないのがもどかしいところであるが。
「スザンナ様! ようこそおいで下さいました」
数人の修道者を引き連れてやってきたのは、司祭であるユージーン。ハロルドがちらりとチェスターを見れば、その表情はわかりやすく曇っていた。
「ユージーン司祭様、お久しぶりでございます。お父様からの手紙をお届けに参りました」
「ありがとうございます、スザンナ様。よければお茶などいかがですか? 大したおもてなしは出来ませんが」
「えぇ、いただきますわ。チェスター、ハル、行きますわよ」
ハロルドは短く返事をして、スザンナの斜め後ろに控える。ユージーンとはもう何度か会ったことがあるのだが、興味もなくあまり観察していなかった。チェスターが苦手そうにしていたが、はっきりと「嫌い」であると口にしたのは今日が初めてだった。
改めてユージーンへ視線を向けて、瞳を細める。スザンナを見つめる眼差しは何事もないふうを装っているが、どこか熱っぽい。もしかして、と考えて、ハロルドに不快な感情が浮かぶ。けれどすぐにそれは違和感に変わった。
チェスターは、姉へ悪意や敵意を向けるものを嫌う。それならばユージーンは寧ろ、歓迎される側なのではないのだろうか。
そう考えている間にチェスターは、ささっ、とスザンナの隣に走りより、その腕をぎゅっと掴んだ。ませている彼からは考えられないような行動だ。
「なぁに、チェスター? 甘えてますの?」
「うん、ぼくもたまには姉さんに甘えたいんだ」
「珍しいこともあるものね。わたくしは構いませんけれど」
ふふ、と嬉しそうな笑顔を浮かべるスザンナである。なんだかんだ言っているが、弟はいつまでも可愛いものなのだ。
そのスザンナはその弟が、ユージーンと距離を取らせるために腕を取ったことに気づいていない。
「そういえばチェスター様には、教会の本を貸し出していたんでしたね。気に入った本があったらまた借りていって構いません」
「司祭様、チェスターは一ヶ月もの間借りたままでしたのよ。他にも読みたい方がいらしたでしょうに、申し訳ございません」
「いいえ、謝る必要はありませんよ。こうしてきちんと返してくださるのであれば、何日借りていても問題ありません」
にこやかに言葉を交わす二人とは対象的に、チェスターの表情は曇るばかりで。ハロルドはスザンナの後ろから手を伸ばしチェスターの肩をトン、と叩くと、彼ははっと顔を上げてハロルドを見た。
声は出さず、「あとで聞かせろ」と告げる。チェスターはこくりと頷いて、スザンナの腕を掴む手に力を込めた。
「ちょ、ちょっと、痛いわチェスター」
「あ、ごめん姉さま」
そのとき一瞬だけ、ユージーンの目から笑顔が消えたことを、ハロルドは見ていた。
三人が通されたのは、教会に通う修道者や世話人、孤児たちが食事をとるため、あるいは休憩をするために作られた食堂。古くはあるが、公爵家からの寄付のお陰で清潔に保たれている食堂には今日も、様々なひとたちがお喋りや読書に興じている。世話人や子どもたちはスザンナたちの姿を見つけると、誰もが頭を下げて笑顔を浮かべる。
ハロルドは椅子を引いて、先にスザンナ、そしてチェスターを座らせる。そして自分は、その後ろへ立った。外ではあくまで、従者なのだ。
「あ、そうだ。ぼくこの本、先に返してくるよ。ついでに借りる本も見てくるから、先にお茶飲んでて! ハロルド、ついてきて」
座ったばかりのチェスターは、ぴょいと椅子を飛び降りてハロルドを呼んだ。ハロルドはちら、とスザンナ、それからユージーンに視線を向けて礼をする。そして静かに、チェスターのあとをついて歩いた。
「スーを一人にしていいのか?」
「ここは人目が多いから大丈夫。すぐに戻ろう」
こそこそ話す二人の声は、スザンナには聞こえていなかった。すぐにユージーンに向き直り、笑顔を浮かべる。
「落ち着きがない弟でごめんなさい。こちらが父からの手紙です。お預けしますわ」
「ありがとうございます。お茶を用意している間に中を確認してもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんわ」
ユージーンは受け取った手紙の封を開けて、中身を確認する。笑顔を携えたまま文字を置い、それからにこりと笑ってスザンナに向き直った。
「確認いたしました。……えぇと、本当に良いのですか? 悪魔祓いを行わなくて」
「えぇ。わたくしは悪魔に憑かれてなどおりません。司祭様は、あの噂を信じておられるのですか?」
「いえ、まさか。――ただ、この街の住人の多くは信じているようですので……一応、形だけでもやってみたらいかがでしょうというお話なのですが」
どうやらアリンガム公爵に手紙を送ったのはユージーンのようである。スザンナは笑みを深めて、首を振った。
「見せかけだけでもそれを行ってしまったら、悪魔憑きであると認めるようなものですわ。ハル……ハロルドはあのような外見のために悪魔だと噂されておりますが、ユージーン司祭様もご存知の通り、至って普通の、気の利く従者でしてよ」
普通の、と言われると首を傾げてしまうものだが。ユージーンは納得した様子でそうですね、と頷いた。
「私としたことが、親切心のつもりで余計な真似をしてしまうところでした。どうか気を悪くなさらないでください」
「えぇ、司祭様はわたくしの家を大切に思ってくださってますもの、気など悪くしません。お気遣いに感謝しますわ」
「スザンナ様にそう言っていただけると気が楽になります。スザンナ様はいつもお美しく笑顔も麗しく……我々にとってはまるで女神のような方です」
「ま、まぁそんな! 大袈裟ですわ!」
頬を赤くして照れるスザンナに、ユージーンは楽しげに笑う。その瞳の奥に何やら、ただならぬ感情が滲んでいた。
*****
「それで、坊っちゃん。お前があの司祭を嫌う理由は?」
教会に併設された図書館で、ハロルドが尋ねる。チェスターは本を選んでいた手を止めて、ハロルドを見た。
「あの男がどうやらスザンナに特別な感情を抱いていることはわかった。だがそれならお前は喜ぶかと思っていたが」
「純粋なものじゃないからだよ」
ぽつりと、チェスターが呟く。
「あのひとの目は何ていうか……気味が悪い。姉さまに好意を持っているのはそうだけど、崇拝っていうのかな。あの目、ハロルドだって見たでしょ? 笑っているくせに、笑ってないの。腹の奥で何を考えているのか、全然わからない」
「ふぅん……?」
確かに、得体の知れない雰囲気ではある。だがチェスターがこれほど警戒するような相手にも思えなかった。本棚にある本を適当に一冊取り、ぺらぺらとめくりながらふとチェスターを見やる。
「なぁ」
「なに?」
「なら俺は、純粋なのか」
ハロルドの問いに、チェスターはぱっと顔を上げて。それからにんまり笑って、答えた。
「純粋とは違うけど、気味が悪いってことはないよ。何ていうのかな、……うーん、言葉にするのが難しいな~」
にやにやと子どもらしからぬ笑みを浮かべながらチェスターは、本棚から一冊、二冊本を抜き取って小脇に抱えた。
「ハロルドの気持ちは多分……父さまや母さま、それにファータ・フィオーレのオーナーたちともまた違う。きっとぼくには理解できないような深い感情なんだと思う。でも僕はそれが姉さまに向けられるのを見ても、嫌だとは思わない。あの司祭からの感情は嫌」
時折ハロルドは、チェスターがスザンナより、あるいは自分よりもずっと年上なのではないかと思うことがある。実際はずっと子どもなのであるが、それにしても随分達観している。
「弟のぼくがこれだけ推してるんだから、もう観念して義兄さまになったらいいのに」
「……簡単な話じゃねぇって言ってんだろうが」
「ねぇハロルド。姉さまのことを好きなのは間違いないよね? 子ども扱いするのはわざとだって知ってるよ」
チェスターはずっと疑問なのだ。
スザンナだってハロルドを憎からず思っている。否もしかしたら同じ想いすら抱いているかもしれないのに。ハロルドはずっと、スザンナに対して線を引いた位置にいた。本当の従者なわけではない。従者のふりをしているだけ。公爵家はチェスターが継ぐため、家の心配をすることもない。
それなのに。
「あれは……俺みてぇなのが手を出していい女じゃねぇよ」
自嘲めいた笑みを浮かべて、ハロルドが呟く。
チェスターはなにか言いたげにしていたが、そのままハロルドの前を歩いた。彼の言葉から、彼がどれだけスザンナを大切に想っているのかだけはよく伝わった。
だからこそ背中を押しているのに。
「知らないよ。そのうち誰かに取られちゃっても」
そうなったとき耐えられるの? ――と言う、意味を込めて。チェスターは姉のもとへ戻るべく、歩調を速めていった。
「……チェスター、いつまでむくれているの?」
チェスターの向かい側に座るスザンナは、ため息交じりに尋ねた。彼女の隣にはやはり、ハロルドが座っている。
「本なら、姉さまが返してくれたら良かったのに」
「まぁ、駄目よチェスター。だってあなた、一ヶ月も借りていたんでしょう? 自分で行ってちゃんと謝らなきゃ。公爵家を継ぐものとして当然の行いですわ」
「わかってるけど……でもぼく、あの教会にいる司祭……ユージーン、だっけ? あの人、嫌いなんだ」
ぴく、と、ハロルドの眉が動く。チェスターの好き嫌いは、主にスザンナへの感情の向き方が影響する。チェスターが嫌いだと言うことは、スザンナに何かしらの悪意を持っているということだろうか。
「どうして? ユージーン司祭様は良い人よ。とても優しくて、教会に預けられた孤児たちも懐いていますわ。だからお父様もこの教会に寄付をしてらっしゃるのよ」
チェスターはむくれた顔のまま、じっとハロルドを見る。何だと視線を返すと、チェスターは静かな声で言った。
「気をつけた方がいいと思うよ。あの人は」
スザンナは弟の言葉の意図がわからず、首をかしげる。ハロルドだけが幾分か難しい表情で、チェスターの様子を伺い見ていた。
そうしている間に馬車は、目的の教会へたどり着く。街の中でも一番に大きな建物であるその教会には、司祭や修道者だけではなく、親を失ったたくさんの子どもとそれを世話する十数人の世話人がいた。
ハロルドにエスコートされて、馬車を降りる。最初にスザンナたちに気づいたのは、子どもたちだった。
「スザンナお姉ちゃんだ!」
「ハロルドおじさんもいる!」
「あれ、チェスターじゃん。久しぶり!」
思い思いに声をかけてくる子どもたちにスザンナは笑顔を浮かべて、ハロルドとチェスターはどちらも面倒くさそうな表情を浮かべていた。
「お兄さんだって何度も言ってるだろうが」
「何でぼくだけ呼び捨てなんだ……」
ぶつぶつ文句を言う二人をよそに、スザンナは子どもたちや世話人たちに挨拶をする。
悪魔憑きの令嬢が教会に。やっぱり本当に悪魔憑きなのではないか。そんな噂は、当然のようにあった。だけれどスザンナは寧ろ、もっと噂になればいいと思っていた。
恐らく悪魔が嫌悪するであろう、神聖なる祈りの場。
そこに「悪魔」であるハロルドが赴いていることが、重要だった。
「悪魔にどんな印象を抱いているか知らねぇが、教会に入るだけで死ぬとか余程の雑魚だぞ」
とは、悪魔本人の言葉である。ハロルドは教会に入ろうが祈りを捧げる場に居合わせようが何食わぬ顔をしている。それが知れ渡れば悪魔憑きなどただの噂に過ぎないのだと思う人間がほとんどだ。教会に訪れるのは月に一度あるかないかのため、中々教会通いが広まらないのがもどかしいところであるが。
「スザンナ様! ようこそおいで下さいました」
数人の修道者を引き連れてやってきたのは、司祭であるユージーン。ハロルドがちらりとチェスターを見れば、その表情はわかりやすく曇っていた。
「ユージーン司祭様、お久しぶりでございます。お父様からの手紙をお届けに参りました」
「ありがとうございます、スザンナ様。よければお茶などいかがですか? 大したおもてなしは出来ませんが」
「えぇ、いただきますわ。チェスター、ハル、行きますわよ」
ハロルドは短く返事をして、スザンナの斜め後ろに控える。ユージーンとはもう何度か会ったことがあるのだが、興味もなくあまり観察していなかった。チェスターが苦手そうにしていたが、はっきりと「嫌い」であると口にしたのは今日が初めてだった。
改めてユージーンへ視線を向けて、瞳を細める。スザンナを見つめる眼差しは何事もないふうを装っているが、どこか熱っぽい。もしかして、と考えて、ハロルドに不快な感情が浮かぶ。けれどすぐにそれは違和感に変わった。
チェスターは、姉へ悪意や敵意を向けるものを嫌う。それならばユージーンは寧ろ、歓迎される側なのではないのだろうか。
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「なぁに、チェスター? 甘えてますの?」
「うん、ぼくもたまには姉さんに甘えたいんだ」
「珍しいこともあるものね。わたくしは構いませんけれど」
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そのスザンナはその弟が、ユージーンと距離を取らせるために腕を取ったことに気づいていない。
「そういえばチェスター様には、教会の本を貸し出していたんでしたね。気に入った本があったらまた借りていって構いません」
「司祭様、チェスターは一ヶ月もの間借りたままでしたのよ。他にも読みたい方がいらしたでしょうに、申し訳ございません」
「いいえ、謝る必要はありませんよ。こうしてきちんと返してくださるのであれば、何日借りていても問題ありません」
にこやかに言葉を交わす二人とは対象的に、チェスターの表情は曇るばかりで。ハロルドはスザンナの後ろから手を伸ばしチェスターの肩をトン、と叩くと、彼ははっと顔を上げてハロルドを見た。
声は出さず、「あとで聞かせろ」と告げる。チェスターはこくりと頷いて、スザンナの腕を掴む手に力を込めた。
「ちょ、ちょっと、痛いわチェスター」
「あ、ごめん姉さま」
そのとき一瞬だけ、ユージーンの目から笑顔が消えたことを、ハロルドは見ていた。
三人が通されたのは、教会に通う修道者や世話人、孤児たちが食事をとるため、あるいは休憩をするために作られた食堂。古くはあるが、公爵家からの寄付のお陰で清潔に保たれている食堂には今日も、様々なひとたちがお喋りや読書に興じている。世話人や子どもたちはスザンナたちの姿を見つけると、誰もが頭を下げて笑顔を浮かべる。
ハロルドは椅子を引いて、先にスザンナ、そしてチェスターを座らせる。そして自分は、その後ろへ立った。外ではあくまで、従者なのだ。
「あ、そうだ。ぼくこの本、先に返してくるよ。ついでに借りる本も見てくるから、先にお茶飲んでて! ハロルド、ついてきて」
座ったばかりのチェスターは、ぴょいと椅子を飛び降りてハロルドを呼んだ。ハロルドはちら、とスザンナ、それからユージーンに視線を向けて礼をする。そして静かに、チェスターのあとをついて歩いた。
「スーを一人にしていいのか?」
「ここは人目が多いから大丈夫。すぐに戻ろう」
こそこそ話す二人の声は、スザンナには聞こえていなかった。すぐにユージーンに向き直り、笑顔を浮かべる。
「落ち着きがない弟でごめんなさい。こちらが父からの手紙です。お預けしますわ」
「ありがとうございます。お茶を用意している間に中を確認してもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんわ」
ユージーンは受け取った手紙の封を開けて、中身を確認する。笑顔を携えたまま文字を置い、それからにこりと笑ってスザンナに向き直った。
「確認いたしました。……えぇと、本当に良いのですか? 悪魔祓いを行わなくて」
「えぇ。わたくしは悪魔に憑かれてなどおりません。司祭様は、あの噂を信じておられるのですか?」
「いえ、まさか。――ただ、この街の住人の多くは信じているようですので……一応、形だけでもやってみたらいかがでしょうというお話なのですが」
どうやらアリンガム公爵に手紙を送ったのはユージーンのようである。スザンナは笑みを深めて、首を振った。
「見せかけだけでもそれを行ってしまったら、悪魔憑きであると認めるようなものですわ。ハル……ハロルドはあのような外見のために悪魔だと噂されておりますが、ユージーン司祭様もご存知の通り、至って普通の、気の利く従者でしてよ」
普通の、と言われると首を傾げてしまうものだが。ユージーンは納得した様子でそうですね、と頷いた。
「私としたことが、親切心のつもりで余計な真似をしてしまうところでした。どうか気を悪くなさらないでください」
「えぇ、司祭様はわたくしの家を大切に思ってくださってますもの、気など悪くしません。お気遣いに感謝しますわ」
「スザンナ様にそう言っていただけると気が楽になります。スザンナ様はいつもお美しく笑顔も麗しく……我々にとってはまるで女神のような方です」
「ま、まぁそんな! 大袈裟ですわ!」
頬を赤くして照れるスザンナに、ユージーンは楽しげに笑う。その瞳の奥に何やら、ただならぬ感情が滲んでいた。
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「それで、坊っちゃん。お前があの司祭を嫌う理由は?」
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「純粋なものじゃないからだよ」
ぽつりと、チェスターが呟く。
「あのひとの目は何ていうか……気味が悪い。姉さまに好意を持っているのはそうだけど、崇拝っていうのかな。あの目、ハロルドだって見たでしょ? 笑っているくせに、笑ってないの。腹の奥で何を考えているのか、全然わからない」
「ふぅん……?」
確かに、得体の知れない雰囲気ではある。だがチェスターがこれほど警戒するような相手にも思えなかった。本棚にある本を適当に一冊取り、ぺらぺらとめくりながらふとチェスターを見やる。
「なぁ」
「なに?」
「なら俺は、純粋なのか」
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「純粋とは違うけど、気味が悪いってことはないよ。何ていうのかな、……うーん、言葉にするのが難しいな~」
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「ハロルドの気持ちは多分……父さまや母さま、それにファータ・フィオーレのオーナーたちともまた違う。きっとぼくには理解できないような深い感情なんだと思う。でも僕はそれが姉さまに向けられるのを見ても、嫌だとは思わない。あの司祭からの感情は嫌」
時折ハロルドは、チェスターがスザンナより、あるいは自分よりもずっと年上なのではないかと思うことがある。実際はずっと子どもなのであるが、それにしても随分達観している。
「弟のぼくがこれだけ推してるんだから、もう観念して義兄さまになったらいいのに」
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「ねぇハロルド。姉さまのことを好きなのは間違いないよね? 子ども扱いするのはわざとだって知ってるよ」
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スザンナだってハロルドを憎からず思っている。否もしかしたら同じ想いすら抱いているかもしれないのに。ハロルドはずっと、スザンナに対して線を引いた位置にいた。本当の従者なわけではない。従者のふりをしているだけ。公爵家はチェスターが継ぐため、家の心配をすることもない。
それなのに。
「あれは……俺みてぇなのが手を出していい女じゃねぇよ」
自嘲めいた笑みを浮かべて、ハロルドが呟く。
チェスターはなにか言いたげにしていたが、そのままハロルドの前を歩いた。彼の言葉から、彼がどれだけスザンナを大切に想っているのかだけはよく伝わった。
だからこそ背中を押しているのに。
「知らないよ。そのうち誰かに取られちゃっても」
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