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15.聖女を守る剣

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 振り向かなくても、声色と包み込まれた雰囲気で誰なのかわかった。途端に恐怖心が薄れて、心の底から安心する。

「お怪我はありませんか?」
(大丈夫です、ありがとうございます)

 何とか目線と頷きでその思いを伝えた。

「よかったです……すぐに片付けるので、目を閉じていてください」
(目を……?)
「お目汚しになりますから。神聖なるルミエーラ様の視界に映すものではありません」
(わ、わかりました)
「それと耳もふさいでください。理由は同じです」

 目が合うと、静かに怒っているのを感じ取る。その怒気に圧倒されると、もはやただこくこくと頷くことしかできなかった。ディートリヒ卿に言われたように、きゅっと目を閉じ、耳をふさいで下を向いた。

 それを確認すると、そっとディートリヒ卿は腕を離し、気配を傍から消した。

「ーーっ!!」
「うわあっ!!」
「ぎゃぁあっ!!」

 耳をふさいでも、神官見習い達が成敗されてる声は、微かに聞こえた。しかしそれも一瞬で、次に聞こえてきたのは、ディートリヒ卿の優しい声だった。

「ルミエーラ様、失礼しますね」
(!?)

 何かと思えば、体がふわりと宙を浮いた。

「まだ目を閉じていてください」
(な、何が起きてるの……!?)

 恐らく横抱きされているのは間違いないのだが、何故そうなったかはわからなかった。言われた通り目を閉じ続けていると、ディートリヒ卿は少し歩いて椅子へと座らせた。

「もう目を開けて大丈夫です」
(あ……見えないようにしてくれたんだ)

 その配慮に気が付くと、急いでポケットのメモ帳を取り出した。

『ありがとうございます』

 ペンは持ち合わせていなかったから、新しく書くことはできなかった。本当なら、今ここで書きたかったのに。

「いえ、護衛騎士なのにお傍を離れたという失態は消えません。申し訳ありません、ルミエーラ様」
(でも助けてくれたから)

 謝らないでほしいという思いは言葉にできなかったが、首を横に振っていた。申し訳なさそうではあったが、小さな笑みを見ると、伝わっていると錯覚してしまいそうだった。

「ディートリヒ卿!!」

 バートンの声が廊下に響く。彼は急いでこちらに向かってきていた。

「神官長様」
「きゅ、急に走り出すから何事かと。おぉ、ルミエーラも一緒と一緒だったか」
「神官長様、ルミエーラ様がそこにいる神官見習い達によって襲われかけました」
「な、何だと!?」

 ディートリヒ卿は、事の顛末を私とバートンに聞かせた。

 話を聞くと、バートンに会いに行ったディートリヒ卿だったが「呼んだ覚えはないのだが」と聞いた瞬間、急いで私を探しに戻ったのだという。

(それだけでわかるなんて、騎士の勘というものかな。凄い)

 ディートリヒ卿の動きに感心していると、バートンはすぐさま教会の警備隊を呼んで見習い神官達を拘束させた。間もなくして、バートンによる尋問が開始された。

 私とディートリヒ卿は、別棟の誰もいない静かな廊下に移動していた。

「二度とお傍を離れません」
『ありがとうございます』
(助けてくれたのだから、そこまで自分を責めないでほしいけど)

 どこか落ち込む様子が気になりながら、その言葉に応えるように頷いた。

「……ルミエーラ様は優し過ぎます」
(え?)
「……もっと怒るべきです。最悪、解雇もできるほどの失態なのですから」
(随分厳しいな。でも騎士の世界ってそういうものなのかな……?)

 うーんと悩みながら、自分は気にしていないという思いをどうにか伝えようとした。

(私は本当に大丈夫。助けてくれて本当にありがとう)

 そう思いながら、手を動かした。
 片手で自分の胸を二回ほど叩いた後、両手でグッとの形を作ってディートリヒ卿に見せた。もちろん、笑顔つきで。

「私は大丈夫……気にしないで、でしょうか?」
(伝わった……!)

 伝えられたことに喜びながら、うんうんと首を二回縦に動かした。

「……ありがとうございます、ルミエーラ様」

 申し訳なさそうな笑みから、納得してくれた様子の笑みに変わった。それにほっと胸を撫で下ろす。

(……それにしても、教会内に危険な人物がいたなんて)

 教会の警備は完璧だ。そう思っていられたのは、外からの侵入が厳しいからだった。恐らく子爵令息は、それを知っているから神官見習いに化けて私に接触しようとしたのだろう。

(警戒しないと。……やっぱり、これからは過ごしにくくなるのかな)

 いくら護衛騎士がいようと、自衛もしなくてはならない。そしてこれからは、今まで以上に周囲の目と存在に気にして生きていかないといけないのかもしれない。

 そう思うと、生きにくい気がしてため息が出た。

「大丈夫ですよ、ルミエーラ様」
(……?)
「今回の件で、神官長様は見習い神官の再精査をすると仰られていました。あの子爵令息のような人物がいないか、しっかりと確認をすると」
(そうだったんだ……)
「それに、必ずお傍にいます。だから安心してください」

 力強い言葉でそう言われると、鬱々とした気持ちは少しずつ晴れていった。

(それにしても、どうしてわかったんだろう)

 ふと疑問に思いながらチラリと見上げると、目があったディートリヒ卿が察したように答えた。

「とても不安そうな表情をされていたので。少しでも安心していただけたらと思ったのですが」
(よく見てるんだな……ありがとうございます、十分です)

 笑顔で頷くと、今度こそ私は自室に戻るのだった。もちろんディートリヒ卿に送られて。

 
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