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43. 追憶する姫君⑩

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 話題は建国祭の内容へと移る。

「やはり建国祭は国随一のお祭りでしょう?期間中は常に盛り上がってるのかしら」

「そうだね、騒ぎたい人は多いから賑やかなのは正しいよ」

「なるほど」

 だとしたらウィルの苦手意識は理解できる。元々建国祭は好きではない彼だが、年々めんどくさそうにしているのを私は知っている。

「そうだヴィー。夜会はともかく、期間中のパーティーには出られるのかい。デビュタントは16歳で、来年はまだ15歳だよね」

「そう。それは私も気になって父上へ問い詰めたのよ」

「問い詰めたのか」

「えぇ。だって、訪問は解禁したがデビュタントは済ませてないからパーティーの参加は許可しない、だなんて誰が頷くの。建国祭のメインイベントじゃない!それに参加できなくてなにが何が訪問よっ」

「それで、結果はどうなったのかな」

「参加を勝ち取ったわ」

「おめでとう、良かったね」

 父の言い分はわからなくはないが、今回は譲らなかった。15年間も黙って素直に約束事を守ってきた私の反抗に驚いたものの、母は小さな反抗期と捉えて穏やかに見守っていた。初めは頭を悩ませていた父も、折れない私を見て諦めてくれたのである。

「そうだわ、それで思い出した。ウィル」

 改めてウィルに向き合って、真剣に瞳を見つめる。

「……何かな」

「重大任務よ」

「重大任務、とは」

「こうなると自動的にデビュタントを建国祭で行うことになるのよ。エスコートを頼むわ」

「それはまた……」

 極めて重大な任務である。
 
「とは言っても、事実上のデビュタントだけれどね。私本来のデビュタントは、来年同年代のご令嬢方と共にすることになってるから。そこの細かい話はデューハイトン国王にも説明しておくと父上が仰ってたわ」

「事実上、ね」

「えぇ。私の気持ちとしてはデビュタントと言っても過言ではないわ」

「わかったよ。ちなみにヴィー、デビュタントはただパーティーに参加して終わりではないことはわかっている?」

「もちろんよ。挨拶などもあるけれど、主にはダンスをするのでしょう。だから少し前からダンスのレッスンを受けてるの」

 本来ならばもう少し遅い時期から始めるが、ダンスをする場面が早まった為の措置だった。

「準備万端だと」

「もちろん。ウィルの足を踏むわけにはいかないからね。ちなみにこれまでウィルは何人と踊ったの?ざっと千を超えるのかしら」

「ヴィーは僕を何だと思っているのかな」

「あら、違うの?」

 てっきりウィルは何人ものご令嬢方と踊っているものだと思ったが、違うのだろうか。

「基本、デューハイトン帝国ではファーストダンスは婚約者とだよ。生憎僕の婚約者は今までパーティーへ参加したことがないからね。残念ながら一度も踊ったことはないんだ」

「…………ええっ!」

「驚くところなのかな」

「だ、だって。そんな……」

 予想外の回答に体が固まってしまう。

「それは、申し訳ないことをしたわウィル。謝罪を受け入れて欲しい……」

「どうしてヴィーが謝るんだか。むしろ良い風避けになってるとは思わないのかい?」

「だって、ダンスといったらパーティーのメインでしょう。それができなかったのよ?」

「いいかいヴィー。世の中にはそのメインが面倒に感じている者も存在していると覚えておくように」

「…………そう、なの」

 それでもどこか罪悪感は拭えず、ウィルを知らないところで巻き込んでいたことに落ち込むのであった。

「……ヴィー。じゃあ、こう考えようか。来年の建国祭でヴィーは晴れて事実上のデビュタントができる。僕はそれをエスコートすることができる。そして、お互いに初めて踊ることができる。嬉しいことが重なった記念日になる。どうかな?」

「言われてみれば……それもそうね。良いことが重なったわ」

 物は言いようだが、ウィルのいつになく優しい言葉は心に染みていった。

「え、待って」

「まだ不安要素があるのかな」

「あるわ……大有りよ。大変!私ウィルの人生のファーストダンスを務めるってことになるわよ、大役じゃない!!」

「言われてみれば、そうだね」

「どうしよう、てっきりある程度ウィルがリードしてくれると思い込んでたのに」

「リードはするから安心してね。実際問題踊ったことはないけれど、教養としてしっかりと身に付けてはいるから。そこは理解してほしいな」

「……なら、大丈夫ね。やはり私達は運命共同体だわ。ファーストダンスが重なるのなんて、歳も生まれた国も違うから絶対にないと思ってたのに」

「その運命共同体って言葉はヴィーのお気に入りなのかな」

「いい響きでしょう」

「……そうだね」

 自慢気にその言葉を自分たちに繋げながら、微笑んだ。

「デビュタントはきっと緊張するでしょうけど、ウィルが隣にいるなら平気ね」

「素になりすぎないようにね」

「もちろん気を付けるから安心して。絶対にウィルに恥はかかせないわ。ファーストダンスの相手として文句無しの出来栄えにする、ここに約束するわ」

「じゃあ、僕もヴィーのファーストダンスの相手として相応しいと思われるように頑張るよ。ヴィー、君に誓おう」

「えぇ」

 交わした約束と誓いを胸にしまう。

 その後は建国祭に備えて教養と淑女として申し分ない姿を身につける日々を過ごした。

 その日を楽しみにしていた、他のことなど気にならない程に。

 思えば自分もこの時既に、自分のことしか見えてなかったんだろう。謎に包まれた自国の本当の姿に気づくことなく、平和に包まれて自身も安心しきった日々を過ごしていた。

 知らない内に不穏な影は歩み寄り、知らない内に侵食しきっていたのかもしれない。

 誓いと約束は果たされることなく、ロゼルヴィアの人生は悲劇を───。
 
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