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94.突き刺す一言(クロエ視点)
しおりを挟む私はサミュエルのことを愛していた。そしてその想いは今もなお、変わらない。
好きで、愛しくて、隣にいたいと願った人。
けどそれは叶わない、これが運命だった。
残酷で、足掻く術もない、先に居なくなることが私達の結末。何をしても変えられない、それでも変えようともがき苦しんだのがサミュエルだった。
何度も、何度も。
サミュエルはやり直すことで、私を延命させる未来を作り出そうとした。
その事実に気が付いたのは案外早いもので、恐らく三回目ほどからは意識があったと思う。もちろん私も願った。叶うことなら彼と年老いる時まで暮らしたいと。
その願いが回帰を終えることに変わるのに、時間はかからなかった。
神に仕えてきた者として、この国の、この世界の命の重さや尊さは理解している。当然、神の祝福に関する書物だって読んだ。運命を変えることが不可能なことは、考えればすぐわかる。
それが可能なら、今まで祝福をもらった大神官の中にもそう願う人が居たはずだから。誰もそうしなかったのは、皆がわかっていたから。
大前提の話、神レビノレアは私達人間のことを大切に思っている。そんな人でさえ、戦争や飢饉で失った人を取り戻す力は与えなかった。
それが運命だから。
定められた理に逆らうことは誰にもできないのだ。
(……サミュエルも、絶対にわかっているはずなのに)
正論をぶつけても、彼は言うだろう。
今まで誰もやらなかったのではない、できなかっただけだと。そして今の自分にはそれを可能にできると豪語することになる。
だがそれは無理なのだ。
(……レビノレア様にできないことが、サミュエルにできるはずがない)
この事実を、サミュエル本人も本当はわかっている。だけど、願う想いが強すぎて、誰の声も耳に届かないのだ。
(本当は……この話はしたくなかった。私が隠そうとした秘密)
それを最終手段として、武器にする。
(もう……この言葉しか、サミュエルには届かない)
そしてその想いは、聖女様に届いていることだろう。私の手の内を最後まで彼女達に明かさなかったが、それでも聖女様は理解した眼差しをくれた。
(……私の声を聞いてくださったのは、貴女だったんですね)
小さく微笑むと、私は前を向いた。
周囲には、横たわるサミュエルと、気を失う聖女様を大切そうに抱えるディートリヒ様。
そっとサミュエルの頬に触れると、一言呟いた。
「……ごめんなさい」
立ち上がり、神像の方へと歩き出す。
「トルミネ嬢」
「ディートリヒ様。……伝えて参ります。苦しめることになるでしょうが」
本当なら苦しめたくなかった。これが私のわがままであることは、重々承知している。
「私は……彼の中で、良い人で終わりたかったんだと思います。美しくも忘れられない大切な思い出として」
曖昧すぎる弱音は、ディートリヒ様を困惑させるだけだと思いながらも声を止めることはできなかった。それでも、ディートリヒ様はご自身なりに答えてくれた。
「……それでも私は、知りたいと願います。自分達の間に関係することなら、全て」
「……ありがとうございます」
そのおかげで、ほんの少しだけ胸の不安と重圧が消えた。ペコリとお辞儀をすると、ゆっくりとした足取りで神像へ向かった。
そして両足で跪くと、両手を重ねて目を閉じながら祈りを捧げた。
「……レビノレア様。どうか私の声を届けてくださいませ」
そう願いながら、少しの間祈り続けた。すると、優しくも力強い声が部屋に響いた。
「サミュエル。貴方は知るべきです。クロエさんの本当の想いを」
「ルミエーラ様……!」
後ろでディートリヒ様が驚きを漏らす声が聞こえる。続いて、冷静さを失った声が届いた。
「知っているさ! 聖女、お前より遥かに詳しく!!」
「それなら、答え合わせをしましょう」
「何を言って」
「貴方が自分の言葉に確固たる自信があるのなら、声の聞こえる方へ向かうべきです。そこに本当の答えがありますから」
(……やはり、あの日の声は届いていたんですね)
ぐっと祈る手の力を強めると、私はサミュエル目掛けて語り始めた。
「サミュエル、聞こえていますか? クロエです」
いつになく慎重に、一つ一つの音が言葉となってサミュエルに届くように、集中しながら声を発する。
「クロエ……どこにいるんだ!」
「安心してください。傍にいますから」
「そ、そうか……良かった」
恐らくここではない場所に意識が飛ばされた二人。となれば、サミュエルからは私とディートリヒ様の姿は見えない。
(……馬鹿ね、見えないことに安心するだなんて)
サミュエルが安心するのと同時に、別の意味で同じ安堵を浮かべた。でもそれは、まだ自分に覚悟が足りていない証拠だった。
「クロエ……今すぐに行う。君と聖女の運命を変えれば、クロエは生き延びられるんだ」
変わらないサミュエルの主張を聞いて、臆病な気持ちが引っ込んでいく。
「サミュエル。……絶対であるこの世界の理を崩すことは、神であってもできません。それは、レビノレア神を越える越えない、の話ではないのです」
「ク、クロエ……?」
「諦めてください。その願いは、誰も叶えることはできないのですから」
「クロエ!!」
正論をぶつけた。そのはずなのに、サミュエルはまだ反論をするつもりだった。自分の意思を、絶対に曲げない様子だった。
(……もう、いいの。サミュエル)
一筋の涙が頬を流れるなか、私は想いを吐露し始めた。
「……ねぇサミュエル」
「どうしたんだ、クロエ」
「もし。もしもその運命の入れ替えが上手く行かなかったとして。その時はまた、やり直すの?」
「もちろんだ。何度でもやり直す」
「……この方法が不可能だとわかったら?」
「簡単なことだ。その時は、また新しい道を探せばいい」
「……諦めないのね」
「諦めることはない。クロエ、絶対に君を死なせないと約束するよ」
「サミュエル……」
ーーあぁ、なんて皮肉なんだろう。
サミュエルの最後の一言は、私の胸の痛みをえぐり出してしまった。
「約束は不可能よ」
「クロエ……そんなことはない。今の私なら不可能なことなんてーー」
「サミュエル」
神の力だとか、大神官の立場だとか。
そんなものではなく、もっと根本的な問題に彼は最後まで気が付かなかった。
その辛さからか、被せるように遮った。
「私はあと何回死ねばいいのかしら」
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