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62.覆せない運命
しおりを挟む力なく倒れるアルフォンスに、前回の記憶が過る。そして、キッとサミュエルを睨むと彼は微笑んだままだった。しゃがみこんでアルフォンスを支える。
「……その表情、どうやら聖女にとって騎士は大切なようだな」
はっ、と馬鹿にしたような態度に私の怒りは爆発した。
「アルフォンスに何をしたの!!」
「……!」
自身の力に対する恐れなど忘れて、ただ一心にサミュエルに怒鳴った。
「……なるほど、お前は喋れたのか」
そうサミュエルに指摘されても、決して怯まずに睨み続けた。私が喋れても力が発揮されなければ、サミュエルにとってはどうでもいいことだろう。そう思いながら問い続けた。
「質問に答えてください。アルフォンスに何をしたんですか……!」
「何って。代わりにするだけだ」
(代わり……?)
理解ができないまま、答えになっていない言葉を受け取る。
「……あぁ、代わりさ。本来死ぬべきだった人間の代わりにな」
(……何ですって?)
サミュエルはさも当たり前のように続けたが、私は思いもよらない発言に驚き固まっていた。
「……聖女、お前にならわかると思うがな」
(一体何を言って)
私とアルフォンスを交互に見たと思えば、サミュエルは無感情なでもどこか悲しそうな声色で問いかけた。
「聖女。もしお前がその騎士を失ったらどうする?」
(失う……?)
「失い、でも取り戻せるという一抹の希望を抱いた時、お前はどうする」
(…………)
きっとすがってしまう。アルフォンスを失うことほど恐ろしいことはないから。
そう答えは出ているのに、何故かサミュエルに向けて声に出すことはできなかった。
「私はすがる。すがり続ける。願いが叶うまで、きっと永遠に」
(!!)
「……私は絶対にクロエを取り戻す」
(それは……)
全てを聞かなくとも、全てがわかった気がした。サミュエルがずっと、大切な人を失い続けていること。そしてその運命を変えようとしていることを。
「聖女、お前もそう思わないか?」
その問いかけへの答えは、考えずともすぐ出た。
(……レビノレアのことを嫌っていたあの頃なら、私もサミュエルに同意して止めることを諦めたかもしれない)
確かにアルフォンスを失えば、私は失意のどん底に突き落とされ、絶望で前が見えなくなると思う。けどそれでも、それが運命なのだと受け入れざるをえないのだ。
どんなに時間がかかっても、覆すことはしてはいけないのだから。変えようと抗いたくなっても、本来ならばできない不可能なことだとわかっている。そして、受け入れることこそが正しき想いなのだと。
だからこそ、サミュエルとは異なる答えを出すことになる。
全ては定められた運命で、人の命は神でさえも覆すことができない。これが私がレビノレアという神様から教えられた事実。
サミュエルの問いかけに首を振ると、私はその事実を語り始めた。
「前大神官。人が生きる運命は天より定められしもの。これは神であっても覆すことはできません。……何度繰り返しやり直しても運命が変わらないことが、私の言葉が事実か否か、物語っているでしょう」
諦めろ。そう言うのは簡単なことだが、そんな一言で片付けられるものではない。だからこそ、選んだ言葉を切実な思いでサミュエルに伝えたのだ。
「…………」
「これはレビノレアの言葉です。……前大神官である貴方ならわかることではないですか?」
一度神に仕えた身なら、命が限りあるもので覆せない運命であることは頭では理解しているはずなのだ。それでもすがって、願いを叶えたかったから、サミュエルはここまで回帰を続けた。
……その回帰が、願いが叶わないことなど、何度もやり直した本人が一番わかっているというのに。
「……だからなんだ?」
「!」
サミュエルから返ってきた言葉はあまりにも冷たいものだった。
「神でさえも覆せない運命。だからなんだ? 私のような一介の大神官に……人間ごときき力を奪われた、力のない神の言葉など全く響かない。神でも覆せない……あぁ、レビノレア神には無理かもしれないな。だか私は違う」
(何一つ響いてない……!)
闇落ち。
まさしくこの言葉が似合うと言って良いほど、サミュエルにはどこにも光が存在しなかった。
「……私は何度もやり直した。どんな手でも使った。クロエが生きる道を探して」
「どれも不可能だったことは貴方が一番わかってるでしょう!」
「いいや、まだだ」
首を振るサミュエルは、ゆっくりとこちらに近付いた。
「クロエの代わりに死ぬ存在を作ればいい」
そう言うと、サミュエルは先程のように怪しげな光を放ち始めた。私は反射的にアルフォンスを覆うように抱き締めた。
その瞬間、まばゆい程の光に包まれると何か声が聞こえた。
「……お願い。終わらせて」
その声が自分だったのか、他の誰かの声なのかはわからない。
ただ、その声を最後に意識を失ってしまった。
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