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18.伯爵様とピクニックを 前
しおりを挟む約束をした五日後の朝。
私はルルメリアと昼食を作っていた。実は会う予定を立てたはいいものの、何をするかまでは決めていなかったのだ。
ルルメリアに何かしたいことがないか尋ねたところ、ピクニックと返ってきたので採用した。今はそれに必要なランチボックス作りをしている。
「みてー! るるめりあとくせい、さんどいっち!」
「上手にできたね」
「うんっ!」
五歳児にしてはよくできている。花冠でも思ったが、ルルメリアは手先が器用なのかもしれない。
微笑ましい様子を見守りながら、一緒にランチボックスを作り上げるのだった。
「おーさん、まだかな?」
「もう少しじゃないかな」
玄関の扉を仁王立ちでじっと見つめるルルメリア。準備万端で、今すぐにでもお出掛けできる状態だ。今日もお気に入りの帽子を被っている。
オースティン様は、お昼前に我が家を訪ねてくれるとのことだった。
ご足労いただくのは申し訳ない気持ちだが、かといって私達が伯爵邸に行くことの方が分不相応に思えるので前者を選んだ。
玄関とにらめっこするルルメリアに、気になるなら扉を開けて待てばと伝えたが、どうやら扉をノックしてほしいのだとか。不思議なこだわりだ。
ルルメリアが扉を見つめてから十分ほど経過すると、コンコンという音が響いた。
「オースティンです」
「はーい!」
ぐーっと手を伸ばして、ドアノブに手を掛けるルルメリア。背伸びしてようやく届くほどの高さにあるので、一生懸命つま先立ちをする。
「あいた!」
「おぉー……あっ!」
どうにか頑張って扉を開けたルルメリアは、勢い余ってオースティン様に突撃してしまった。
「ごめんなさい、おーさん」
「いえ、私の方は問題ありません。ルルさんは大丈夫ですか」
「うん!」
さっとルルメリアを立たせるオースティン様に、私は慌てて駆け寄った。
「すみません、お怪我は」
「ありません」
「あたしもない!」
「それなら良かった……」
安堵の息を吐くと、私はランチボックスを入れたバスケットを手にした。
「クロエさん、持ちます」
「大丈夫ですよ。それにオースティン様、片手がふさがってますし」
「一つや二つ、そう変わりません。持たせてください」
「……それなら」
相変わらず表情は動かないものの、言葉ではきちんと表すオースティン様。
やけに持ちたいと主張されたので、お言葉に甘えることにした。オースティン様の両手をふさいでしまったが、本人は問題ないと言う。
「オースティン様。本日なのですが、ピクニックに行こうかと思いまして」
「ピクニック。是非とも参加させてください」
「ぴくにっく!」
両手を胸の前に掲げながら、楽しみだという様子を全面的に出すルルメリア。
「それじゃあ行こっか」
「うん!!」
ルルメリアと手を繋ぐと、早速ピクニックにふさわしい原っぱに向かうことにした。住宅街を抜け、木々に囲まれた道へと入る。
「ぴくにっく~ぴくにっく~」
終始ご機嫌なルルメリアは、鼻歌を口ずさみながらスキップしていた。
「おーさん、ぴくにっくはじめて?」
「お恥ずかしながら初めてです」
「あたしもはじめて!」
「そうなんですね」
何か話した方が良いだろうと思った瞬間、ルルメリアが明るい声で沈黙を破ってくれた。
「クロエさんは」
「私は何度かしたことがあります。主に兄とですけど。幼い時、よく連れていってもらったんです」
「とても素敵なお兄様ですね」
「……はい。自慢の兄です」
今の私から見ても、兄は優しくて気遣いをよくしてくれる人だった。ピクニックに連れ出してくれたのも、私が退屈だと感じていたからだろう。
「初めてのピクニックということでしたら、絶対良い思い出にしましょう」
「……ありがとうございます」
貴重な一日を使うのだから、できる限り有意義なものにしたい。私はオースティン様に力強く頷いた。
「あたしもー!」
「うん、ルルもね」
繋いでいた手の方を上げられると、私は小さく微笑んだ。
町の外れにある原っぱに到着した。平民にとってはピクニックに最適な場所なので、他の家族達で賑わっていた。
「ひとがいっぱい!」
「いっぱいだね」
もう少しばかり空いているかと思ったが、くつろげる程度の混み具合なので大丈夫だろう。
「クロエさん。到着したらまず何をすれば良いのでしょうか」
「まずはシートを敷けるよう場所の確保ですかね」
「わかりました」
小さく頷くとキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「おーさん、あそこは?」
ルルメリアは小さな木の下を指差した。そこは少し中心から外れていて、人も少ない場所だった。
「素晴らしい場所かと」
「やった!」
早速移動して、バスケットの中からシートを取り出す。オースティン様と協力して広げると、ルルメリアが「いちばんのり!」と言ってシートに座った。
私達もそれぞれルルメリアの両隣へと座った。
「おーさん。あたしね、おかーさんとおひるごはんつくってきたの!」
「本当ですか、とても嬉しいです」
「お口に合うかはわかりませんが」
高価な材料などは一切使っていないサンドイッチ。貴族であるオースティン様の口に合うか不安だった。
「完食します」
「……ありがとうございます」
思ってもみなかった答えに、口元が緩んでしまう。
ランチボックスを取り出すと、中身を見ないままオースティン様は宣言した。彼なりの配慮だろうか。やはり優しい人だ。
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