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65.大神官の思惑
しおりを挟む何度も回帰する中で、サミュエルが私の二十歳を祝いに来ることは一度もなかった。彼はその頃には必ず失踪していて、大神官の座には決まってルキウスが就いていたから。
どうにか頭を回転させて状況把握をしようとするものの、上手く行かない。動じている私の姿が伝わっているかるか、サミュエルは余裕たっぷりの笑顔を浮かべながらバートンに告げた。
「神官長。ここで構わない。面談をさせてもらえるか?」
「は、はい。もちろんにございます。ルミエーラ、粗相のないようにな」
(待って、バートン……!)
縋るには時既に遅く、バートンはさっと部屋を出て扉を閉めた。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてきたと思えば、さっきまでバートンのいたソファーに腰を下ろした。
「座ったらどうだ?」
(……っ)
どうしたらいいかわからないが、最善があるはずだと自分に言い聞かせながら、何とか落ち着こうとした。話しはするべきだと思った私は、静かに座った。
「随分と驚いているな」
(……わかってて言ってるわね)
これまでにない動きをした自覚はあるようで、声色と態度が全てを物語っていた。
(……サミュエルが大神官であり続けている今、私はもしかしたらお飾りでなくなるかもしれない)
レビノレアによって誕生した聖女ではあるものの、私を見つけて聖女として肩書きを持たせたのは、サミュエルだから。彼が「ルミエーラは偽物だった」と言えば、私は教会を追い出されるだろう。
(それに、アルフォンスとルキウス……彼らが今どこにいるのかわからない)
サミュエルによって変えられた出来事。その影響を被った二人の安否が気になって仕方なかった。
私の内心など興味のないサミュエルは、ただ淡々と自分の話をし始めた。
「安心すると良い。お前は聖女のままだ」
(……何ですって?)
サミュエルが私を聖女として起き続けることに、利益があるようには思えない。それに、私が聖女で居続けるのに何故彼が大神官を続けているのかと、色々と繋がらないことが多い。
(生誕祭と称して顔をだしに来た意味が……他にあるとでも言うの?)
警戒しながら見つめていれば、サミュエルは「はっ」と馬鹿にしたような笑みを小さくこぼした。
「結局お前は喋れないのか」
(…………)
「まぁどちらでも興味はないが、一つ言っておく。私はあの騎士ではなく、お前がよく知る大神官でもない。言いたいことがあるなら表現してもらわないとな」
(……意外ね。対話を望んでいるとでも言うのかしら)
決してそうは見えないが、質問して返答される可能性があるのなら書く理由ができた。
サミュエルの視線を受けながら急いで手を動かす。
『私を聖女として残す理由は』
「簡単だ。考えればわかる」
(……答えてくれるわけではないのね)
という考えは間違いで、サミュエルはさらりと答えを述べた。
「中断させられたあの方法を、今度こそ実現するだけだ」
(それは確か、アルフォンスを代わりにしようとしたやつ、よね)
「……代わりはできるだけ近しい者こそ適していると思っていた。だが代わりとして、運命を交換すると考えた時クロエに騎士などさせるわけにはいかない」
(……それなら騎士よりも、大神官よりも、聖女が良いと?)
馬鹿げている。そう伝えようにも、否定する言葉がサミュエルに何一つ届かないことは前回で嫌というほどわからせられた。
「クロエとお前の運命を変え、クロエを聖女として私の傍に置き続ける。……どうだ、完璧だろう?」
同意されないとわかっているはずなのに、投げ掛けてくる辺り、彼は自分の策に余程の自信がかる。いや、それしかなくて縋っているからこその態度なのかもしれない。
どちらにせよ、サミュエルを言葉で説き伏せて止めるのは不可能であることがひしひしと理解できた。
(……何を言っても、この人には届かない)
自分の言葉の無力さを痛い程感じていると、サミュエルはお構いなしに続けた。
「器として必要だからな。逃すわけにはいかない。……その為には、あの騎士も、大神官も邪魔だ」
(……やはり、サミュエルが何かしたんだわ)
ぎゅっと手のひらに力を入れていると、サミュエルはさっと立ち上がった。
「だから逃げるような馬鹿な真似は考えない方がいい。聖女は大人しく、時が来るのをここで待つだけでよいのだから」
(そして私に死ねと)
「悪いとは思う。だが、私にも譲れないものがあるのでね」
一ミリも申し訳なさを感じない謝罪を受けながらも、私はじっと座り続けることしかできなかった。
「……まぁ、もう彼らとは会えないだろうな」
そう一言残すと、サミュエルは退室していった。
その言葉が、アルフォンスとルキウスが記憶を失っているからかはわからない。けれども、彼らが傍にいないという現実が、私の胸を酷く苦しめるのだった。
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