上 下
77 / 115

77.声に導かれて

しおりを挟む



 茶葉を取りに行くと言っても、隣の備品がまとまって置かれている部屋に行くだけだった。

(茶葉、茶葉……)

 滅多に来ないこともあって、探し当てるのには少し時間がかかってしまった。

(……今度ここ掃除しに来よう)

 所々埃が見え、掃除が足りないのは明らかだった。

(掃除は当番制だけど、ここは対象外なのかもしれない)

 かく言う私も頻繁にこの部屋を訪れるわけではないので、あまり詳しいことはわからなかった。考え過ぎても仕方ないので、動かしたものを元通りに整理して部屋を後にすることにした。

 扉に近付くと、中からなにやら物音が聞こえる。

(……もしかして座ってないのかな)

 疑問を浮かべながらそっと扉を開ければ、部屋の中は思いもよらない光景で広がっていた。
机の上に、書類が乱雑に並べられていたのだ。

(窓でも開けたの……?)

 何か不穏な様子を感じながら、最後まで扉を開けばそこには頭を抱えるアルフォンスがいた。

「うっ」

 見るからに激痛に襲われているようで、これ以上ない彼の苦しみを表情が表していた。こんなに辛そうなアルフォンスは初めてで、驚いてしまった。だがそれよりも、心配の気持ちの方が大きく上回ってしまったのだ。

「アルフォンス!!」

気が付けば彼の名前を呼び、傍まで駆け寄っていた。倒れそうになる背中に手を伸ばして、なんとか支えようとする。すると、彼はこちらを向いて力なく微笑んだ。

 その笑顔からは、どこか懐かしさを感じて。

 私の思考が追い付くよりも前に、アルフォンスが私の名前をそっと呼んだ。

「ルミエーラ、様……」
(!!)

 それは、今までの他人としての無機質な声色ではなくて。
 何度も聞きたかった、聞いていたかった暖かい声。

 その瞬間、アルフォンスは倒れそうになる体をどうにか起こして、そのまま勢いで私を抱きしめた。その事実が信じられなくて、夢かと思うたびに、アルフォンスの包み込む力は強まっていったのだった。

(……夢じゃない。嘘じゃない)

 温もりが心の芯まで伝わると、ようやく理解が追い付いて、どんどん涙がこぼれ落ちてしまった。

「ルミエーラ様…………お傍を離れてしまい、大変申し訳ありません」

 聖女様。ではなくルミエーラ。そうアルフォンスに呼ばれることで、嬉しくて仕方なかった。聖女様と呼ばれる度に、私の胸は苦しくなっていたから。その嬉しささえも涙に変わっていって、私の涙は収まる気配が一向になかった。

(…………本当よ)

 そう心の中で小さく呟きながら、感じていた苦しさを小さな怒りに変えて、アルフォンスの胸を叩くことでその思いを伝えた。

「すみません……」

 その表現に謝罪が返ってきたが、声色は明るいものだった。
 私が叩くのをやめると、アルフォンスはお互いに顔を見える程度に体を離した。といっても、彼の腕は私の体を支えたままで、距離は変わらないままだった。

(……アルフォンスも泣いたのね)

人のことが言えないほど、恐らく私の顔も酷いものだが、アルフォンスの目にはまだ涙が残っていた。それを拭おうと手を伸ばすと、それを察したアルフォンスが少しこちらに顔を近付けた。

 やはり私の顔も相当酷かったようで、今度はアルフォンスが私の顔に残った涙を拭ってくれた。

(……お互いたくさん泣いたなぁ)

 拭ってもまだアルフォンスの顔はほんのり赤いので、自分も同じであることは容易に想像できた。

 お互いにようやく落ち着くと、二人並んで座ることにした。

「ありがとうございます、ルミエーラ様」
(……?)
「あの時名前を呼んでいただけたから。思い出せました」
(それは偶然だと思うけど……それよりも、この書類のおかげじゃ)
「間違いなく。ルミエーラ様のおかげです」

 私の心を視線から察したのか、アルフォンスは念を押すように感謝を告げた。

「……確かにこの書類は、きっかけをくれました」

 そう呟いたアルフォンスは、推測を語り始めた。

「恐らくですが、私はサミュエル様……今は大神官様ですね。彼に記憶をいじられたかと」
(私もそう思う)

 アルフォンスの目を見ながら、頷いて同意した。

「私が……本来何者であったか思い出せないように仕向けたんだと思います」
(……意地の悪い)
「だから、ルミエーラ様本人ではなく、関連する何かが必要だったんだと思います」
(確かに。スケッチブックに、この書類。何度も見たものだから、思い出せたのかも)

 サミュエルの思惑通り、確かにアルフォンスは今回の回帰で記憶を意図的になくされ、その上これまでとは違う道を歩かされた。そこまでして、サミュエルは私とアルフォンスを離したかったようだ。

(それでも、アルフォンスは思い出してくれた)

 奇跡が起こったのは明らかだった。本当に良かったと安堵のため息をつけば、アルフォンスも同じ思いであることが表情から読み取れた。

「今更ですが、念のための確認をしても?」
(もちろん)
 
 問いかけに即座に頷くと、アルフォンスは笑みを浮かべながら確認を始めた。

「私の記憶は少々複雑になっているのですが、回帰したということであっていますか?」

 今度は、申し訳ない気持ちを含めながら頷くのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!

吉野屋
恋愛
 母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、  潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。  美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。  母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。  (完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)  

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

処理中です...