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63.願いを叶えるために(サミュエル視点)
しおりを挟む私には最愛の妻がいた。
代えなどない唯一無二の宝石、それがクロエだ。私よりも四つ年下の彼女は凄くしっかりしていて、困ったことがあっても何とか解決しようとする強かな女性だった。
そんな彼女が好きで、大好きで、愛していて、大切で。
だから信じられなかったんだ。若くして私よりも先に逝ってしまうということが。
神託を受け、祝福をもらえるということを知った日のこと。家に帰ると彼女は静かに息を引き取っていた。
「クロエ……?」
眠る彼女の表情はとても安らかで、いつもの彼女だった。それが尚更、いなくなったことを感じさせなかった。
「長らくクロエ様は病気を患っておいででした。彼女の口外しないで欲しい、という意思を尊重しましたが……」
主治医は申し訳なさそうにそう言ったが、その言葉さえも受け入れられなかった。もはや私の耳には誰の言葉も届かなかった。
そして脱け殻のようになってしまった。今まで神に仕えてきたことや全てがどうでもよくなってしまうほどに。
「……クロエ」
彼女を失った翌日は、神に呼び出されることになっていた。祝福を渡すと約束をされた日だったのだ。
「祝福? ……私の大切な人を……クロエを返してくれるのか?」
神像を目の前に、無気力に呟いた。
わかっている。どう足掻いても、どう嘆いても彼女が戻ってこないことなど。神に仕える者だからこそ、よくわかっていた。
それでもクロエに会いたい。
その一心で願いを叶える方法を探していた。
もうそこに、純粋な思いでひたすら神に身を捧げていた大神官はいなかった。大神官という名には到底ふさわしくない、欲の塊が静かに佇んでいるだけだった。
神に仕えることを辞めた大神官は、最後に神から力を奪った。一つの望みを叶えるために。
(……神になれば、クロエを救える。やり直せば、彼女とまたいられる)
そう願いながら時を戻した。
最初はクロエがかかってしまった病気を治そうと奮闘した。順調にいかなかったこともあり、ここで二回ほどやり直した。
病気が完治したことに喜んだのもつかの間で、今度は落ちてきた植木鉢が頭に直撃して即死してしまった。
病に植木鉢、この二つを回避すれば、今度は出先で火事に巻き込まれて亡くなってしまった。
外に行かせるから危険なんだと判断する頃には、病気を事前に防ぐまでになっていた。軟禁のように家に閉じ込めておけば大丈夫だという考えさえも上手く行かず、家の中の階段から落ちて打ち所が悪く亡くなってしまった。
何かを回避すれば、また新たな問題が生まれてくる。
まるでクロエは死ぬ運命なのだと言わんばかりに、呪いのようにその連鎖は続いた。
「何故だ……何故なんだ!」
迷い混んだ迷路のように、永遠に出口が見えない。
力が足りないんだ。神になれていないから、私の願いは叶わない。そう思った私は、レビノレア神の像を壊すようになった。
それでも願いは叶わない。
何を防いでも、何を試しても、結局クロエは死んでしまう。その現実に苦しみながら、根本を変えることにした。
(クロエが……私に出会わなければ、死なないんじゃないのか?)
そう思うと、彼女との出会いの場であった神殿を回帰してすぐに辞めた。より大きな出来事を変えれば、クロエは死なない。出会えないこと、夫婦になれないという現実は酷く胸を苦しめた。
それでも、彼女の命に代えられるものはなかった。
(生き抜いた後に、また会いに行けばいい)
そこからもう一度始めれば良いのだから。
残酷な選択にも希望を見出だしながら、見守ることした前回。
ーーそれでも、彼女が祝祭を迎えられることはなかった。
クロエは、毎回祝祭の前に亡くなってしまう。どんなに引き伸ばそうと策を講じても、数日も経たずに結局命を落としてしまう。
クロエと何度もやり直す中で、彼女が祝祭を迎えられることはなかった。
「まだだ……まだ何かあるはずだ!!」
受け入れられない現実を拒絶しながら、次の案を必死に考えた。
どうしてこんなにも切実なのに願いが叶わないんだ。私の願いはそんじょそこらの汚い欲望とは違うというのに。
苦しみもがきながらも、考えることは止めなかった。
(クロエ……せめて私が、君の代わりになれれば)
そう思った時、最後の希望が見えた。
「……そうだ。クロエの代わりを用意すれば良いんじゃないか」
クロエが死ぬという運命を、他の誰かに押し付けられれば……彼女は助かるのではないか。
そう考えにたどり着くと、名案だと思考が固まった。問題は誰を代わりにするか、だった。
「クロエの命の価値は重い。代わりにできるだけの、価値ある命を探さなくては」
そう思いながら、クロエが命を落とす日を影ながらどうにか引き伸ばしていた。見つけられなければ、奥の手ーー現大神官を代わりにしてしまえばいいと考えた。
しかし運の良いことに、それよりもクロエに近しい人物が現れた。
(クロエも貴族の女性だ。それも侯爵家の)
落ちぶれてしまったとはいえ、クロエは侯爵家の血を引いていた。
だから、アルフォンス・ディートリヒを代わりに仕立てよう、そう思っていたのにーー。
力を使おうとすれば、物凄い勢いで跳ね返された。かと思えば、勝手に自分の力が発動して回帰を始めたのだ。
(どういうことだ!!)
声も出せずに、何故か苦痛が自分を襲った。
「私の代理者を傷付けはさせないぞ、サミュエル」
聞き覚えのある声が頭の中に響きながらも、どうにか耐えようと踏ん張っていた。
(せっかく代わりを見つけたんだ!! 今戻ってたまるものか!!)
それでも痛みは想像を絶するほど強いもので、手に入れた力を使うことを許さなかった。
結局私は、望まない回帰をすることになったのだった。
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