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74.教会の訪問者
しおりを挟むスケッチブックを落とした翌朝、バートンと見習い神官達に混ざって祈りを捧げた。
(……駄目だ。やっぱりレビノレアから何の反応もない)
サミュエルが遮断させているか、レビノレアが眠っているかと様々な憶測が浮かぶものの、何一つとして証拠がないため、モヤモヤしたまま朝を終えた。
バートンの昨日の言葉は本気だったのか、今日渡された仕事は半分以上減っていた。
(こんなに少なければさっさと終らせて、昨日みたいに外に行ける)
またアルフォンスに会いに行く、その時間の確保は余裕でできそうだった。
(でも……今は会いに行っても、どうしたら良いかわからないわ)
ただでさえ、書かなければ伝わらないというのに、その気力は芽生えそうになかった。
(今は取り敢えず、ゆっくりでいいから仕事をしよう。……部屋にもいたくないし)
そう。あの後ジュリアは当て付けのように乱雑な仕事を行ったため、却って部屋が汚くなってしまった。その上何もしないくせに堂々と部屋に居座るので、ゆっくりしようにも不可能なのだ。
(……ソティカに会いたい)
比べることも失礼なほど、ソティカとジュリアでは世話係としての器量に雲泥の差があった。ため息をつきながら、仕事を始めに作業部屋へ向かう。すると、昨日の私とは違い、教会の正面玄関から外に出るバートンと数人の見習い神官の姿が見えた。
(……そういえば午前中は王都から離れた教会を訪問するとか言ってた気がする)
月に一度ほど出掛ける、バートンにとっての恒例行事のようなものだ。その後ろ姿を見送ると、今度こそ作業部屋へ向かうのだった。
(……仕事をする前に、新しいスケッチブックを作ろう)
余っていた物があったので、それを作業部屋へ持っていくと、早速日常会話を書き込み始めた。
(こんにちは、ありがとうございます、よろしくお願いします、大丈夫です……あと何かあるかな)
いざ書き始めてみると、明らかにページ数が余りすぎて、書き込む言葉が足りていないことがわかった。
(うーん……)
悩んでいると、部屋がノックされた。
(えっ。……もしかしてバートン? ここは見習い神官は近付いてはいけないことになってるから……)
固まったまま扉を凝視していると、もう一度だけノックがされてから扉が開いた。ノック音に反応するように、無意識にスケッチブックは隠した。
(!!)
扉を開けたのは見習い神官らしき人物で、そっとこちらを覗き込んでいた。
「あ、良かった! 聖女様いらっしゃったんですね」
(え……うん)
驚きながらも頷くと、明らかに見習い神官は安堵のため息をついた。
「聖女様にお客様がお見えです。神官長様不在のため訪問をお断りしようと思ったのですか、何分お相手が貴族様でして。後はよろしくお願いいたします」
(……確かにバートン不在なら代理は私になるんだろうけど。な、なんだろう。悪気はないんだろうけど、少し失礼に感じる)
見習い神官の行動はどこか抜けていて、丁寧なものとは言えなかった。
私が話せないことを知らない見習い神官は、私が何も言わないのを同意と見たようで、すぐさま扉を閉めてお客様とやらを迎えに行っていた。
(貴族……サミュエルなら大神官として来るだろうから違うわよね。でも面識のない貴族がいきなり訪ねてくるわけないから)
どうしようかと悩ませていれば、再びノック音が部屋に響いた。
(知らない人だったら色々まずい。か、隠れなきゃ)
幸いにも作業部屋には頑張れば隠れられそうな場所があったので、そこに移動しようとそっと立ち上がった。
「失礼します、聖女様。入ってもよろしいでしょうか」
(!!)
声だけで誰かを判別できるのは、そう簡単なことではない。けれども、彼の声は特別だった。
(アルフォンス……)
隠れようとした方向とは逆になる、扉の方向に歩き出した。返事ができないのて、扉を自ら開いて了承を表すしかなかった。
「!」
(……どうぞ)
手を中へと指し示すようにしながら、部屋へと招き入れた。
「……失礼します」
(……まさか教会を尋ねてくるなんて)
予想外すぎる出来事に、言葉を失っていた。困惑と動揺を胸の中で抑えながらも、どうして言いかわからず立ったままでいた。
(と、取り敢えず座るべきよね。でもアルフォンスはお客様だから、お客様の方が先に座るべきよね)
そう思って静かに様子を観察していると、アルフォンスが口を開いた。
「突然訪問してしまい申し訳ありません」
(い、いえ……)
ふるふると首を横に振って反応するものの、またすぐに沈黙が流れてしまった。
「……実は。聖女様のものと思わしき落とし物を持って参りました」
(あ……)
再び話し始めたアルフォンスが取り出したのは、私がなくした筈のスケッチブックだった。
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