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45.前大神官の所在
しおりを挟む感情が見えないルキウスを見送ると、私とディートリヒ卿はその日はそのまま仕事に移った。といっても、出発前に必要以上の業務を終わらせていたのもあって、今日は思いの外ゆっくりすることができた。
ソティカと私はというと、出発前と変わらない親しい距離で接していた。
一瞬、緊張は走ったものの、考えてみればソティカからしたら私が神殿に行ったことは知らないのだ。もし目星をつけていても、確実な証拠がないのはルキウスが教えてくれたので、責めるにも責めれないという状況。
私はソティカのいない間教会にいたことになるので、むしろ普段と変わった態度を取るのは間違った選択肢といえる。
お互いにそれをわかっていることもあって、いつもと変わらない距離で接するのだった。
神殿から帰ってきてから一週間が経過した。
あの非日常から日常へ戻るのはあっという間で、朝に祈りを捧げてその後は業務、という変わらない日々を過ごしていた。
(でも時間が経ったということは、それだけ祝祭も近付いて来たってことなのよね)
ルキウスが神殿に戻ってからも一週間経ったわけだが、未だに何の連絡もない。
祝祭に関するもやもやを抱えながら、仕事を始めようと仕事部屋に入った。
「ルミエーラ様」
席に着くと、いつもは業務の分配から始めるのだが今日は違った。正面に座ったディートリヒ卿が、持っていた封筒を渡してきたのだ。
「大変お待たせいたしました。こちら前大神官様に関する書類となっております」
(前大神官……サミュエル様だ!)
日常に慣れすぎて、手に入れた手がかりのことを危うく忘れかけていた。やはりディートリヒ卿は有能なのか、きちんと調査をし丁寧にまとめてくれていた。
『ありがとうございます!』
「まずはそちらをご覧になってはいかがでしょう。今日の業務は私一人でもすぐに終わりそうですので」
(ありがたくそうさせていただきます……!)
力強く頷くと、早速封を開けて中身を取り出した。
中には、サミュエル様の基本情報から、失踪に関する情報まで、事細かに書かれた資料がいくつも入っていた。
前大神官、サミュエル・ライノック。彼はライノック子爵家に生まれる。ライノック子爵家は、元々神官の家系で、サミュエルも父にならって十六歳で神官見習いとなった。
神官の家系であったからか、生まれ持った神聖力は強く、才能もあったため、神官見習いから神官へ、神官から神官長になるには時間がかからなかった。
(規格外の天才とも言える。……サミュエル様って、そんなに凄い人だったんだ)
その才能は留まることを知らず、三十歳という若さで新たな大神官となった。しかし、彼が大神官を務めたのはたったの七年だった。
三十七歳になると、突然姿を消してしまったとされる。理由は誰にもわからず、当時護衛についていた騎士も、親交が深かった騎士団長や神官達も、後任として選ばれたルキウスも、誰一人として見当がつかない出来事だった。
誰にも告げることなく、ある日突然神殿を去った前大神官。
(サミュエル様がいなくなってから、もう少しで五年も経つのか。……五年)
五年という期間になにか引っ掛かるも、違和感の正体がわからずすぐに頭の片隅に追いやった。
(続きを読もう)
失踪する前日まで、変わらない様子を見せていた。だから、なぜ彼がいなくなってしまったのかはわからない
サミュエル様の側近から護衛まで、皆口を揃えたかのように“彼はいつも通りだった”と述べた。だがこれは決して口裏あわせではないことを、他の神官達から確認が取れている。
そして今、彼がどこにいるかはわからない。
(……駄目か)
パサリと読み終わった書類を机に置くと、結局は手がかりはなにもないという報告だったことに落胆した。
「ルミエーラ様」
(……?)
ディートリヒ卿は私が読み終わるのを待っていたのか、こちらをじっと見つめた。そしてすぐに口を開いた。
「報告書は万が一他の誰かに見られても問題ないように、無難な内容でまとめました」
(……というと?)
その言葉に思わず、ディートリヒ卿と同じようにじっと見つめ返す。
「実は、前大神官様の居場所を掴んでおります」
(え……! 本当に?)
「はい。彼は毎月、月の始めにある地方の教会に祈りを捧げに現れるようです。その場所も特定しているのですが……向かわれますか?」
(行きたい。サミュエル様に会って尋ねる以外に、今はこの能力をどうにかする方法がないから)
コクりと頷こうとした。しかし、寸前でピタリと動きが止まる。
(でも待って……月の始めって)
来月の頭には、大きな行事がある。
「……前大神官様が現れる日は、祝祭の当日にございます」
(やっぱり……!)
そもそも、サミュエル様に会いに行くには教会を抜け出さなくてはならない。
(うっ……問題が山積みだわ)
解決の糸口が見えたのはいいものの、そこに向かうまでの道のりは、とても遠く険しいものに見えるのだった。
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