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37.手がかりは前大神官に
しおりを挟む私の中にいるサミュエル様は、常に無表情だった。時折見せる不機嫌さは酷いもので、猫かぶりじゃないルキウスよりも冷たい空気をまとっていた。
(今でも覚えてるな……「これか」みたいな、興味の欠片もなかったあの目を)
大神官といえど、子どもーーしかも聖女候補に対してはある程度優しい態度で迎えるものだと思っていた。
私に喋れないことが発覚してから、手のひらを返して欠陥だと騒いだ連中さえ、出会ってすぐは驚くほど優しかったのだ。
だからこそ、最初からずっと興味のない冷たい眼差しを向け続けたサミュエル様はある意味印象に残っていた。
(……人望はともかく。物腰柔らかって……本当に言ってるの?)
柔らかさなど微塵も感じさせなかった男がサミュエル様だ。もちろん、騎士団長とは接し方が異なっているのかもしれない。それでも、耳にした彼の評価は腑に落ちなかった。
(それよりも。突如姿を消したって言わなかった? 私はルキウスから年齢を理由に辞めたって聞いてたんたけど)
思い出したように疑問を抱くと、急いで手を動かした。その間にも、ディートリヒ卿は私の考えを読み取っていた。
「聞いていた話と何か違うみたいですね」
『年齢を理由に辞められたと聞きました』
「表向きはそうなっていますね。ただ、その理由も実は無理がある話かと」
(無理がある話……)
一つ間を置くと、すぐにその訳を語った。
「サミュエル前大神官様は、歴代の辞められた大神官様方に比べて、まだ若い方でしたから」
(確かに!)
その言葉を聞いてサミュエル様に会った記憶を、もう一度思い出した。といっても、十年以上前の記憶だが、それでも彼は比較的若かったと思う。
「現在大神官を続けられていても、年齢は四十代かと」
(……それくらいだよね)
となると、突如姿を消した理由にも年齢は入らないような気がした。
「突如姿を消した理由は誰にもわかっていません。何せ、もう少しで祝福をもらえるほどの方だったので」
(あ……)
その話は聞いたことがある。
神レビノレアに、並々ならぬ信仰心を持って仕え続けてきた、欲のない善良な大神官のみもらえる祝福。
本来であればサミュエル様も祝福をもらえるはずだった。これは前代未聞の問題らしく、何時聞いても行動原理がわからなかった。
ただ、今ならそれでも希望がもてる。
祝福をもらえそう、だったならいなくなる直前も、神と接触した可能性がなきにしもあらず。もししているなら、祝福の話を神から聞いていることは確実だ。
そこで受け取りを拒否するようなことができたのなら。私の祝福をどうにかすることも、できるかもしれない。そして、その鍵を握るのはサミュエル様で間違いないだろう。
(本当はレビノレアに直接問いただしに行くことができれば良いのだけど……それはできないから)
私にもサミュエル様や先代の大神官のような、熱心な信仰心とやらがあれば良かったのだが。あいにく、その欠片も持ち合わせていない私が、レビノレアの声を聞くことは不可能に近い。
(恐らくこの世界に生きている者で、神の声が聞くことができるのは祝福を授かる時。それと……)
神託のみ。神託自体は大神官しか聞けないって言われてる故に、やはりどう転んでも私がレビノレアと接触するのは難しいだろう。
やはりサミュエル様に会うしかない。
そう考えにたどり着くのは良いものの、伝手もないのにどうすれば、と立ち止まってしまう。
「サミュエル前大神官様を探してみますか?」
(……そうしたいです)
そんな中、ディートリヒ卿は温かな眼差しで手を差しのべてくれた。まるで、どうすべきかわかっているように。
その問いかけに力強く頷くと、ディートリヒ卿は笑みを深めた。
「突然姿を消したあの御方を見つけるのは、かなり難しいことです。ですが、そんな時はディートリヒ侯爵家を頼るべきですね」
(……わぁ、凄く良い笑顔)
怪しく微笑む姿には、これから多少なりと悪いことをするのをわかっているようだった。今回に関しては人探しが悪いのではなく、神殿が隠していることを無理矢理知ろうとしていることが悪い気がする。
(もしかしたらサミュエル様も、意図的に情報を全部消したかもしれないし)
本人の意思にさえ背く捜索になるだろうけど、私も切実なのだ。彼が答えを持っているなら、何としてでも会わなくては。
「では戻り次第、さっそく秘密裏に人を動かします」
(ありがとうございます……!)
何はともあれ、これはディートリヒ卿でなければできないこと。
(……私にないものしかない。良い協力者だな)
頼りがいのある、他に二人として存在しない優秀な協力者。その存在に感謝していると、いきなり腕の中に引っ張られる。
(!?)
「すみません」
その声色は真剣そのものだったが、何が起こってるのかわからずパニックになっていれば、次の瞬間引き寄せられた理由がわかった。
「一体どうなってるんでしょうか?」
(え……この声って)
それは、酷く聞き覚えのある声ーー大神官、ルキウス・ブラウンのものだった。
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