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8. 終わらない生誕祭

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 呼び方が決まったところで、他に話すことはないため、スケッチブックのページをめくった。

『よろしくお願いします』
「よろしくお願いいたします。護衛騎士てして、必ずやルミエーラ様をお守りいたします」

 最後にもう一度頭を下げ合うと、私達の顔合わせは終了した。

 終わり次第、報告に来るようにバートンに言われていたので、彼の部屋へと向かった。ディートリヒ卿は後ろから着いてきた。

 ノックをして扉を開けると、バートンは見知らぬ男性と向かい合って話をしていた。

(取り込み中だったのか)

 バートンから入って良いと言われてから入室したものの、来客があるとは思わなかった。しかしよく見れば、向かいの男性もディートリヒ卿と似たような格好をしていた。

「おぉ、ルミエーラ。挨拶が済んだか」

 来客に向けてお辞儀をした後に、バートンの問いかけに頷いた。

「おや。この美しい方が聖女様ですか?」
「そうなのですよ、騎士団長殿」
「なるほど……」

 小さく笑みを浮かべるが、どこか見定めるような視線を受けて、気分はあまりいいものではなかった。

(……そう言えば、ディートリヒ卿はそういう目線をしなかった)

 あのソティカでさえ、私との初対面は様子を伺うような、突き刺し気味の視線が多かった。
 しかし、ディートリヒ卿は終始穏やかで優しげな眼差ししか向けなかったのだ。

(私を見たことがあったからかな)

 何にせよ、ディートリヒ卿から嫌な感情は見られなかったことを、改めて安堵した。

 とはいえ、騎士団長の視線もすぐに切り替わる。

「アルフォンス、聖女様を頼むぞ」
「もちろんです」
「これは頼もしいですね。よろしくお願いします、騎士殿」
「はい、よろしくお願いします」

 三者の短い会話が終わると、騎士団長はバートンとの話が終わったのか、部屋を後にした。

 私は、そろそろ疲労が溜まってきたので、自室に戻ることを伝えるために、スケッチブックをバートンに見せた。

『一度自室に戻ります』
「ん? あぁ、そうか」

 その反応を許可が下りたと勝手に判断しようとすると、バートンはすぐさまそれを取り消した。

「いや……待てルミエーラ。部屋に戻っても良いが、休憩するのは駄目だ」
(え、何で)

 もう生誕祭でやらなくてはいけないことは終わったはず。なのにまだ何か仕事をさせようとするのか、この上司は。

 ムッとした表情でバートンの言葉を待った。

「もうすぐいらっしゃるからな。身支度を整えに戻りなさい」
(何の話? 護衛騎士ならもう決めたのに)

 思わず内容を尋ねようと、スケッチブックに文字を書こうと手が動いたところで、雷を落とされた。

「大神官様にお会いするには、もう少し綺麗な状態が良いだろうからな」
(………………忘れてた!!)

 そう言えば、生誕祭では毎年嫌というほど姿を見せるルキウス・ブラウンは、珍しく今回はまだ一度も見ていなかった。

「どうやら仕事の都合で遅れるそうだ。だが安心しろ。日が変わるまでには到着すると連絡が来たからな」
(無理して来るような日でもないのに)

 ありがたいですという意味の作り笑顔を顔に浮かべて、お辞儀をしてバートンの部屋を後にした。

(一番重要なことを忘れてた……すっぽかすってできないのかな)

 もちろんそんなことをすれば、大神官ルキウスに余計睨まれるので絶対にしない。

 そもそも、私が自分の祝福を消す方法を知るには、ルキウスの動向を探らなくてはならないのだ。

 目標は神殿に行くことだから。

 具体的には神殿の図書館に用がある。あの場所こそ、神にまつわる話の宝庫のはずだから。

 けど、今まで神殿に行きたいと切り出せたことはない。
 理由は簡単。喋れないことを欠陥とした神殿の連中からすれば、私が神殿に行くことは反対だから。

 その上外出禁止も重なって、たどり着くことはほとんど不可能に近かった。仮にも私は聖女なのに。

(……もしかしたら、二十歳のおめでたい日なのだから、神殿に行くことを許可してもらえたり)

 それを誕生日プレゼントとして要求するのは、案外良策なのでは? と思ったが、ルキウスの顔が浮かんですぐに諦めることにした。

(あの大神官からは、もう贈り物をもらったようなものだった)

 そんなことを考えていると、自分の後ろをぴったりと着いてくる足音に気が付いた。

(あ……そっか、護衛騎士だものね。常に一緒でおかしくないか)

 一度足を止めて振り返れば、ディートリヒ卿と目があった。それはもうばっちりと。

(うっ、気まずい。笑顔でごまかそう)

 その気持ちが伝わったのか、相手も爽やかな笑みで返してくれた。

 自室に到着すると、部屋の中にまで入ろうとしたことに驚く。
 びっくりして振り向くと、本人もなぜか驚いていた。

「すみません。部屋の前で待機していますね」
(ぼーっとしてたのかな。それか緊張か)

 あっと気付いた様子だったので、もしかしたら見えないだけで、彼は緊張しているのかもしれない。そう考えながら、部屋の奥にいるソティカを呼んだ。

「あら! おかえりなさいませ、聖女様。生誕祭は楽しめましたか?」

 楽しめる要素はやっぱり微塵もなかったが、それでも首を振るわけにもいかないので、無難に頷いた。

「それは何よりです。ではおやすみになられますかね?」

 その問いにはしっかりと首を振って、スケッチブックに急いで書き込む。

『これから大神官様に会います』

 それだけ伝えればソティカは笑顔で頷いて、すぐさま身支度を整え始めてくれるのだった。

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