98 / 113
おまけコンテンツ
おまけSS ニューヨークからの使者(2)
しおりを挟む
「っ!」
ウィリアムがなにやら英語で続けているのだが、咄嗟のことで聞き取れなかった。
そんな侑人に代わって、高山が助け船でも出すかのように英語で返す。が、二人して会話のスピードが速く、やはりついていけそうにない。
「……だいたいウィリアムからしたら、日本人なんてみんなゲイに見えるだろ」
そのうち高山がこちらを一瞥して、日本語で呟く。ウィリアムはクスクスと笑った。
「日本の男は細いし、それだけでゲイっぽく見えるよ! みーんなオシャレだしさ!」
「失礼なヤツだな。だいぶ偏見入ってるぞ、それ」
話はまた別方向へと向かいだしたものの、侑人の心は沈んだままだった。
その後も酒の席は盛り上がりをみせたが、明日に差支えがないようにと、余裕をもってお開きすることにした。
ウィリアムは上機嫌で帰っていき、二人はそれを玄関先で見送る。鍵を閉めたところで、侑人は静かに切り出した。
「……ごめん、高山さん。結婚してること言えなくて」
ぽつりと謝罪すると、高山は小さく息をつく。それから、背後からそっと腕を回してくるのだった。
「そうやってすぐ悪い方に考えちまうの、ちょっと侑人の悪い癖だな」
やんわりとたしなめるように言って、うなじに口付ける。侑人はどう返したらいいかわからずに身をよじったが、高山は構わず続けた。
「カミングアウトするしないは、個人の自由だろ? なにも良し悪しなんてないんだから、言いたくなけりゃ言わなくていい――それだけの話だ」
「でも……」
「大丈夫だよ。ちゃんとわかってる」
高山が抱きしめる腕の力を強めてくる。
侑人はその温もりに安堵するようだったが、どこか複雑な思いで瞳を揺らすのだった。
◇
翌日は就業時間まであっという間だった。仕事を終えた侑人は、帰宅ラッシュの電車に揺られながらぼんやりとする。
(高山さんはああ言ってくれたけど……あまりに過敏なのも、よくないとは思ってるんだよな)
自分がゲイセクシャルだと自覚したときから、ずっと思い悩んできた。
引け目を感じてならないし、世間の目にしたってまだまだ冷たいもの。性的マイノリティである以上、生きづらい世の中であることは否定できない。
(こんなので俺、高山さんの気持ちにちゃんと応えられてるのかな)
高山はいつだって寄り添ってくれるけれど、気がつけば、事あるごとに不安を感じてしまう自分がいて――の繰り返しだ。確かな感情はあるというのに、人の心は一筋縄ではいかないものなのだと、何度だって思い知らされる。
(あーやめやめっ、高山さんからも悪い癖だって言われただろ? ……せっかくだから高い肉買って帰ろ。昨日は変な感じになっちゃったし、ちょっと豪勢にしてやる!)
頭を左右に振って、ネガティブな考えを振り払おうとする。と、そのときだった。
車内は人で溢れかえり、侑人はつり革に掴まって立っていたのだが――下半身に違和感を覚える。尻のあたりを何かが撫でまわしているような感覚があるのだ。
侑人は思わず身を強張らせた。最初は手が当たっているだけだと思ったけれど、明らかに意志をもって動いている。
(っ、最悪! こっちはしがないサラリーマンだってのに、本気かよ……っ)
こんなのいつぶりだろう。少なくとも、社会人になってからはほとんどなかったのに。
侑人は内心うんざりしつつも、どうにか平静を保とうとする。ここで騒ぎ立てても仕方がないし、次の駅まで辛抱するしかあるまい。
しかし、痴漢の手は徐々に大胆になっていく。ついに尻たぶを鷲掴みされ、思わず声が出そうになってしまった。
(うっ……この、変態野郎。人が抵抗しないとみたら、いい気になりやがって)
怒りと嫌悪感でどうにかなりそうだ。それでもなんとか堪えて、侑人は唇を噛む。
一方、痴漢の行為はとどまることを知らない。スラックス越しに割れ目を撫でられ、背筋がぞくりと震えるのがわかった。
男ながらに怖くなってきて、冷や汗が滲む。が、突如として聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
ウィリアムがなにやら英語で続けているのだが、咄嗟のことで聞き取れなかった。
そんな侑人に代わって、高山が助け船でも出すかのように英語で返す。が、二人して会話のスピードが速く、やはりついていけそうにない。
「……だいたいウィリアムからしたら、日本人なんてみんなゲイに見えるだろ」
そのうち高山がこちらを一瞥して、日本語で呟く。ウィリアムはクスクスと笑った。
「日本の男は細いし、それだけでゲイっぽく見えるよ! みーんなオシャレだしさ!」
「失礼なヤツだな。だいぶ偏見入ってるぞ、それ」
話はまた別方向へと向かいだしたものの、侑人の心は沈んだままだった。
その後も酒の席は盛り上がりをみせたが、明日に差支えがないようにと、余裕をもってお開きすることにした。
ウィリアムは上機嫌で帰っていき、二人はそれを玄関先で見送る。鍵を閉めたところで、侑人は静かに切り出した。
「……ごめん、高山さん。結婚してること言えなくて」
ぽつりと謝罪すると、高山は小さく息をつく。それから、背後からそっと腕を回してくるのだった。
「そうやってすぐ悪い方に考えちまうの、ちょっと侑人の悪い癖だな」
やんわりとたしなめるように言って、うなじに口付ける。侑人はどう返したらいいかわからずに身をよじったが、高山は構わず続けた。
「カミングアウトするしないは、個人の自由だろ? なにも良し悪しなんてないんだから、言いたくなけりゃ言わなくていい――それだけの話だ」
「でも……」
「大丈夫だよ。ちゃんとわかってる」
高山が抱きしめる腕の力を強めてくる。
侑人はその温もりに安堵するようだったが、どこか複雑な思いで瞳を揺らすのだった。
◇
翌日は就業時間まであっという間だった。仕事を終えた侑人は、帰宅ラッシュの電車に揺られながらぼんやりとする。
(高山さんはああ言ってくれたけど……あまりに過敏なのも、よくないとは思ってるんだよな)
自分がゲイセクシャルだと自覚したときから、ずっと思い悩んできた。
引け目を感じてならないし、世間の目にしたってまだまだ冷たいもの。性的マイノリティである以上、生きづらい世の中であることは否定できない。
(こんなので俺、高山さんの気持ちにちゃんと応えられてるのかな)
高山はいつだって寄り添ってくれるけれど、気がつけば、事あるごとに不安を感じてしまう自分がいて――の繰り返しだ。確かな感情はあるというのに、人の心は一筋縄ではいかないものなのだと、何度だって思い知らされる。
(あーやめやめっ、高山さんからも悪い癖だって言われただろ? ……せっかくだから高い肉買って帰ろ。昨日は変な感じになっちゃったし、ちょっと豪勢にしてやる!)
頭を左右に振って、ネガティブな考えを振り払おうとする。と、そのときだった。
車内は人で溢れかえり、侑人はつり革に掴まって立っていたのだが――下半身に違和感を覚える。尻のあたりを何かが撫でまわしているような感覚があるのだ。
侑人は思わず身を強張らせた。最初は手が当たっているだけだと思ったけれど、明らかに意志をもって動いている。
(っ、最悪! こっちはしがないサラリーマンだってのに、本気かよ……っ)
こんなのいつぶりだろう。少なくとも、社会人になってからはほとんどなかったのに。
侑人は内心うんざりしつつも、どうにか平静を保とうとする。ここで騒ぎ立てても仕方がないし、次の駅まで辛抱するしかあるまい。
しかし、痴漢の手は徐々に大胆になっていく。ついに尻たぶを鷲掴みされ、思わず声が出そうになってしまった。
(うっ……この、変態野郎。人が抵抗しないとみたら、いい気になりやがって)
怒りと嫌悪感でどうにかなりそうだ。それでもなんとか堪えて、侑人は唇を噛む。
一方、痴漢の行為はとどまることを知らない。スラックス越しに割れ目を撫でられ、背筋がぞくりと震えるのがわかった。
男ながらに怖くなってきて、冷や汗が滲む。が、突如として聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
114
お気に入りに追加
649
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる