上 下
31 / 41

31.決意と安堵の帰り道

しおりを挟む


 演奏会という次の約束を交わしたところで、今回はお開きとなった。
 ルルメリアのお迎えもあるので、花市場の会場で解散すると、私はそのままマギーさん宅へ向かった。

「演奏会……」

 久しぶりに貴族の世界へ足を踏み入れるのだから、私こそ淑女教育をし直さないといけない。ルルメリアのことを言っている場合ではないだろう。

(……せめて今度は、侍女だなんて言われないように)

 ぐっと思いながらも足を止める。お店のガラス越しに映る自分は間違いなく、令嬢とはかけ離れたものだった。

ぼさぼさの髪に化粧けのない顔。何より、平民に染まりきっている自分がこちらをみていた。

平民に染まることは決して悪いことではない。むしろ、没落貴族なのだから正しい身の振り方だと思っていた。しかし、このままでは演奏会には行けないし貴族には見られない。

「……自分磨き、しないと」

 ずっと後回しにしていた上に、今後もするつもりがなかったこと。
 ルルメリア第一優先で、自分のことをあまり考えていなかった。

(……でもそれは、ルルを言い訳にしてるだけね)

 頑張ればきっと両立できる。
 そう心の中で炎を灯しながら、ルルメリアの元へと急ぐのだった。



 マギーさん宅に到着すると、ちょうど他のお母さん方も到着して子ども達が解散し始めた時間だった。私はすぐにマギーさんに挨拶をした。

「マギーさん、本日は本当にありがとうございました」
「いいのよクロエさん。ハンナも皆も、ルルちゃんと遊べて楽しかったって言ってたから」

 そう言ってもらえると、胸の負担が軽くなる。マギーさんの温かな言葉を受けながら、ルルメリアの方を見れば、笑顔で他の子ども達と話していた。

(……今日ルルをこっちに連れてきて、本当に良かった)

 ルルメリアは子ども達の中心なのか、真ん中で楽しそうに笑っていた。

「もしよろしければ、これからもルルメリアと遊んでただけますか」
「もちろんよ!」
「ありがとうございます……! 今度は是非我が家に」
「あら、ありがとうクロエさん。でも無理はしないでね」

 マギーさんは最後まで私の方を気遣う言葉を選び続けてくれた。他のお母さん方も、今度はうちでと言ってくださり、母同士の関係も良いものになっていた。

「おかーさん!」
「ルル」

 タタタとこちらに駆けて来たルルメリアを迎える。他の子ども達も、お母さんたちの方へ合流していった。

「皆にバイバイした?」
「うん! またあそぼーってはなしもしたよ!」

 心底嬉しそうな表情で語るルルメリアを見ると、私の方まで笑みがこぼれた。
 お母さん方、子ども達ともう一度別れの挨拶をすると、それぞれマギーさんとハンナちゃんに見送られて帰路に着くのだった。

 私はルルメリアと手を繋いで自宅を目指した。

「ルル、今日はどうだった?」
「すっごくたのしかった!」
「それは良かった」

 にこにこと笑みを浮かべるルルメリアに、私はどんなことをしたのか尋ねる。

「皆で何して遊んだの?」
「うんとね。まずはおえかき!」
「お絵描きかぁ」
「うん! みんなあたしのえがじょうずってほめてくれたの」
「それは嬉しいね」

 どうやら皆でお喋りしながら絵を描くのが楽しかったようだ。

「それでね、それでね。みんなとおひめさまごっこしたんだー!」
「お姫様ごっこか……」

 まさか家でやっていたことをそのまましたのだろうか。少しだけ心配が過るものの、ルルメリアの言葉で安堵が生まれた。

「みんなでおちゃかいしたんだ!」
「お茶会かぁ。とっても素敵だったんだろうね」
「うん! すっごくたのしかった!」

 それなら微笑ましい光景だ。よく思い出してみれば、私がルルメリアにしたのも教えとは言えもっとこうすればお姫様っぽくなるよという助言なので、貴族だと露呈することはない。

(……没落貴族だというのは簡単だけど、気を遣わせたくはないな)

 きっと優しい皆さんのことだから、貴族という肩書に反応して意識してしまうはずだ。でも私は、せっかくできたルルメリアのお友達の関係を崩したくはない。

「おかーさんは? おーさんとなにしたの?」
「私? 私とオースティン様は花市場に行ってきたんだ」
「はないちば?」

 キョトンとするルルメリアに、花市場についてざっくり説明した。

「えー! いいなぁ。あたしも行きたかった」
「ごめんね、日にちが被っちゃったから」
「あたしもおいしいものたべたかった」

 なるほどそっちか。
 オースティン様と会えなかったことももちろん残念がっているとは思うが、子どもの本心としては美味しいものがほしかったようだ。

「ルル。それならね、お家にとっても美味しいプリンがあるよ」
「ぷりん⁉」

 勢いよく私の方を見上げるルルメリア。
 私はニッと口角を上げた。

「それもね、ただ美味しいだけじゃないんだよ」
「え?」
「なんと、オースティン様が作ってくれたプリンなの」
「えぇっおーさんが⁉ すごーい!」

 その瞬間、一気に目を輝かせるルルメリア。
 ぱあっとより明るい笑顔が顔一面に広がった

 その後、ルルメリアは家に到着すると物凄い速さでプリンを平らげてしまった。見てるこっちが嬉しくなる食べっぷりは、オースティン様に見せてあげたかったなと感じるほどだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...