上 下
46 / 115

46.迫られる二択

しおりを挟む


 
 祝祭を取るか、サミュエル様の元へ行くのか。この選択をすぐに決めることはできなかった。

(……それにきっと、同じ手は使えない)

 ソティカという監視の目を掻い潜って教会から出ることは、至難の業になることは間違いない。

(ルキウスは証拠こそ揃えられなかったけど、確実に警戒はしているから)

 うぅっと頭を悩ませている間、ディートリヒ卿は静かに答えを待っていた。彼がいくら有能でも、今回頷いてしまえば大きな負担をかけてしまうのは明らかだった。

「今すぐに決めずとも、良いと思います。祝祭当日まで、まだ時間はありますから」

 その心情が顔に出ていたのか、ディートリヒ卿は私が悩む理由はわかっていると言わんばかりに、微笑みながら告げた。

 彼の気遣いに甘えることにして、私は一言返事を書いた。

『考えますね』
「はい。いつでもお待ちしてます」

 こうして、今日のサミュエル様の話題は終わったのだった。


◆◆◆


 ーーまさか、当日の直前まで答えがでないなんて。

(……どうしよう。もう祝祭まで四日しかない)

 ディートリヒ卿は言葉通り待ってくれた。ただ、催促もしなかったのだ。悩みに悩んで、サミュエル様か祝祭か、結局答えが出なかったのだ。

(最初は、祝祭に関する詳細を聞いてから決めようとしたのに)

 残念なことにルキウスは、まだ何も教えてくれなかった。理由はわからないが、祝祭まで一週間をきったというのに、教えてくれないのは困惑そのものだった。

 バートンも問い合わせてはいると言っていたが、答えは返ってこなかったようで、すまないと謝られた。バートンは悪くないのに。

 ぽすりと布団に横になる。

(まずい……今ここで寝たら、あと三日になっちゃう。今日こそ寝る前に決断しないと!)

 と意気込んで天井を見るものの、ディートリヒ卿に情報をもらった日と今日で、情報が特に変わっていなかった。

(……冷静に考えれば。祝祭を優先して、その次の月にサミュエル様に会いに行けばよい)

 ただ、これに関してはディートリヒ卿も言っていたことがある。それは、現状毎月来ているだけで、いつサミュエル様がその教会に来なくなるかはわからない。だからこそ、早く行動しないといつ会えるかはわからないのだ。

(これを言う時、心なしかディートリヒ卿が焦っているようにも見えた。もしかしたら、サミュエル様が雲隠れする予兆があるのかもしれない)

 駄目だ。やはり考えても簡単に答えがでない。

(というか! これもルキウス・ブラウンがさっさと詳細を教えてくれないのも悪いわよ。何もなければ、判断材料にならないじゃない)

 ため息をつきながら、目を閉じるとそこを右腕でおおった。

(……このまま、寝ちゃおうかな)

 思考することを放棄したくなるほど、自分は難しい状況にいた。意識が遠退きそうになった時、どこからか私の名前を呼ぶ声がした。

「ルミエーラっ……!!」

 ばっ! と体を反射的に勢いよく起こす。その瞬間胸に尋常じゃないほど強い痛みが走った。

(ーーーーっ!!)

 痛い。そう言える余裕もないほどの激痛に襲われた。

 それは一瞬の出来事であったものの、痛みがなくなっても、解放された気持ちにはならなかった。それどころか、違う種類の胸の痛みが始まった。

(なんだろう、この何かが重くのし掛かっている痛みみたいな違和感は)

 呼吸はできるものの、違和感は強まるばかりだった。

(それにさっきの声、どこかで聞いた気が……駄目だ、思い出せない)

 ぎゅっと胸に手を当てるも、何故か無意識にベッドから下りた。そしてそのまま、足が部屋の外へと向かう。

(……ディートリヒ卿)

 就寝時間にディートリヒ卿がいるかは知らないことなので、今いないことが異常なのか違うのかわからなかった。

 ただ何故か、足をふらふらと動かし続ける。ソティカやバートン、他の神官達は眠りについてあるだろう夜に、私は一人教会の中を歩いていた。

 まるで何かに導かれているように、ゆっくりと進み続けた。自分の足で歩いているのに、自分の意思ではない不思議な感覚。

 気が付けば、見慣れた扉に手を掛けていた。

(礼拝堂……?)

 どうしてここに来たくなったのかはわからない。そもそも部屋を出た理由も。痛みの理由も。

 わからないことだらけで嫌になりそうになるものの、足は止まってくれなかった。

 そして、礼拝堂の中を進む。

 中は夜で暗いため、あまり様子がわからない。けれども目を凝らして辺りを見回した。

 すると、月の光によって神像が照らし出された。

(……えっ?)

 その瞬間、胸の違和感が強まり、痛みへと確実に変わると、痛みの原因が神像であることを直感的に気付いた。

(一体……何があって)

 目の前にある神像は、無惨にも壊されていた。綺麗に真っ二つにされた、神像の上半身が、静かに横たわっていた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!

吉野屋
恋愛
 母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、  潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。  美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。  母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。  (完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)  

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「──っ!?」 若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで── 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ★この作品の特徴★ 展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。 ※小説家になろう先行公開中 ※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開) ※アルファポリスにてホットランキングに載りました ※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...