上 下
37 / 41

37.貴重な経験を娘に

しおりを挟む
 
 ミンター男爵令嬢が退出すると、周囲の貴族からは称賛の声がかすかに聞こえた。

「確かに今のはミンター男爵令嬢の方がおかしな言い分でしたわね」
「オルコット令嬢? でしたっけ。立ち振る舞いが美しかったわ」
「所作が貴族だろう。それなのに貴族じゃないなんて、見る目がないな」
「お子さんもしっかりされているように見えたわ」

 私だけにとどまらず、ルルメリアまで褒めていただけるのは凄く嬉しかった。

「おかーさんカッコよかった!」
「ありがとう、ルル」
「毅然とされていて、誰よりも品のあるお姿だったかと」
「ありがとうございます……オースティン様が挟んでくださったので、どうにかなりました」

 正直、私一人の力で追い払えたかと思えばそんなことはない。オースティン様が助けてくださったからこそ、事なきを得たのだ。

 私達は貴族の視線を受けながら、会場入りを果たした。

「えんそーかい、いっぱいおんがくきけるんでしょ?」
「そうだよ。楽しみ?」
「うんっ」

 先程まで感じていた不機嫌な様子から一転し、ルルメリアは元通りになっていた。不機嫌といっても、原因はあくまでもミンター嬢だろう。

「こちらに座りましょう」

 一つの丸いテーブルを三人で並んで座る。私とオースティン様の間に、ルルメリアが座る形となった。

「もうはじまるのかな」
「そうですね。開演時刻は迫っているかと」

 ミンター嬢との問答があったからか、着席できたのはギリギリの時間になってしまった。
 オースティン様が答えた所で、開演を知らせるように舞台の幕が上がった。

「わぁぁ……!」

 初めての経験に、ルルメリアは舞台に釘付けになっていた。私はその様子を見ながら、自分も奏でられる音楽に耳を澄ませるのだった。


 演奏会が終了した。
 音楽の世界に浸れたことが嬉しく、幸せで、幕が下りても感傷に浸っていた。

「……ルル、どうだった?」
「…………すっごくよかった」

 どうやら演奏に引き付けられたようで、まだルルメリアも幕が下りた舞台を見つめていた。

「楽しんでいただけて何よりです。本日分はこれで終了になってしまいますが、また機会があればお誘いさせてください」
「もういっかい、ききたい……!」
「……オースティン様さえよければ。私もご一緒したいです」

 貴重な経験であることに代わりはないが、ルルメリアが興味を持ってくれたのなら積極的に音楽は聞かせてあげたい。そして何よりも、もっとオースティン様と一緒にいたいと願ったのが本心だった。

「それでは馬車の方に向かいましょうか」

 会場内を見渡せば、他の貴族は続々と退出していた。私達もそれに合わせるように、退出する。オースティン様は再び私をエスコートしてくれた。エスコートを受けた反対の手で、ルルメリアと繋いだ。あとは馬車に乗って帰るだけ、そう思った瞬間だった。

「もしかして……ルルメリアちゃんかい?」

 娘の名前を呼ぶ男性の声に、反射的に振り返る。
 そこには見知らぬ男性が立っており、警戒心が高まった。ぐっとルルメリアの手を握り締める。

「すみません、どちら様でしょうか」
「あぁ、これは失礼いたしました。私、ノーマンの友人で名をハンスと言います」
「ハンス……」

 その名前には聞き覚えがあった。
 兄ノーマンが時折友人との出来事を話す時に、挙がっていた名前だ。

「ノーマンの葬儀には行けずに申し訳ありません。あの時、私は他国にいたもので……」
「そうだったんですね。私はノーマンの妹、クロエです」
「あぁ、貴女がクロエさんですか。ノーマンからよく話を聞いていました。自慢の妹だと。彼には非常に世話になりました」

 警戒して言葉を返していたが、悪い人ではないように思えた。
 話を聞くと、ハンスさんは商会で働いていたようで、兄とは友人であり取引関係もあったそうだ。

「貴族の集まりで、あまりオルコットの名を耳にしなかったので勝手に心配していたのですが……元気そうで安心しました」
「あ……ありがとうございます」
「今日お会いできてよかった。実は、何か困ったことがあればお力になりたいと思っていたんです。……オルコット家が没落したという事情を知っている身として」

 その声色は、純粋に心配している様子だった。

「差し出がましいかもしれませんが、実はノーマンから自分に何かあったら娘を頼むと言われていたんです」
「え……?」
「妹はまだ若いから、重荷を背負わせたくないと。その話を聞いた時、私は既に結婚済みで子どももおりましたので。ノーマンは常にクロエさんのことも案じていました」

 兄の優しさを聞き、胸が苦しくなる。
 確かに、若くして未婚の妹が娘を引き取るよりは堅実的なのかもしれない。

「妹君が引き取られたと聞いて、私の出る幕ではないとわかってはいるのですが、ノーマンの想いもお伝えしておこうかと」
「兄様が……」

 今その話をするということは、ハンスさんはまだ引き取る気はあるということだった。気遣いはありがたいが、私としてはルルメリアを育て上げたいと思っている。ただ、ルルメリアの意思も尊重すべきだろう。

 沈黙した空気を察して、オースティン様が割って入ってくれた。

「初めまして。オースティン・レヴィアスです。クロエさんとは親しくさせていただいております」
「レヴィアス伯爵様! これは失礼いたしました。私はハンス・ブルームと申します。男爵家を継いだのは最近のことなので、新しい名前に聞こえると思います」
「ブルーム男爵家……」

 私は一人、そう呟いた。
 そしてルルメリアを見る。

 ルルメリア・ブルーム。

 それはかつて本人から説明された、ひろいんの名前だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

『完結』人見知りするけど 異世界で 何 しようかな?

カヨワイさつき
恋愛
51歳の 桜 こころ。人見知りが 激しい為 、独身。 ボランティアの清掃中、車にひかれそうな女の子を 助けようとして、事故死。 その女の子は、神様だったらしく、お詫びに異世界を選べるとの事だけど、どーしよう。 魔法の世界で、色々と不器用な方達のお話。

悪役令嬢と攻略対象(推し)の娘に転生しました。~前世の記憶で夫婦円満に導きたいと思います~

木山楽斗
恋愛
頭を打った私は、自分がかつてプレイした乙女ゲームの悪役令嬢であるアルティリアと攻略対象の一人で私の推しだったファルクスの子供に転生したことを理解した。 少し驚いたが、私は自分の境遇を受け入れた。例え前世の記憶が蘇っても、お父様とお母様のことが大好きだったからだ。 二人は、娘である私のことを愛してくれている。それを改めて理解しながらも、私はとある問題を考えることになった。 お父様とお母様の関係は、良好とは言い難い。政略結婚だった二人は、どこかぎこちない関係を築いていたのである。 仕方ない部分もあるとは思ったが、それでも私は二人に笑い合って欲しいと思った。 それは私のわがままだ。でも、私になら許されると思っている。だって、私は二人の娘なのだから。 こうして、私は二人になんとか仲良くなってもらうことを決意した。 幸いにも私には前世の記憶がある。乙女ゲームで描かれた二人の知識はきっと私を助けてくれるはずだ。 ※2022/10/18 改題しました。(旧題:乙女ゲームの推しと悪役令嬢の娘に転生しました。) ※2022/10/20 改題しました。(旧題:悪役令嬢と推しの娘に転生しました。)

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

処理中です...