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14.差し込んだ光(オースティン視点)

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 ずっと尊敬していた兄が、突然いなくなってしまった。

 レヴィアス伯爵家の次男として生まれたが、既に優秀な長男がいた。それが兄、アーノルドだ。

 俺は昔から表情を動かすのが苦手だった。感情は動くのに、無表情な子ども。それがずっと続くと、使用人や同年代の子どもに怖がられ、気味悪がられていった。

 それでも何故か、兄だけはわかってくれた。「お腹空いただろ?」「今のは嬉しい顔だな」なんて、すぐに伝わってくれた。

 邪険にしないで接してくれたのが嬉しかった。ここからだろう、将来は兄の役に立ちたいと思ったのは。

 実際、その願いは叶った。学園を卒業すして十九歳を迎えると、正式に兄の補佐につくことになった。

 そこからは、平凡で変わり映えのない、だけど平和な日々を過ごせていたと思う。

 だから信じられなかったんだ。失踪した、だなんて。

 最初は、きっと誰かに伝え忘れたまま外出したのだろうと思っていた。だけど、帰って来る気配が全くなかった。その上、兄の部屋は人が生活していた様子が感じられなかった。

(……どうして、洋服が一つもないんだ?)

 突如姿を消したことに、明らかな違和感を覚えた。まるで意思をもっていなくなったかのように、状況が示していた。

「オースティン様……大変申し上げにくいのですが」

 長年レヴィアス伯爵家に務める執事が、曇り顔でやってきた。嫌な予感がした。彼がこんな顔をするところなど、見たことがなかったから。

「貯蔵庫にあったはずの家宝や財産の一部がなくなっております」
「賊が入ったのか」
「……その痕跡はありませんでした。貯蔵庫は誰かが正規な手段で入ったとしか。それができるのは、当主であった伯爵様のみなのです」
「……そんなはずない」

 執事が言いたかったのは、兄アーノルドが家のお金を持ち出して姿を消したということだった。鍵を管理していたのは兄だけだったから。

 にわかに信じがたい。いや、信じたくない。あの兄が、家のために尽くしていた兄が、盗人のようなことをするだなんて。

 それからも、兄が帰ってくる様子はなく、伯爵の席が空いたままだった。

(俺が……この席に座れという声がある。……だけど、そんなことはしたくない)

 ここに座ってしまえば、兄が帰ってこないことを認めてしまう気がしたから。

 俺の中では後悔と疑問と、自分への不甲斐なさで埋め尽くされていた。

 兄にとって俺は、頼れる存在ではなかったのだろうか。たった二人の兄弟で、この世にいる家族なのに。簡単に捨てられるような存在だったのだろうか。

 悔しくて、苦しくて、そして段々わからなくなっていった。

(俺はずっと……兄様を支えられるよう、準備してきたんだ。それなのに)

 支えるはずの兄は、伯爵の席を放棄して姿を消してしまった。それに加えて、もし本当にお金を持ち出したのなら。

 ーー俺は一体、兄の何を見ていたんだろう。

 お金を持ち出すほど苦しい状況に、どうして気が付けなかったのか。兄は俺のどんな些細なことでも気が付いてくれたのに。

 何もできない自分に嫌気がさして、胸がどんどん締め付けられていった。目の前が暗くなっていくのがわかった。

 そして、気が付けば馬車の前へと体が傾いていた。

 それを助けてくれたのが、クロエ・オルコット様だった。

 最初はどうして手を引くんだと思っていた。見ず知らずの人間にここまで親身になってくれる理由がわからなかった。

 だけど「帰ってこれるよう守れば良い」と言われて、はっとさせられたのだ。それと同時に、自分が伯爵なのだと改めて認識させられた。

 目の前が暗くなっていたけれど、兄がいない分、自分がしっかりしなくてはいけない。伯爵家に生まれた以上、責務を全うする義務がある。そう思うと、まだ頑張ろうと思えたのだ。

 気持ちが晴れると、視線と思考が彼女に向いた。
 
 世の中には、こんな自分に気にかけてくれる、それも親身になって解決しようとしてくれる人がいるのだということを知った。

 純粋に嬉しかった。
 誰かに気にかけてもらうことなど、家族以外には初めてのことだったから。

 気付けば、強かな彼女に惹かれていた。

 自分よりも辛い状況であるのに、暗い顔一つせず、懸命に生きている。足を止めることなく動き続けている彼女と、もっと話したいと思ったのだった。

(……この縁を、どうにか繋いでおきたい)

 そう強く思うほど、彼女のことが頭から離れなかった。  

 ミルクティーのようにふんわりとした髪色。それに対するように、キリッとした海のような瞳。穏やかで、優しい声色はずっと記憶に残っていた。

 伝手はない。ただわかるのは、王立学園に務める女性で、名をクロエ・オルコットというだけ。

 まずは王立学園に向かおうと動き出したその日、幸運なことに再び彼女と再会できたのだった。



 
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