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第3話 笑顔の裏にあるもの(1)★

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「おっじゃましまーす!」
 金曜日の夜。仕事を終えた隆之は以前話していたとおり、自宅の1LKマンションにナツを迎え入れていた。
 ナツは到着の連絡を店に入れたあと、改めてこちらに向き直る。
「隆之さんっ、今日も指名してくれてありがとね!」
「ああ、こちらこそ……いつもありがとう」
 ニコッと笑うナツにつられ、隆之も苦笑気味に返した。というのも、内心では後ろめたさを感じていたからである。
(結局、またこの子を指名してしまったな)
 一度、他のボーイを指名しようかとも思ったのだが、関心がわかないどころか、どうにもナツの顔がちらついて駄目だった。彼への想いをより意識するだけに終わり、またもや自分が情けなくなる。
 だが、そんなことをおくびにも出すわけにはいかない――あくまで平静を保ちながら、とりあえずナツをリビングへ通すことにした。室内に入ると、ナツは興味深そうにあたりを見回す。
「おーすっきり片づいてる……っつーか、物がない?」
 ナツの言うとおり、隆之の部屋には必要最低限のものしか置かれていなかった。もともと物が少なかったけれど、彼女の私物を処分したぶん、殺風景に磨きがかかっている。
「もう少し、物を置いた方がいいんだろうか」
「えっ、シンプルでいーじゃん? 生活感がないワケじゃねーし。それにこのお部屋、隆之さんの匂いがして好きだよ?」
 ただのリップサービスだとわかっていても、不意打ちの甘い言葉にドキッとしてしまう。隆之は動揺を隠すように咳払いをした。
「そ、そうか。とりあえず適当に座ってもらえると」
「そ・の・ま・え・に! 隆之さん、俺になんか言うことあんじゃねーの?」
 すかさずナツが詰め寄ってくる。じとりと見られて、隆之の目が泳いた。
「何のことだ?」
「ハイ、とぼけても無駄っ! オーナーに聞いたよ? ファイル見学とはいえ、俺じゃなくてヒカルくん指名したそーじゃん」
「それは、その……」
 やはりバレてしまっていたらしい。歯切れの悪い返事をしつつソファーに腰かけると、ナツも隣に座ってきた。
「家に呼んでくれる、って言うから楽しみにしてたのに。隆之さんってば、他の子が気になっちゃったんだ? ヒカルくん、女の子みたいで可愛いもんね?」
「違うっ、俺はただ――」
「ただ?」ナツが小首を傾げる。このまま誤解させておくのも気が引けて、隆之は観念するしかなかった。
「すまなかった。俺が、随分と君に入れ込んでいるから……少し距離を置こうと」
「う、うん? それの何が問題なの? もしかしてお金?」
「いや、そこに関しては特に心配はいらない。その、感情の問題というべきか――どうも俺は、君に惹かれている……みたいなんだ」
 言い終えてから、隆之は目を背けた。やたらと顔に熱が集まっていく。
 ナツはきょとんと瞬きを繰り返していたが、やがてクスッと小さく笑った。
「へ~え? 隆之さん、俺のこと好きになっちゃったんだ? ちょっと意外かも、フツーに女の人が好きだったんだよね?」
「まだ自分でもよくわからない。だが、君に優しくされると勘違いしそうになるのは確かだ」
「うーん、話が見えてこないなあ。隆之さんは何を気にしてんの?」
「……あくまで客とボーイの関係なんだし、こういった感情を持ち込むのはよくないだろう? もちろん、わきまえてはいるつもりだけど君からしたら迷惑だろうし」
「っ!」
 改めて顔を見やれば、ナツは肩を震わせていた。
「な、なんだよ」
「ぷっ……アハハッ! やっぱ真面目だなぁ、隆之さんは!」
 何がおかしいのか、ナツが腹を抱えて笑いだす。ひとしきり笑ったあと、目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら言った。
「まさか自分が厄介客にでもなると思ってんの? ないないっ! だって、隆之さんはちゃんと節度わきまえてくれてんじゃん?」
「そんなの当然だろ。俺は君にとって、客の一人でしかないんだから」
「……でも俺、隆之さんが他の子指名したって聞いて――寂しかったよ」
 途端にナツの笑みが切なげなものになる。
 彼の言葉はどこまで本気なのかわからないが、少なくとも完全に嘘というわけではないように思えた。
「ねえ、隆之さん」ナツが隆之の手を取り、自分の口元へと導く。「俺のこと、もっと好きになっていいんだよ?」
 誘うような眼差しに射抜かれ、隆之は心臓を跳ね上がらせた。
「ナツ?」
「今の俺は、身も心も全部……隆之さんのものなんだから」
 指先に軽くキスしたかと思うと、ねっとりと舌を這わせてくる。生温かく濡れた感触に、隆之の体が小さく震えた。
 そんな反応を面白がるように、さらにナツはわざとらしく音を立てて舐めしゃぶる。
「んっ、ふ……たかゆき、さん」
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