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第5話 俺が好きなのは(5)
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彼らの心遣いに、千佳はなんとも言えない気持ちになる。
嬉しいことは嬉しいし、なんてありがたいことなのだろうと思う。けれど、事情が複雑すぎて打ち明ける気にはなれなかった。
「言いたくなけりゃ当ててやろーか?」
千佳が黙っていると、安田が顔を覗き込んできた。まさか、とドキリとする。
「中原さんにフラれたの、まだ引きずってんだろ?」
「……いいえ、違いますケド」
一瞬でも動揺してしまった自分が悔しい。
それでもなお、安田は得意げな表情を浮かべていた。
「隠さなくってもいいって! だよなあ、あのモテ男には言えないのわかるわ~」
「おまっ……安田、ちょっとは自重しろ!? 日比谷のヤツどう見てもっ」
沢村が顔を青くして間に入ってくるも、安田は止まることなく、ここぞとばかりに畳みかけてくる。
やれやれ、安田にも困ったものだ――などと苦笑していたら、続く言葉に思いがけず固まってしまった。
「でもな、これだけは言っておく! 恋愛で負った傷は、恋愛で癒やしてこそなんだよ!」
いつもなら聞き流すところだが、今の千佳にとってその一言は何よりも重かった。
(きっと、明はそのつもりなんだろうな……)
思うに、明は新しい恋へと一歩踏み出したのだ。どんなに恋焦がれても報われない相手のことを、いつまでも引きずってなどいられるものか。
環境は日々変わっていくし、環境が変われば必然的に人だって変わる。
なんとなく今のことしか考えていなかったけれど、五年先、十年先……と考えたら、途方もない気がした。自分だって今と変わらず、明のことを想い続けているのだろうか。正直、先のことすぎて想像がつかない。
切ないのも、寂しいのも、苦しいのも、もしかしたら一時の感情なのかもしれない。
大抵の事柄は時間が解決してくれる。明と一緒にいられる時間が減れば、いつか気持ちも離れていくだろうから――。
「っ……」
考えを巡らせているうちに、視界がぼやけていた。
瞬きとともに、つうっと涙が頬を伝っていってすべてを悟る――無理だ、と。
(その“いつか”っていつだよ。俺、バカだから……“今”のことしか考えらんねーよ)
確かに、いつかは忘れられる日が来るはずだ。けれど、そんなものはあくまで未来の話で、少なくとも今の千佳にとっては、そう簡単に割り切れるものではない。
また、おそらく明だって同じだろう。考えだしたら、居ても立っても居られなくなった。
(……こんなの、ぜってー間違ってる!)
安田と沢村が言いあっている横で、そっと涙を拭う。タイミングよくバスが停車するなり、ICカードをタッチして急いで外に出た。
嬉しいことは嬉しいし、なんてありがたいことなのだろうと思う。けれど、事情が複雑すぎて打ち明ける気にはなれなかった。
「言いたくなけりゃ当ててやろーか?」
千佳が黙っていると、安田が顔を覗き込んできた。まさか、とドキリとする。
「中原さんにフラれたの、まだ引きずってんだろ?」
「……いいえ、違いますケド」
一瞬でも動揺してしまった自分が悔しい。
それでもなお、安田は得意げな表情を浮かべていた。
「隠さなくってもいいって! だよなあ、あのモテ男には言えないのわかるわ~」
「おまっ……安田、ちょっとは自重しろ!? 日比谷のヤツどう見てもっ」
沢村が顔を青くして間に入ってくるも、安田は止まることなく、ここぞとばかりに畳みかけてくる。
やれやれ、安田にも困ったものだ――などと苦笑していたら、続く言葉に思いがけず固まってしまった。
「でもな、これだけは言っておく! 恋愛で負った傷は、恋愛で癒やしてこそなんだよ!」
いつもなら聞き流すところだが、今の千佳にとってその一言は何よりも重かった。
(きっと、明はそのつもりなんだろうな……)
思うに、明は新しい恋へと一歩踏み出したのだ。どんなに恋焦がれても報われない相手のことを、いつまでも引きずってなどいられるものか。
環境は日々変わっていくし、環境が変われば必然的に人だって変わる。
なんとなく今のことしか考えていなかったけれど、五年先、十年先……と考えたら、途方もない気がした。自分だって今と変わらず、明のことを想い続けているのだろうか。正直、先のことすぎて想像がつかない。
切ないのも、寂しいのも、苦しいのも、もしかしたら一時の感情なのかもしれない。
大抵の事柄は時間が解決してくれる。明と一緒にいられる時間が減れば、いつか気持ちも離れていくだろうから――。
「っ……」
考えを巡らせているうちに、視界がぼやけていた。
瞬きとともに、つうっと涙が頬を伝っていってすべてを悟る――無理だ、と。
(その“いつか”っていつだよ。俺、バカだから……“今”のことしか考えらんねーよ)
確かに、いつかは忘れられる日が来るはずだ。けれど、そんなものはあくまで未来の話で、少なくとも今の千佳にとっては、そう簡単に割り切れるものではない。
また、おそらく明だって同じだろう。考えだしたら、居ても立っても居られなくなった。
(……こんなの、ぜってー間違ってる!)
安田と沢村が言いあっている横で、そっと涙を拭う。タイミングよくバスが停車するなり、ICカードをタッチして急いで外に出た。
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