78 / 115
78.護衛騎士の帰還
しおりを挟む回帰直前に起こった全てのことを、順を追って丁寧に説明した。
「……なるほど。だから今回、大神官がルキウス様ではないという異例な状態になっているわけですね」
今どこにいるかわからない、何度もお世話になった、私にとっては真の大神官であるルキウス。彼の姿を思い出しながら、力なく頷いた。
「今サミュエル様が大神官で居続けるのは、回帰の理由である最愛の方を助けるため」
アルフォンスは一つ一つ状況を整理して、複雑に絡まった記憶をほどいていった。
「そのために他人の人生を入れ換える、ですか」
(…………)
初めにサミュエルは、身分という肩書きや立場が似ていることからアルフォンスを身代わりにしようと企んだ。それは失敗に終わり、今度は聖女である私が身代わりの対象となっている。
思うことがあった私は、そっとペンを持って自分の考えを記し始めた。
『成功はしないと思う』
「……サミュエル様が神に等しい力を持っていても、でしょうか」
アルフォンスが抱く疑問は当然のものだ。誰でも、神または神に近しい存在となれば不可能はないと思うはずだから。そしてそれは、サミュエルでさえも同じで、彼の場合はその思い込みにすがり続けているように思う。
それでも世界は残酷なもので、サミュエルの願いはどんなに抗っても叶えられないのだ。その理由を含めて、アルフォンスに返答した。
『神であっても、人の生死に関わることだけは変えることができない。そうレビノレアが教えてくれたの』
「!」
これ以上ない、絶対的な根拠。神が言っていたから。同時にそれは、光を見出だすことのできない重い言葉ともなる。
それを伝えると、アルフォンスも納得したようだった。
「……覆せない運命、ということなのですね」
(……えぇ)
愛する人を救いたいというサミュエルの想いは、痛いほどわかる。私が彼の立場だとしても、同じ道を進まない保証はない。
(たまたま……私が止める側の人間だっただけ)
そう理解すればするほど、サミュエルのことを恨めなくなっていた。
何度も、何種類もの方法を試して、今もなお諦められない人間に「諦めろ」と宣告するのはあまりにも酷なことすぎる。
ーーそう迷っていた時期も確かにあった。
それでも、決意することができた。
(…………でも、私は聖女だから)
必ず止めると、レビノレアに約束した。そのために呼ばれたのが私で、サミュエルを止めて世界の流れを再び動かすことが私の使命だから。
ぎゅっと手のひらに力を入れると、アルフォンスはその上からそっと手を重ねた。
「ルミエーラ様」
(はい)
「もう二度とお傍を離れません」
(!)
力強くも優しい眼差しは、私の心まで包み込んで支えてくれた。
「ルミエーラの選ぶ道に、私はどこまでもついていきます」
(……ありがとう、アルフォンス)
いつでもアルフォンスは私を励まして、心強い言葉をくれる。その言葉が、声が、いつも以上に胸に染み込んで心を温めてくれた。
つい先程までの他人であった時間が嘘みたいに、私にとっての変わらない護衛騎士であるアルフォンスが隣にいてくれる。それが何よりも嬉しくて、心強い。
(あ……どうしよう)
言葉で表せないほどの嬉しさが込み上げてきたからか、再び涙まで浮かび上がってしまった。すると、アルフォンスは私の目尻に手を伸ばして涙を拭った。
「……もう二度と、悲しい涙も流させません」
(……約束よ)
「約束です」
小指をそっと出せば、アルフォンスは拭わなかった反対の手で指切りを交わしてくれた。
作業部屋に、かつての雰囲気が戻ってくると一気に明るくなった気がした。和やかな空気が流れ始めたその時、アルフォンスが何かを感じ取った。
「…………外が騒がしいですね」
(騒がしい?)
「はい。誰かがこちらに向かってくる気配が」
(……!)
その言葉に頭を働かせると、足音の持ち主が誰だかわかった。
(バートンだ!!)
まずい。今のバートンはアルフォンスを知らないのだ。つまり、もし今この状況を見られれば、あらぬ誤解を生む上に、色々と問い詰められるのは避けられない。
慌てて文字を書き起こしていく。
『バートン! バートンが帰ってきた!』
「神官長様ですか」
伝えたいのはそれだけないので、急いでページをめくって更に手を動かしていく。
『だから隠れて!』
「えっ」
突然の展開に、さすがのアルフォンスも理解が追い付いていない様子だった。説明する時間も惜しいので、私は作業部屋を見回した。
(隠れられる場所……隠れられる場所……)
キョロキョロと見回すと、書類を置く棚が目に入った。そして反射的にアルフォンスの腕を掴んで、二人で立ち上がった。
「ル、ルミエーラ様!?」
(こっち!)
棚の前に連れてくると、身振り手振りで中に入ることを伝える。
「こ、ここには入らない気が」
(大丈夫、多分入るわ!)
「……」
確かに棚の高さはアルフォンスの腰くらいで、横に大きいものだった。
(丸まればいけるわ!)
手で丸を作りながら、いけることをどうにか伝える。足音が私にも聞こえるほど近付いて来たところで、アルフォンスは意を決したように中に隠れた。
その瞬間、扉がノックと同時に開くのだった。
10
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる